Befor sunrise in Summer days ―或る阿呆として一生―
よろしくお願いします。今からおもしろい話書きます。
<登場人物>
村椿了:とりとめて良いところがない冴えない中学生。
チビ。色白。ガリガリ。ボサボサな髪の毛。目の下にクマ。内気。根暗。陰キャーこれらの言葉を材料にして、アナタの中で一人の男子中学生をイメージしてください。脳内で人物像が出来上がりましたか?ソイツが村椿です。
そこは希望と現実の間で折り合いをつけようとする、ロクデナシが集まる吹き溜まりのような空間だった。
学生生活において大きなステータスとなる部活動を選ぶとき、誰もが自分のやりたい分野に飛び込んでゆけるわけではない。
だからと言って挫けた人間全員が、甘い希望を全て投げ打つ程リアリズムに徹する冷静さの持ち主であるはずもなく。
ストイックな運動部に自身を捧げる勇気はないが、スクールカーストが低い文化部で周囲の蔑視に負けじと己を貫く覚悟もない。
ならば間を取って「負担が少なそうな運動部に入ろう」と。「俺でもできそうな競技をやろう」と考える。
意志薄弱な妥協の寄せ集め。
だいたいそんなものだろう。
卓球部という空間は。
しかし忘れてはいけないのが、“そんなもの”はあくまでも“だいたい”でしかない現実。完全にあてはまる傾向ではないという事実だ。
『ラケット持った奴は俺が全員主人公にしてやれるから』
たかだか直径40㎜しかないプラスチックの塊。中が空洞の脆弱な球体はうっかり踏みつければパリンと割れてしまう。ちょっとした摩擦や空気の抵抗で進路を変えてしまう貧弱なボールを追いかけまわしながら、震える声で自身の誇大妄想をさも真実そうに語る奴もいる。
『頼むから俺のアイデアについてきてくれってば』
人の目を見て喋れないシャイな熱血漢――そんな少年が。
とある学校の卓球部では細い腕にコルクで出来たラケットのグリップを握りしめ、溺れた孤独から抜け出そうとして遮二無二とラケットを振り回していた。
※推奨脳内OP『トワイライト』/GOING UNDER DROUND
あなたは高学歴を求めて進学校に行きますか。
それとも手に資格を求めて工業高校に進みますか。
もしくは部活に専念できる私立の商業高校に決めますか。
はたまた“青春”を探して自由な普通科高校にいきますか。
大嫌いな数学の文章題よりも難解な問題に、中学三年生の村椿了は頭を抱えていた。
「マジでダヤいんやけど……」
週5日間というハイペースで座り続けていくうちに、いつしか木目の模様まで完全に覚えてしまった自分の机にかじりつく。
前の席に座っている同級生が振り向きもしないで不愛想に回してきた「進路希望調査」と書かれた紙と向き合うだけで、彼はホトホト気が滅入っていた。
肩に埃がついた学ラン。この制服とのお別れ、義務教育の終わりが見えてきた15の初夏。出来ることならずっと目を背けたかったのに、ズイと目の前に選択肢は突き付けられる。
ゲームの冒頭で持ち掛けられる「ここに3匹の‐」的な3択ですら迷うほど優柔不断。結局自分に合ってない選択をして何回もセーブデータリセットしているような判断力も鈍い自分にとって、進む道を決める行為はあまりにも責任重大で。
とりあえず適当に空欄を埋めるだけ埋めた希望調査票を提出すると、ガヤガヤと喋っている同級生の合間を縫うようにしてオズオズと歩きだす。
クラスでは「大人しい子」「地味な男子」「ノリの悪い奴」「明らかな陰キャ」で通っている猫背の少年は黒いリュックサックの肩紐をグッと握りしめた。
夕陽でほんのりと紅く染まった後者の廊下を歩く。年季を感じさせる汚い窓から覗く景色ードンヨリとした曇天の下に広がるのは「田舎」としか言いようがない風景。
耕す跡継ぎもいなさそうな水田。2㎞離れた大通りに立つ
いち早く部活の練習を始めたバスケ部員が廊下をランニングしていた。彼らが自分を追い抜くときに置いて行った、制汗剤の大げさに爽やかな柑橘類の残り香が鼻をついた。
だけどモジモジしててもドツボにハマるだけだと、幼稚園・小学校で覚えた俺なので。とりあえず、もがくことにする。
『ウィっす』『今日練習来る人ーー?✋』
どうせ返事は返ってこないLINEのメッセージを打ちこみながら。
ユカレ!! 漁湊高校卓球部 ー紅の蜃気楼旋風ー
『何か、卓球部って差別されとらんけ?』
そうボヤいていた入部したての日から、もう丸2年か。練習用の備品を用意しながら、フト思う。
村椿の通う中学校では卓球部に部室などなく、部の備品は体育館の入り口付近に置かれた古びたロッカーの中にしまわれていた。
ロッカーの扉の内側に張られた「ピンポン玉借りパク厳禁by部長 ー 持って帰った奴は呪殺by副部長」という張り紙を横目に、ピンポン玉を入れるために使っている洗濯籠を取り出した。
「ういっすーー」
「おぉ。おっつー」
同級生とザックリした言葉を交わして始まる練習。
「お前まだそのラケット使っとら? いい加減買い換えたほうがいいんじゃね?」
「大丈夫やろ。ま、どうせそろそろ卒業やしさ」
卒業すれば、当分は卓球も満足には打てなくなるだろう。
彼にとって目下の心配事はそれだけだった。
大好きな卓球を我慢しなければいけない。
受験の不安はそれだけ。たった、それだけのことだ。
中学3年生の自分が人生の分岐点に立っているはずだとは自覚しているけれど、どうにも考えつく内容のスケールは小さかった。
彼なりに脳の神経を振り絞って考えうる
だがいくらシナプスを躍動させても彼の思考が新しい段階へと至る時は訪れなかった。前に進もう、上に昇ろう―強く誓って思索に没頭したが、同じ考えを堂々巡り。
「未来」とか「将来」だなんてまるで実感が湧かないにも関わらず絶対やって来る奇妙な存在のため捧げなければいけない今日を、結果的には年単位で無為に過ごしてただボンヤリと立っている。
彼が「明日」を想像する時にはいつだって「今日」と良く似た姿形の一日、相似形の情景を思い描いていた。
やがて必ず相似では済まない大きな変化が訪れて。似ても似つかない姿になって、そのままではいられなくなるというのに。
朝が来て、目覚まし時計の音で水玉模様の布団から這い出して。親が作った朝食を食べて、眠い目こすりながら学校に行って。
役に立つシチュエーションが想定できない数学だとか理科の授業を受けて、お楽しみの部活の時間を待ちながら休み時間をやり過ごして。
それで夕日が差し込む体育館で汗水たらして卓球やって。最後卓球台を片付けて部活仲間とふざけ会って。
後で思い出せないくらいしょうもない話題で盛り上がって、また会おうぜって。
そんな「今日」とは似ても似つかない一日がいつの日かやって来るというのに。
会社勤めをしている自分。―-いや、就職できずに無職かもしれない。
結婚している自分。―-いや、誰からも嫌われて独身かもしれない。
定年退職している老人の自分。―-いや、毎日働かないと食っていけない日々かもしれない。
思いつくネガティブな未来を阻止するべく、今日を頑張らないといけないって能書きは耳にタコができるほど聞かされたし、自分自身理解して納得もしている。
にも拘らず、宿題として出された英語のプリントの一枚片付けるのにも億劫と感じるのは何故か。
一つ一つの勉強が「人生」をゲームに例えたときに、重要な経験値稼ぎだってことはわかってる。
ボスキャラに挑むときはタップリ経験値をため込んでからプレイする自分だ。
「経験値稼ぎ=勉強」という等式が成り立つんだったら、もっと一生懸命になれるんだろうにさ。
これじゃ、ろくな目に合わねぇよ。
きっと俺なんて、
ところが、これが「来年」ともなると、途端に「今年」とはずいぶんと違った一年を楽天的にイメージしてしまう。
来年は学校の成績も上がって
目先の苦労から抜け出せているんじゃないかなって。
何だ、この自己矛盾。
目先のことはウンと甘く見て、遠い先のことはウンと辛く見る習性。
実感が湧きやすい明日とか来年は甘く見積もるくせに、実感が湧きにくい数十年後は平気で鬱々とした見立てをする。
一日一日、日付が変わって布団に潜り込むたびに「明日、自分が立派な人間になってねぇかな」「こんな自分が英雄でいられる異世界に転生できないかな」だなんて下らない空想。そいつで夜を更かすのが癖になったな、と自己嫌悪に陥りつつタメ息を一つもらした。
***
「ってか、お前大丈夫なんか?ちゃんと受験勉強とかやっとるんけ? この前あった進路調査ン時とかさ、志望校とかドコ書いたん?」
卓球台の中央に張られたネットを取り外している同級生は、心なしか上から目線で聞いてくる。どうやら「どうせやってないだろ」という前提が腹の中にあるらしく、自分が何と言っても同じような反応が返ってくるような気がする。
「俺は第一志望に『漁湊高校』って書いたけど」
答えた後で予想通りの嫌な反応が返ってきた。
「え、マジで言っとる?」
ニマニマと笑う彼には悪意こそないものの、中学生活3年間を共にした相手にしてはイマイチ優しさを感じられなかった。
「オマエ漁湊高校つったらソコソコの進学校だぞ?大丈夫か」
「ヘーキやちゃ。俺小学校の時に散々ガリ勉してた貯金あっから」
「お前、小学校の時の貯金が高校受験で役に立つんけ....?」
「少なくとも中間テストとか期末テストではずっと上の下位にはつけとっからな?あんま舐めんなし」
ビッと勢いよく親指を立てて見せる少年の外見は、成程スポーツに汗を流す姿よりも机に噛り付いてでも好成績を勝ち取ろうとする姿のほうが似合った。
しかし彼の精神は肉体に似つかわしくない趣味嗜好の持ち主で。
多分もっと受験勉強に力を入れていたら。
家でラケット握って素振りしている時間を英単語の書き取り練習に割り当てていたら。
『卓球王国』を読み込んでいる時間に歴史の資料集を読む時間に当てていたら。
部活中にとった卓球に関するメモを復習している時間を、授業中にとったノートを見返す時間にあてていたら。
きっと、もっと、ずっとレベルの高い高校を狙えたんだろう。
だけど、そうしなかった。できなかった。
いつの間にか心の中に握られていた「卓球好き」という性格を手放すことが。
何でだか、彼は「卓球好き」という属性にこの上ない愛着と誇らしさを感じ取っていた。
元々要領が悪い彼にとって「文武両道」なんて叶うべくもない絵空事。
※推奨BGM『火を灯す』/突然少年
水谷隼 ティモ・ボル 馬龍 サイモン・ゴージィ 村守実 ジェイク・ベアバリー ダリウス・ナイト 柳承敏 張本智和 朴成珠 モアガド・トルルス クアドリ・アルナ 洪敬龍 ヨルゲン・パーソン 松平健太 ウーゴ・カルデラノ 坂内輝穂 ルボミール・ビシュティ ミカエル=クロード・カールソン 許斤 ディミトリ・オフチャロフ 久遠春太 ゲインツ・ロスコフ 劉南圭 荻村伊智郎 フェレンク・シド 劉国梁 ヴィクター・ヴァルナ 将膨龍 サティアン・グナナセカラン 河野満 ヤン・オベ・ワルドナー
そっと目を閉じればズラリと居並ぶ卓球選手の情報。
ただ、だからといって部活一本でやっていける程の能力はなかった。
「おっし、そろそろ練習も終わりやなぁ~~」
部長が声を上げると、全員イソイソと卓球台を畳む。
「っちぇ~~」
舌打ちした後、低い声で。こうやって呟くのは彼のクセだった。
「もっと卓球が上手けりゃな」
うつむきがちに畳んだ卓球台を、倉庫の方へと押してゆく。
「そうすりゃ、一回くらいは小篠中の奴らにも勝てたんやろうけどさ」
仮に王道のスポーツ根性物語がリアルで繰り広げられたとして、自分が主人公に値しないと気が付くのに時間はかからなかった。
だけど、だからといって「卓球好き」だけは辞められない――止めたらいけないという確信めいた思考が根付いていた。
「"カット"の川又と"表ソフト"の田開という二枚看板やからな、アソコは」
他校の部員をやたらライバル視もしていた。
「あ、そ」
「川又は貴重なカット型選手で地区最強の"ゲームメイカー"やし、田開は地区内でも最強のハードヒッターやぞ」
明日はなろう。明日こそなろう。理想に近い自分になろう。
そんな「あすなろ」な精神で生きてきた。
頑張ったら何かしら報われるだろうと、“努力頼み”で生きてきた。
「ウサギと亀」を脳の皺一つ一つでしっかり咀嚼して、海馬の中でガムよりも時間をかけて噛みしめしながら。頭のいい奴の背中を見つめてばかり。
※推奨ED『あすなろ』/GOING UNDER DROUND
「ラバーも『ラクザ7』とかにしてーなー」
「とか言って、どうせまた『フレクストラ』だろ?よくて『マークV』」
「はぁ?お前初心者の味方『フレクストラ』先生と『マークV』様を悪く言うなよ?」
「高校では俺、もうちょっといいラケットに買い替えるわ。値段も高くて、もっと弾むやつ」
「けど、そんな良いやつ『太陽スポーツ』に売っとったか?」
地方の国道沿いにあるスポーツ用品店。
「だったらあ通販でもなんでも使うわい」
村椿は言った。
「桧のやつにする」
"今日のあすなろ"
・積極的に仲良くない同級生に話しかけられる自分になろう
・三単現のSを忘れない自分になろう
~次回予告~
込内:チキータ!(卓球ファンの間で「やぁ、みんな!元気かい!」の意味)
令和元年の夏を、いかがお過ごし?
ちなみに僕はスマホの中で美少女達をガンガン放置して楽しんでいますよ。
さぁ、今から「後書き」と称して次回予告の時間ざますのよっ。
前田:平野耕太みたいなことやってんじゃないよ、アンタ。
込内:やっぱりあれかね、こういう尖ったこと無理してやったら読んだ人から叩かれんかな? もうちっと大人しくしといた方がいいがんかな。※①
※①「いいがんかな」(富山弁で「いいのかな」の意)
前田:奇をてらったことせんでくれんけ?セルフ突っ込みで予防線張ってるのもダサいしさ
込内:ま、大丈夫やちゃ。こっから誰もが納得の、超絶エモい話が始まるから
前田:信用のしようがねぇって
込内:しばらくは本格派の文學気取って、のんびりしたペースで話進むっしょ? さ、そんなわけで前田の大将、タイトルコールをプリーズ!
前田:次回、『ユカレ‼漁湊高校卓球部ー紅の蜃気楼旋風ー』が第一話
『』
込沢:次回もこのサイトに、ピーーンポーーン!!
前田:やってたね、福沢明がそんな番組。
込内:次も絶対呼んでくれよなッ。
前田:....で、俺たちいったい誰?