#100 帰って来た元女男
「こりゃあ……仮想空間てやつかいな!」
「ああ、そのようだねえ!」
争奪聖杯が終わり、一か月と半月ほど後。
魔男襲撃に備えて厳戒態勢が敷かれていた市井も、その態勢が解かれ日常が戻って来た矢先。
青夢たちはまたも、大きな動きに巻き込まれることになっていた。
それが、この空宙都市計画。
争奪聖杯の一件により信頼性が低下した法機に代わり、宇宙ステーションへと吸引光線により上昇し宇宙ステーション間は新たな飛行手段たる空宙列車により移動するというものだ。
しかしそのためには、実際に女神の杼船――すなわち、スペースシャトルに乗り宇宙作戦に従事する必要があり。
そのための訓練が、今日この僻地の山奥でのサバイバルをもって開始されていたのだが突如として魔男の十二騎士団が一つ・狼男の騎士団が襲来し。
これを教官たる巫術山たちが、その新兵器たる仮想電使戦機により迎え撃っていたのだが。
狼男側の現実世界にまで影響を与える技により、術里の擁する仮想電使戦機がやられてしまい窮地に陥った所に。
「ふん、何を今更のこのこやって来やがった裏切りのクソアマ共お! てめら○□×%※」
「い、いやウルグル騎士団長! はあ……」
ウルグルがまたも文章に起こせないレベルの罵詈雑言を吐くほどに怒る相手たる、元女男の騎士団メンバーらが。
「いずれにせよウルグル騎士団長! 奴ら仮想空間で戦える力はありません、今こそ」
「この○□▲◇#÷! 今に×%¥&/!」
「あ、はい……」
側近は冷静に敵を分析するが。
ウルグルはすっかり文章に起こせないレベルの罵詈雑言を吐く状態に戻ってしまい、側近は呆れる。
「ああ確かに……あたしは、この仮想空間で自由に動き回るんは無理やろなあメアリーさんや?」
「ああそうだねえ……でも安心しな騎士団長! 行くよ、グレンデルマザー!」
一方、そんな側近の言葉とは裏腹に。
赤音の言葉にメアリーは、キルケ・メーデイアの片割れたる自機キルケに融合している幻獣機グレンデルマザーに呼びかける。
すると――
「!? ね、姐様! これは!」
「ああ、どうだいミリア、騎士団長! すっきりしてくるだろう?」
ミリアや赤音は、みるみる仮想空間への誘いによるモヤがかかった感覚を脱していく。
現実世界とのつながりを、取り戻したのである。
「さあ、まだ終わらないよ! ミリア!」
「はい! ……セレクト、アンアセンブライズ エグゼキュート!」
メアリーの呼びかけに、ミリアは。
キルケ・メーデイアの融合を解き、二機に分離させる。
「騎士団長!」
「はいな! 空飛ぶ法機キルケ、マルタ、メーデイア! セレクト コーレシング トゥギャザー トゥー フォーム 空飛ぶ法機キルケ・マルタ・メーデイア! エグゼキュートやねんで!」
そのまま赤音も、術句を詠唱し。
それを受けた空飛ぶ法機キルケ、メーデイアの二機はマルタを挟み込み。
キルケが左翼を畳み、マルタが両翼を畳み。
メーデイアが右翼を畳み合体した、三胴式の機体。
空飛ぶ法機キルケ・マルタ・メーデイアである。
「おお、こら行けそうや!」
「行けそうじゃない……行けるに決まっているじゃないさ!」
「ええ、行きましょう騎士団長、姐様!」
「ああ、そやな! けど……騎士団長て呼び方は止めてえな二人共!」
三人はそれぞれに軽口を叩きつつも。
息を合わせてキルケ・マルタ・メーデイアを駆り、敵巨狼の群れへと突き進む。
「おお! な、何だあれは! あいつら、更に」
「洒落臭い! あんなクソアマ共は魔女狩りにして煮るなり焼くなりしちまうに限るぜえ、側近!」
「おお、ウルグル騎士団長! また文章に起こせるレベルに……はい! hccps://baptism.tarantism/、セレクト! 月喰 エグゼキュート!」
しかし狼男の騎士団も、やや狼狽しながらも。
気を取り直し、向かって来る三胴機を睨む。
◆◇
「あ、あれは!?」
「ミリア、すごい……」
「感心している場合ではなくってよ、雷魔さん! まったく、またのこのこ現れていい所だけ取ろうなどと」
「あ……も、申し訳ございませんマリアナ様!」
一方。
これを現実世界から見ていた青夢たちも、すっかりこの光景に見入っていた。
いきなり現れた元女男の騎士団機が、こうして三胴機になったのである。
動揺しない訳がなかった。
「す、すごーい! お姉さん、グレンデルちゃんやゴグマゴグちゃん、マルタちゃん頑張ってるね!」
「え、ええそうね……」
「ああくそっ! ここにグライアイがあれば!」
「そうね英乃……もどかしいわ。」
龍魔力四姉妹も、これには見入っていた。
「れ、レイテ様これはあいつらに全て持って行かれてしまうのでは」
「まあ安心なさいジニー、武練、雷破! どちらにせよ私たちは、法機を持っていないんだから!」
「は、はいレイテ様!!」
レイテらもこの光景を見つめている。
「(威張っている場合じゃないでしょ呪法院! 私に法機があれば……まったく、こんな奴らといると目眩がするわ……)」
尹乃はそんな他の者を見て、自分に力がないもどかしさを感じていた。
「(ふんマリアナたちめ……自分たちには法機があると思って! そうよ、私たちも……この場に法機があれば! いえ……あいつを使えれば、かしら?)」
が、レイテも口で言っていたこととは裏腹に。
自身も法機がないもどかしさと。
彼女があいつと呼ぶ人物の声を思っていた。
――お前、は……誰だ?
そう、あいつの力も借りられれば――
と、その時。
「いいえ、あんな魔女社会にとっても魔男にとっても裏切り者になど全て持って行くことはさせなくってよ! 先ほども言った通りわたくしたちには……手は残されているのだから!」
「! マリアナ様!」
「はあ……あんた、またそんなことを!」
マリアナの呼びかけに、青夢は呆れる。
「さっきから言ってるでしょ、私たちの今の第一優先は」
「あら、あなた悔しくなくって? あんなぽっと出の裏切り者に活躍の場を奪われても?」
「……ええ、全然悔しくないわ! あくまで降りることが第一優先!」
「はあ、魔女木さん……」
青夢の言葉に、マリアナは嫌みを言うが。
青夢もあくまで、自身の意見を曲げずにいた。
それに対しマリアナも、痺れを切らしたように。
「あなたって本当に、屈辱感の土台がなくってよね! 情けない……こんな時にわたくしたちが、むざむざ手柄を横取りされてどうする気であって?」
あくまでこちらも、意見は曲げない。
「だから言ってるでしょ! 今は下山が命令事項であり、最優先事項なの! 何度も言わせないでよ!」
「……もうよくってよ。あなたと話し合うだけ時間の無駄であってよね!」
「ええそうよ! こうやって話してる時間があるぐらいだったら、少しでも下山すべきなの!」
完全に平行線である。
と、その時。
「きゃっ!」
近くに狼男の騎士団側の攻撃が、着弾したのである。
「くっ……ねえ、魔法塔華院さん? ちょっといいかしら。」
「! お、王魔女生さん……」
そこで声を上げたのは、尹乃である。
「あそこに攻撃が着弾したのは、これで何度目かよね。そして一度目に攻撃を受けた時そこの魔女木さんは今と同じように言って、私たちはひとまずそれに従うことにした。そうよね?」
「……ええ、そうであってよ。」
尹乃の質問に、マリアナは答える。
「では聞くわ。あなたは具体的に、どうやって活躍の機会を掴もうというのかしら? この、それは諦めざるを得ないような状況で。」
尹乃はまっすぐマリアナを見つめる。
「……決まっていてよ。今仮想電使戦になっているあの中に飛び込むことによってよ。」
「……だから、それをどうやるの?」
「勿論、先ほど爆発したあの仮想電使戦機の近くに飛び込むか……あるいは!」
「きゃっ!」
「ま、マリアナ様も王魔女生さんも、伏せてください!」
と、その時。
キルケ・マルタ・メーデイアが高度を下げ、青夢たちがいる辺りを高速で通過した。
「だ、大丈夫皆!? ……って、あれ? ま、魔法塔華院マリアナ!?」
「ま、マリアナ様!?」
とっさに伏せた皆だが。
真っ先に顔を上げた青夢が、更に法使夏が周りを見渡し驚いたことに。
マリアナの姿がない。
「ふう、中々手強いなああいつら!」
「はい、騎士団長!」
「まったく、往生際が悪いねえ!」
「ええ、そうであってよね!」
「ああ、そやな……って! 何や、魔法塔華院の姉ちゃん!」
一方、一旦間合いを取ってから転回し再度狼男の騎士団に向かって行く元女男の騎士団だが。
なんとその三胴機に、マリアナがしがみついていた。
「な、何するんや!」
「ま、マリアナ! 何で」
「おうや……ミリアを可愛がってくれてた、元ご主人様かいい!?」
そんなマリアナに驚く赤音たちだが。
「いいから……このままあの魔男たちへと向かいなさい!」
マリアナは事も無げに言い、元女男の騎士団に指図する。
◆◇
「なっ、あれは裏切りの女男共!」
「な、何て奴らっしょ!」
一方。
この光景を見ていた魔男の円卓も、大いに沸くが。
「ああ、確かに忌々しいが。」
「いえ……それよりも忌々しいのは。」
アルカナやアリアドネが睨むものは、別にあった。
◆◇
「さあ皆……やってお仕舞いなさい!」
「はいな、アラクネ姐様!」
「はい、アラクネ姐様!!」
「アラクネさん……やはり、お出ましであってね!」
元女男の騎士団やマリアナが今言葉をかけている、アラクネである。