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始めた見た人

<藤 初対面>

 うちの学校の卓球部は「講堂」という建物で練習している。基本的に講堂は、学校行事とか集会に使われる場所。だから、今日みたいに集会が開かれている時にはしばらく追い出される。

 恐らく、学期末の校内テストや全国模試が終わって、 成績について反省会でも行われているんだろう。体育座りした2年生たちが 先生たちにネチネチ言われている光景が頭をよぎり、憂鬱になる。

 期待と不安だらけで迎えた高校生活は。始まってみれば試験を節目にして 受験勉強で進んでいくだけの、せわしなくて味気ない日々だった。期待していたようなこと――クラスメイトと一緒に行事に打ち込むとか、受験が終わってできな自由な時間に趣味に打ち込むとか――は今のところ怒る予感がしない。

b同じく、不安に思っていたような――いじめとか、 だって怒っていない。


『順位;217/240』

 こういうのはしっかり襲ってくるんだよな。


 うちの部員は集会がある日は 見越して遅めに来るから、多分今行っても待たされるだけだろう。


 中学2年生の頃に、何とか親に奪われずに済んだお年玉で購入した愛用のラケットケースを取り出した。

 黒い生地に卓球ブランド『YAZAKA』のロゴが赤くプリントされたケースから、練習用のラケットを握りしめる。1,000円弱で購入できる安物のラケットだが、素振りや壁打ちなどのトレーニングには十分役に立つ。

 手首を鍛えるために重しになる を巻きつけたラケット。卓球のラケットは、表面にスポンジの上にゴムを貼り合わせた「ラバー」という用具を張りつけて使う。


 ラバーの上でコンコンとピンポン玉を弾ませてボールタッチの感触を刺激してから、講堂の外壁目がけて「ピン」とボールを打ち込む。「ポン」と音を鳴らして帰って来るピンポン玉を叩いて打ち返す。

 ピンポン玉を壁とラケットの間で往復させる壁打ち

 その軌道は出来るだけ地面と平行になるように狙うのが、効果を上げるコツらしい。

高校入学前の春休みに入り浸った市立図書館で、半世紀以上前に活躍した日本人選手が書き残した自伝を見つけたのだが、それによると彼は学生時代に卓球台が使えない日はコツコツとこの壁打ちに精を出したという。


 しかし、平衡な軌跡を描こうとするとボールの速度は山なりに打った場合と比べてどうしても早くなる。

 いきおいよく帰って来るボールを正確にラケットの中心で捉えて壁に返す―― 中々難しい。


 カツン、とラケットの角の部分に当たってしまったピンポン玉はあらぬ方向に飛んでゆき、砂利道を転がっていった。



(……ん?)


左に曲がりながら転がっていったピンポン玉を負って、講堂の向こう側に回る。


 すると講堂の前、締め切られた扉の前で片膝を立てて座っている人影が見えた。

見慣れないシルエットに対して「誰だ?」と思いながら歩いていく。明らかに卓球部員じゃないだろう、というルックスをしている女子がアスファルトに腰を下ろしていた。

 ウェーブのかかった髪の毛は襟足や耳元が狩り上げらており、フードがついたオフショルダーの服を着ている。ダボっとした緩めのサイズで、肩が丸出しになった濃いグレーのシャツはいかにも不良っぽい。

 今講堂の外にいるということは2年生ではないし、3年生だとしては年が離れている様には見えないから多分同級生だ。

 誰だろうと 

(ダンス同好会の人なんかな?)


 講堂が活動場所に設定されている チアリーディング部、そして現在部活動への昇格を申請中の「ダンス同好会」の3組だ。


 髪型から見るにチア部って感じではないからダンス同好会の方の人だろう。チアリーディング部員は規則なのか全員ポニーテール。 こんなワイルドな人はいないハズだ。

 ステージの上で練習して メンバーは多くないけれど、 上級生の人達、中でも男子メンバーが派手な動きをしている様子をなんどか見かけた。


 ただ女子メンバーはあまり見ていなかったので

 とりあえず、集会が終わるまでは俺も彼女と同じく、入り口前に腰かけて待つことにする。鞄の中から現在唯一の卓球雑誌『卓球王国』を取り出し、ペラペラとページをめくっていく。


 立てた右膝の上に肘をつき、もう片方の足はだらしなく コンクリの床に伸ばしていた。下半身は長袖の体操服で、ひざ上までめくり上げている。

 やや色黒な素肌が多めに露出されている格好に、「見てたらヤバいな」「変態扱いされるわ」と思って、慌てて視線を外した。

 ただ、ついつい、チラチラとみてしまう。別にこの女子が可愛かったからとか、綺麗だったから、とかじゃなく、単にこういうタイプの人を間近で見る機会がなかったからだ。

 こういう――不良っぽい女子高生のことを。


 見たところ恐らく同級生だと思われる彼女は、イヤホンで何かを聴いている。

 軽くメイクか何かしてそうな発色がいいピンクの唇は微かに開いたり、閉じたりしてていて、何かを呟いている様に見えた。多分、手にしているプレイヤーから流れてくるお気に入りの曲を口ずさんでいるんだろう。


 俺の方は 観てるのに、彼女の方は俺のことには一切興味なし、な感じで。

 一回だけ、俺が『卓球帝國』の『レシーブの達人!横回転ツッツキを極めろ』という記事を読んでいた際に ページをめくる音がちょっと大きくなった時にフッと顔を向けてきた。しかし、興味も無かったようで すぐに反らしているのが視界の隅で確認できた。


 ※推奨脳内BGM:『Achillea』/HoneyComeBear


 きっと彼女は、俺にとってどれ程に劇的な4月17日(水)だったかを永久にしることはないのだろう。




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