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TACKFIRE

<登場人物紹介>

:--

・低いのに声変わりした感じがしない声で喋る



用心棒さんー本名:藤紅音(ふじくれお)

・「細身のハスキーボイス」で喋る




 進学した高校に水飲み機があると知った時は興奮した。

 今になると、なんであんな給水器一つで新天地に足を踏み入れた気になれたのか理解できない。


 ピロティから出てくるポットの片付けを始めている野球部のマネージャーや、その上にある体育館の階段で涼んでいる汗だくのバスケ部員、備品を抱えて練習場に向かう応援部の先輩たちを横目に、渡り廊下を歩いていく。

 陽は沈んでいても蛍光灯はまだつかない、午後6時過ぎの暗くなりかけている廊下。

 講堂から水飲み場に続く廊下の途中、第二技術室に繋がる螺旋階段に腰を下ろしている人物が1人――用心棒さんだ。


 何でここにいるのか解らないけれど、脚をクロスさせて用心棒さんが階段の登り口に座り込んでいる。手にしたスマホか何かを覗き込んで 画面の灯りが むすっとした顔を下から照らしていて何とも迫力がある。


 やたら水圧が強い洗面台の蛇口から飛び出す水で顔を漱いでいる間も、背中に不気味な気配を感じた。何の気なしに鏡を見ていると、階段の手すり越しに俺をチラッと見ている彼女の姿が映っていた。

 うぉ、怖。

 慌てて視線を逸らしながら給水器のペダルを踏み、洗面台とはアベコベにひどく水圧が弱い給水器に口を寄せて落ち着かない水分補給を済ませる。

 ベットリとした視線を背中越しに感じたまま。

 その目つきには、見下しとか敵意だとか。とりあえず、ポジティブな感じではない感情が込められているな、とは思った。


 なんて言うのかが解らない髪型が、今日は前見かけた時よりも一層と乱れている。前髪はクシャッと崩れて、波打った髪の毛は汗でペットリと額に張り付いている。

 ダンス同好会も結構激しく動いている様だし、あのサウナ状態の講堂の熱さにやられているんだろう。チラリと振り返った時に見えたが、今彼女が来ているグレーのシャツには、汗ジミらしき黒いまだら模様が浮かんでいる。


 今の彼女の首の向き的に 視野から外れるように


「ねぇ」

 いきなり、声が聞こえた。

「ねぇ」


 どこぞの部活のマネージャーさん達が話ながら やって来たのかな?とか思ったりしながら 本当は、俺が用心棒さんに話しかけらていると解っていたのに。


 あまりにも予想外で、いくらなんでも わからなかったから。

(――え、何で!?何で俺が話しかけられとら!?)

 用心棒さんが、首を動かして 完全に俺を視野に収めていた。暗くなっている廊下の中で 瞳が ピロティの光を反射して光っている。

「ねぇ」


 この女子は、完全に俺に話かけていた。



 ※脳内推奨BGM『UNREAL』/seiho



 立ち上がると、俺の元までツツツと歩いてきた。

 歩幅や体重一つとっても不思議な印象があふれ出る。


「な、なに?」


 二重瞼の谷間も良く見える至近距離。女子の顔をここまで真正面から見るのは初めてだ。長い睫毛の奥で光る瞳  色の唇を見るだけでドキドキしてしまう。


「楽しいの?」

「え?」


 楽しいの?ってなんのこと? 生きててってこと? こんな で生きてて何が楽しいのかって?

 パニック状態の頭に、


「卓球」

「たっきゅう?」


 この世にある言葉の中で人一倍口にしてきた言葉のはずなのに、この時ばかりは脳が受け付けなかった。


「部活で、いつも超卓球でガチっとんにか?何で?そんな楽しい?卓球って」


 当然だ。だって仲良くないんだから。いきなり個人的な質問されてスッと答えられるわけねーだろ。こちとら陰キャなんだバカ。


「」


 いきなり何だ、このインタビュー。


「え、まぁ、楽しい……よね」

「何が?何が楽しいん?卓球て」


 全く目的が汲み取れない淡々とした口調で喋り続ける。カールした睫毛の向こう側で俺を見据えている瞳は


「え……何で、そんなこと聴くん?」・「無駄な質問が多い」

「いや、軽く気になったから。どこがオモシいポイントなんかなって」


 リラックスしたというか、だらしなく下唇を垂らした口の形。まるできちんと最後まで閉めなかった水道の蛇口からチョロチョロ垂れる水のようなテンポでこぼれて俺の元まで流れ着く言葉。

 彼女の言葉の意図が読み取れない。


「ダンス同好会って活動場所一緒やろ?だからウチよく見ることになんにか?」

いや「にか?」じゃねぇよ。いきなり疑問文投げかけんな。会話のキャッチボール下手くそか。


「まぁ、


 ここで言葉に詰まった。


『あーはいはい興味ない興味ない』『』

 俺が自分の好きな卓球の話題になった時に必ずと言って良い程帰って来た一言。

 今も彼女の喉元まで出かかっているんじゃないか。良からぬ未来の想像が俺の積極性を頭ごなしに押さえつけんとする。


 じっと俺を見るばかりで、ピクリとも動かない。クッと浮かび上がった首筋に玉の汗を垂らしながら 顎先に垂れる汗の滴を拭おうともしないから、「いつポタっと落ちんのかな」と気になってしょうがなかった。


「へぇ」


 一通り、中身の殆どない会話を終えると「もう興味は済みました」――って感じで首を捻って俺から視線を外した。

 ポケットからスマホを取り出していじり出した。

(……終わったんかな、この謎インタビュー)

 俺もう練習戻っていいんすかね。

 用心棒さんも顔を垂らしていたスマホの画面を消して、黙ったまま顔お上げる。

 きっとこの人も練習戻らないといけない時間なんだろうな――かと思うと、用心棒さんはまた俺の方に向き直って話しかけて来た。


「ウデミシテミテ」

「え?」


 何て?何か呪文唱えたか、コノ人。


「腕。見してみて」


 用心棒さんは思っていることを途切れ途切れに話すから、なんてことない普通の文章でも伝わってこない。ブツ切りの言葉に対して、こっちは会話のペースについていくので一杯一杯だ。


「は、はぁ」

 

 まるでインフルエンザの予防接種を受ける時みたいにソッと左腕を差し出すと、用心棒さんはいきなり俺の二の腕をキュッと軽く握った・実は左利き「親も知らなかったぞ」


「――え」


 感触で汗ばんだ皮膚を刺激される。生まれて初めて自分の体が女子の柔らかい手の中に入り込んだパニックを起こしそうな脳味噌へ、さらに拍車をかけたのが彼女の指先。

 今初めて気がついたけれど用心棒さんは指の爪にネイルアート的なことをやっていて、仄かな水色みたいな色を薄っすら塗っていた。

 イメージがあったけれど、今見てみれば思った程ケバケバしい印象は感じない。男子と違って滑らかな質感が指の小麦色と、爪の水色が目立っている。

 こういう女子のオシャレに関する知識がまるでない俺には、これを何て呼ぶのかがさっぱり解らない。ただ、この女子ならではの特徴を見せつけられて、ますます俺の頭は困惑が加速した。


「ちょっと触るちゃ」


 まるでファミレスで人のメニューにフォークを指して空「一口頂戴」とか言うときのノリで、彼女はもう俺の腕をペタペタと触りながら今更許可を取りに来た。


 荒っぽいマイペースな人の割りに、 フンワリとした柔らかい感触を剥き出しにして握ってきた。

 どうゆう顔をすればいいのか解らず、とりあえず 無表情に徹してみた。・「村椿の、その顔なんなん?」

「あー」

 何かに気付いたような声を出した。

「鍛えてるね。意外とちゃんと」

 そう言いながら キュッキュッと力を入れて、2,3べん握りしめてくる。


「ふぇっ?」



 緊張で回らない舌だと、間の抜けたことしか言えない。


「触っただけでも結構わかるんゼ。ほら、ウチ結構トレーニングもやっとんにか?」


 だから「にか?」じゃねぇよ。知るかよ。先に説明をしろ、説明を。知らねんだよアンタを。アンタの取説を寄越せ。マニュアルを見せろ。初めてPS-vita機動させた時よりも戸惑ってんぞ、俺は。

 俺の落ち着きの無さを察知してkるえたのか。キョトンとした表情で細い首を傾げると、プックリした唇を尖らせた。


「どうしたん?」

「いや、なんでもない」


 離れ際に、彼女の五本の指先が俺の肌の上をツゥと滑る感触にゾクリとしたものが走った。

 ひとまず話題は終わった。

 そのまま流れ解散していいんでしょうか俺。


 半開きになった厚めの唇からは、なんの言葉も出てこない。


 そのまま、お互いに何するでもない時間が微かに流れた。きっとそれは僅かな瞬間だったんだろうけど、俺には の長さに感じられた。・慣れていないことをしている時の時間は長い。

「じゃ」

 とても簡単な挨拶を一言俺に放り投げると、彼女はさっさと行ってしまった。


 振り向きざまに靡いた髪の毛。そこから の匂いを零して駆けていく女子の は、 耐性の無い俺を家に帰るまで放心状態にするには、十分すぎるほどに刺激的だった。



※推奨脳内主題歌 『愛をちょうだいな』/GOING UNDER GROUNAD


 ***


 以来、俺は部活に行くたびに 気になるようになっていた。


込川:

前田:

込川:

前田:

込川:

前田:

込川:チッキィイイイイイイタァアアアアア!!!!!!

   やぁみんな、元気だよね!?

前田:

込川:

前田:

込川:

前田:

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