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むらつ : 武者修行篇 一応の完結

<試合シーン>(見せる内容:チキータ、村椿流:裏面FH、シェーク持サーブ、)

 ビシリッ――

 文字にするならば、そんな音。 な音を鳴らして南塚の左腕から放たれたドライブが村椿の腕を擦り抜けるように駆け抜けた。

「9-3、」


「うっしゃぁあ!!」

「さすが。流石ゴリラ顔」

「誰がジャ!」

「あ、聞こえてた」

 濱岸をクワッと睨みつけると、南塚が そのままズンズンと歩を進め

 コートを入れ替えるルールが設けられている。 試合会場によっては、 照明の当たり具合などで多少の不公平が生ずる可能性があるのだ。

 例えば村椿の様な『投げ上げサーブ』の使い手は、トスを上げるタイミングで天井を見上げた際に、立ち位置によっては 真正面から照明の灯りを視界にとらえてしまい、目がくらんでしまう そうでなくとも、台に反射する光でボールを見失う危険性もある、という何とも繊細な競技なのだ。

 もっとも誰もが南塚のような豪快なプレーができれば 村椿のような人間なら別だ。本人が自覚してようがいなかろうが、影響下に置かれる。


「さっきもそやったけど、

「あぁ。卓球ではセット毎に時間を取って プロやったら、ここでスポーツドリンクのんだり、軽くゼリーでも食べたりして栄養補給する人とかだっておるんや」

「――彼も……」

「やな」

 バナナの皮をむくと、アーンと咥えて食べ始めた。

「……バナナは軽食に入りますか?」

「入ります」

 物珍しく映っただろう。だが、実際にプロの試合でもコートサイドでバナナを食べる光景が見られる試合もある。

「まぁ、ルール上オッケーってのは解ったけどさぁ……。にしても、キャラ的にアレは南塚先輩が食わんなんがんに……そういうとこも分かってないちゃね、あのオトコノコ」

「聞こえてんぞ、濱岸ぃい!」

「聞かせてますし」

 ルンルンと楽しそうに

 一方廣田は、うわコイツ抜かりねぇじゃ。けなされたら本領発揮するタイプの南塚さんのこと弄って張り切らせとるわ。としらけていた。


 モグモグと食べていた村椿だったが、今度は、メモに何か書き始めた。

「あんな意識高い人いるんだ」


「なんか中学ん時からよくメモとったわ」

「熱心やね」

「あんなんやから、目の下のクマが消えんくなるんぜ」

 暗い顔つきは「陰キャ」と呼ばれる

「いや、南塚さんもソート―意識高い系やなって思っとったけど」

 濱岸曰く「バスケ部のゴツイ メンバー面」である南塚(本人は同イメージを「何じゃ、その具体的かつ意味不明な偏見に基づいたイメージはッ!?」と否定済み)は、部内でも特に練習熱心だ。

 日々の練習では必ず「チャラチャラしたテニス部やらバド部(バドミントン部)に負けっかぁ!」と、汗水とやっかみじみた感情を垂れ流しながら筋トレに励んできた男だ。純粋な筋力や瞬発力は、年度の初めに行われるスポーツ体力測定でも平均を超えている。

「テレビで卓球が出て来た時に聴いた覚えあるわ」


 肩にかかる髪の毛を手櫛でときながら呟く。

「せっかくだから、イケメンな所みたいな。ドージョー破りクンの」

「おいおい、自分の先輩応援しろし」

「そういう廣田はどうなんけね~。彼、廣田の元・同級生やろ」

「いや、そやけどさぁ……」

 あ。なんかあんだ。やっぱり。

 濱岸は思った。


 初めて出会った少女の祈りが天にだか卓球の神にだかなんだか知らないが、どこぞへと通じたのか通じたらしい。ここで「寝癖チビ」が一矢を報いる。


「これが俺の武器、『スラッシュ』です」


「いや、無い」

「へ?」


「なんだろ?横回転系のツッツキ」

「チキータの一種かな?」

「いや、台上で打つカットって感じ?」

「カットブロックに近くない?」

 と、未経験者には全く分からない会話を始めた。



「卓球選手が打つボール全部に技名がついとるわけじゃないからさ」


「咄嗟に撃つイレギュラーなボールとかもあるんぜ。それに一々名前を付けたりせんもんやちゃ、普通は」


 ショートサーブを放ったのだが、


「知りませんか?台上技術においてペンホルダーグリップは、シェークの上を行くんですよ」


 真横に


審判の森本が「知らんから」と聞こえるか聞こえないか程度の声で言ってはみたが、




「じゃ、俺が知ってるペンの弱点を教えてやるわい」


 いいざまに右回転サーブを再びバックサイドへ深く打ち込んだ。


「バックサイドが弱い」

 頬骨に笑みを湛えて ニタリと笑った。

 一方の廣田も考える。

(しっかし、南塚先輩、結構強いな)

 決して強豪校ではない。むしろ、底辺に近い。これは、地区大会で上位は堅い。もしかしたら優勝も……。


<>


 村椿が発した咆哮の残響。


「――は?」


 空を走る“黒い残像” が。


<村椿が帰った後>


「いや、酷過ぎでしょッ」


「アイツ運動神経もサイアクなんすよ。13人中でも最下位クラスで」

「まぁ、想像はつくけどさ」

「“スリッパ3銃士”の」

「何けよ、ソレ」

「スリッパで打っても勝てる3人」

「ヒド」


「つか廣田よ、お前今日は“課長”が受験勉強の合間を縫って練習に参加してくださる日やぞ」

「あ、それもそうっすね」

「おらダッシュ、ダッシュ!遅れたらペナルティで な」

「いや、エグ過ぎでしょ!」

 ケタケタと笑いながら、 駆けだして行く。

 濱岸がスッと身を屈めて

「あ、あの子ピンポン玉忘れてってる」

 ネイルが 指で抓み上げたピンポン玉を見て、舟橋が「お」と声を漏らす

「スゲ。スリースターじゃん」


「ま、一言でいうと高級なやつ。 練習で使っとる奴とは硬さが違って 正確に打てるんよ」

「へー。ピンポン玉にそんなクラスとかあるんですね」


「今日一日で一杯勉強できたな」

「ヨシヨシ」とおどける廣田に


 後ろで、南塚は何かを模索するかのようにブンブンとラケットをふっていた。


「先輩、どうしたんすか?」

「いや、ちょっとな」


濱岸は卓球やっとる人に特有の儀式なんかな、と思いつつ見ていた。

すると斜め後ろからと舟橋が「けど、意外やったわ」と、振り向きざまに笑いかけた。


「え。何がですか?」

「不真面目なお前が、随分楽しそうに見とったからさ」


 男子2人は洗面台に向かい、舟橋は「じゃ、練習に戻るか~」と

「ほら、お前も練習、練習」とおどけた低い声で指示をだした。


 そっけなく「はぁ~~い」とだらしなく、濱岸は答えるだけ。


 手の甲を被うほどダラリと伸びた長袖からチョコンと覗く指先で、濱岸は不思議な侵入者の落とし物を弄る。休日練習で教師の目に触れないのをいいことにあしらった水色のネイルで、くすんだピンポン玉を突きながら回想する。

 あの変な人。

 おどおどしたイジメられっ子タイプなのに、 下手クソな虚勢の貼り方で何だか不良ぶっていたドージョー破りクン。

 極端な前傾姿勢を取って、台に貼られたネットの合間から南塚さんをジッと見据えていた。くたびれた緑色の繊維越しに見る村椿の目は、 常識はずれな行動をとる人物だというには随分と不安定な――心の中からドクドクと沸き上がって来る「羞恥」や「後悔」、「罪悪感」といった負の感情を懸命にこらえているように見える――揺れ方をしていた。少なくとも、彼女の目にはそう写った。


 敏感なんだよな。ウチって。多分。


 小中学校と、他と比べて陰湿なイジメが多い学校で育ったせいかもしれない。

 いつしか相手が何気ない場面で見せる 目線の動きだとか指先の動きから、「あいつはイジメッ子タイプ」「あの子はイジメられっ子タイプ」だなんてカテゴライズするクセがついていた。


 そして、ドージョー破りクンが試合で見せたプレー—―“村椿の卓球”は、 「低レベル」なんてワードで終わらせたらいけない一面が、たった今「」と大声で笑いながら卓球台に入っていった先輩の男子部員にはまるで見当たらない「レベルの高い何か」があったって。

 海馬をくすぐる 片鱗が


 それも見ていた理由かもしれないな。

『意外やったわ』と舟橋の声がリフレインした。

 別に卓球が好きとか、そういう感情じゃない。


 面白かったからだ。


 変な動き、個性的なフォーム 無駄に高く投げ上げるトスの派手さ、 必要以上に踏み込み  南塚先輩のドラミング。 


中学時代の球技大会の記憶が、唐突に甦る。


 小・中学時代の同級生の男子、一緒にやったスマブラで アピールばかりやって全然マジメに攻撃せずに

『この方がオモシロくね?』とかほざいたアイツは、今ウチよりも上の偏差値の学校に進学した――

「あ」


「つか、あのゲーヲタも漁湊じゃん」

 小学校の時のつながりなんて、もうとっくに消えている。


「おいっす」


「あ、御疲れっす古澤課長」

「部長や!課長やなくて部長や!」


「部長や!」


 刈り上げた頭に 黒縁眼鏡 恰幅がいい古澤は、17歳にしては貫禄がある――というか老けている男。


「メガネツインズ

「言い方をつくるな」

「いや、造ったわけじゃなくて、フツーに バンドからとっただけなんすけど」

「あ、アリモンの言葉なんだ。スマンスマン――って、どうでもいいんやちゃ、そんなことは。それよりも気を付けろよオマエら。なんか今日、駐輪場に見慣れない変なヤツおったぞ」



「……同じ奴じゃね?」

「さっきの奴がそんなタマか?」

 同じ一年の男子陣が口々に言いあう中で、廣田だけは「アイツ……」とため息をついていた。その「アイツ」が先刻の不思議な“ドージョー破りクン”を指していると、濱岸にはわかっている。

 だから、訊ねた。

「ね、さっきのカレって何者?」

 ***

<第1話 ラスト>


「はぁああ~~~~~」


「やっちまったぁぁぁああああぁぁぁぁ…………」

 村椿了。漁湊高校1年生。


「」

 きっと、今日の出来事。 張り切り過ぎた自分のテンション、言動 浴びせられた視線に、至極まっとうな視線。度々思い出しては頭を抱えて悶えるだろう。

 正当化するには、自分が犯した行為が悪すぎる。どう足掻いたところで、間違っているのは自分なのだから。


「あー無理だ。もう無理だ。やっべー……」

 心中にしまい切れないネガティブな感情は堰を切った如くの勢いで、喉を揺らしながら弱音となって溢れ出していく。

 去年の夏頃にせっかく声変わりを迎えて声は大人びたというのに、声帯から流れる言葉は未だ子供っぽい。

「でも我慢できなかったし……実際、あの南塚って先輩は超イイ人過ぎてヤバかったし……」

 わざわざ声に出す必要がない心の内を 漏らす

「ヤッベ、独り言言い過ぎ、俺……」

 変な目で見られた。絶対見られた。

 自分で自分の身体に八つ当たりするかのように、ゴツゴツゴツゴツ拳で鎖骨の辺りを小突き続けた。

 ようやく思ったことをある程度は心の内に秘められるようになった少年は、「ぅー」やら「ぁー」だの呻きながら学ランのポケットに手を突っ込むと、いくらか型が古い上に所々の塗料が剥げているウォークマンを取り出した。

 心の内側で鳴り響く を外側から掻き消そうとするかのように、イヤホンを装着して 楽曲を再生した。

 GBと、最新のシリーズに比べれば随分心もとない容量だが、特段音楽好きという性分でもない彼にはこれで十分だった。

 ホールド機能を解除し、アーティスト検索。

洗濯したアーティストの名は「GOING UNDER GROUND」。楽曲の タイトルは『トワイライト』。


鉄塔の骸骨  ネオンのゼリー  眠れる夜を 旅する声


瞳を閉じて 広がった世界  あぁそうか あれは――


「ウイショ……っと」

 お気に入りのトラックの歌いだしに支えられるようにして 通りすがりの 川高生がギョッとするほどに酷いうなだれ方をしながらヨロヨロと自転車のペダルをこぎ出した。

 街は少しづ遊夕焼けに照らされ始め、水田や畑が つづくおかげで数キロ先まで見渡せる田舎道。ヤマダ電機の看板に、やたらとデカいパチンコ店、スーパーの看板にも灯りが灯り始めた。

 立山連邦。 スキー場 運動場にそびえる巨大なモニュメント等が視野に入る。

「」


 村椿了。16歳。富山県在住。血液型は0型。星座は魚座の早生まれ。

 常識はずれな行為へと駆り立てる熱血さと、他人の視線を人一倍気にする繊細さという相反する性格を併せ持った、性格に破綻を抱えている少年だった。

(冷血と繊細さというそぐわない性格を併せ持つ、破綻を抱えて来た少女だった。)

  ***


――――推奨BGM:『』



「帰って来たけ?」

「いや、まだ」

 時計の針が午後5時半を指すころには、漁湊高校卓球部は


「ただ、代わりに……」

「ん?」

「“用心棒”さんが帰って来たぞ……!」


 浅黒い肌に引き締まった身体。睫毛でクッキリと黒く縁取られた瞳は、泣く子をいっそう泣かせるほどの迫力に満ち満ちている。


 「渡世の義理でダンス部に“用心棒”として籍を置いている素浪人」として(四十内と越間が2人勝手に繰り広げている妄想の中で)畏れられている人物。

 一度も喋ったことはない。

 辛うじて入部当初に、彼女が乱暴に床へ脱ぎ散らかしていた長袖の体操服から名前を知るにとどまった。

 早くも高校に鳴れたのか、気がつけば学校指定の体操服では無く私服のTシャツに短パンでダンス部の練習に顔を出している大胆不敵さ。

 そして――

「あ、まただ」

「またアイツ、勝手に卓球部の練習スペースで……」

 知ってか知らずか。ダンス部と 決めたはずのラインを平然と破り

くびれた腰から長く伸びた脚を1水平に開いて、ストレッチを始めた。

「なんだよ、もう。一回いなくなったから 取り返せたと思ったんによ」


「第一印象は良かったんやけどなぁ~……あのムチムチした太腿とかエロさマックスで 多分オッパイも カップあるし……」

「黙れエロ猿」

「誰か何とかしてくれよ。あのおっかねえ女子のこと」

 藤紅音。

 決して特別気が弱いわけでもない男子二人をも怖気づかせる威圧感の持ち主。

 血色が良い、濃いピンク色の唇を真一文字にきつく結んで。

 風変わりな少女によって卓球部は、侵略を受けていた。



☞つづける。


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