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シャロン


《登場人物》


藤紅音

・地黒な女子。

・炎柄の靴下とか履いてる。

・好きなエナジードリンクはレッドブル




「――そのカッコいいダンスって何て言うん?」

 どうして。

 一体なんで、俺は初対面の女子にいきなり話しかけてしまったんだろうか。


 講堂 中庭で、ダンス女子を目の前にしながら村椿は今更逡巡していた。


 「キモいと思われるかもしれない」「ウザいと思われるだろうな」「嫌われるに決まってるよな」

(話しかけるなら話題ぐらい決めとけよ自分……)

ただ……我慢できなかった。

見ているだけじゃ飽き足らなかった。

もっとも、普段から“ダンス女子”に対して 感情を抱いていないわけでは無かった。考えずにいられるハズがない。


「あの……さ!」

 足元の靴底と砂利が擦れる音が ほどの静寂。

「いっつも、ここでダンスの練習やっとるよね」

 今、この瞬間に自分自身が動かしている口の動作がどれ程にぎこちないか。

 初めてまともに目がった彼女から飛ぶ射る様な視線が、俺の“豆腐メンタル”にグサグサと突き刺さっていく。

 白目の周り黒く囲う眉毛は

 近くで見る彼女の目は吸い込まれてしまいそうな眼力があった。瞳の周りは長い睫毛に縁取られ、絵具で色を塗ったかのように黒い。 

「……」

 無言の彼女はまるで瞳のピントを俺へ合わせるかのように、小さくかぶりを振っただけ。ツンと、少しばかり前に出した顎先を伝う汗の滴へ気を取られながらも俺は「ちょと、その、質問が」と、舌先で言葉を編む。

 現国の 先生が採点したら バツを貰いそうな程にグチャグチャの文法で単語を羅列していく。

 中学の2年頃までは、もっと無邪気なテンションで他人にズケズケと話しかけられていたのに。

(言いたいことを伝えろ 言いたいことを伝えろ 言いたいことを伝えろ)

 夕陽を反射しているネイルでイヤホンを挟んだままの中途半端なポーズで、じっと俺を見つめている。


「――動き超ヤバいね」

 語彙力の欠片も感じさせないワンフレーズだった。

「……」

 瞼を細め、眉間にはうっすらと皴を寄せて、彼女はコクコクと怪訝そうなオーラを零しながら頷いた。

 近くで見て気付いたのだが、彼女に耳には小さくピアスが留められていた。勿論、そんな「華美な物」は校則違反。先生たちの監視の目が滅多に届かないから着けているのだろうが、 不良というタイプの人と関わった思い出が無い俺にとっては、十分なプレッシャーを与えるアイテムだった。


 初めて彼女の口から声が聞こえた。

「……え。誰?」

 ごもっともッス。

「あ、ごえ、ゴメン」とバッチリ噛みながら、つっかえつっかえでどうにか名乗る。

「村椿了って言います」

 つか、どうして敬語なんだよ、バカ。

「ダンス同好会の人……?」

 警戒心が剥き出しの声色だった。

「いや、そうじゃなくて、卓球部、なんやけど……」

「タッキュウブ?」

 大人びた顔にクエスチョンマークを浮かべながら、心の動揺が


「あ……えっと……」

 何を言おうとしているのか。不安でしょうがない俺は、自然と彼女の口に意識が集中していく。男子とは違うツヤツヤした色つきの唇は少し厚めで、ツンと上向いた上唇に対して、プックリした下唇は落ち着かないようすでパクパクと上下している。


 何か言わないと。話しかけた責任は取らないと。

「その、さ。ホラ。卓球部とダンス部――じゃなかった―――ダンス同好会って練習場所がさ、被っとるやろ?だからいつも練習しとるところが見えるんよ。」


「……はぁ」

 落ち着かないようで、髪の毛を抓んで引っ張ったり、手櫛でといたりしている。

 細くて澄んだ肌色の指先には、青から水色、そして白へとグラデーションしているネイルアートが施されていた。

(……アレ、コノ人本当にウチの生徒か……?)

 意外さを通り越して、ちょっとした不安がよぎって来た。


 富山県立漁湊高等学校。県内ではソコソコな高さの偏差値を誇る進学校だ。

 就職は想定していないものの、卒業生たちの主な進学先は全国的に知名度があるとはいいがたい大学が大半で「進学校の最底辺」「田舎ッぺ進学校」と自嘲されている。

 事実、俺みたいな決して自頭がよくないガリ勉タイプ――それも自発的に現況に励んだわけではなく親の圧力に負けただけ――の人間でもギリギリ侵入できたレベルだ。


 それゆえに「身なりだけでもしっかりさせよう」という焦りでもあるんじゃないか、と勘繰りたくなるほど校則に対する先生たちの意識は高めで

(もしかして俺、他校の人に話しかけてんのか?)

 疑問に思ったが、彼女が吐いているシューズは紛れもなくウチの学校のものだ。しかし、2ブロックの髪の毛から露わになっている左耳には、校則で禁じられている「華美な装飾品」であるピアスが光っていた。



 入ってわかったのだが、この漁湊高校の生徒はザックリと2種類に分けられる。

 一つが、前述した「ガリベンタイプ」

 俺が完全にコレ。


 もう一つが「ナマケ癖がある天才肌タイプ」だ。 もし真面目でストイックな性格をしていたら1ランクも2ランクも上の高校に行ってしまうので、ここに来るのは石動みたいに素の頭脳にかまけてそこまで勉強しなかった奴。


 どうやら漁湊は頭の悪いガリ勉が 限界地と、勉強をしない天才が 値とがピタリ一致する偏差値の上に建っている学校らしい。


 恐らくだが、目の前にいるピアスとネイルを楽しんでいるオシャレさんは後者だ。

 そもそも、あの軽やかな動きはガリベン型の人間が可能な動きの柔らかさではない。がり勉は運動神経も生まれつき悪いと相場が決まっておる。神が決めておる。

「えと、ゴメン。本当にゴメンね。急に話しかけちゃって」

 首を摩りながら、なんとか言葉を紡ごうとするけれど、

「ぁ……ぅん……」


「その、何か曲聞きながらやってんだよね?誰の何て曲?」

「『vanbox』の『everlasting』」

 は? 何て?

「それか『seiho』の『』」

 全然知らねぇの来た。 しかもよく聞き取れなかった。


「あぁ……」

 やってるうちに、自分がなんでコノ人に話しかけたのかもわからなくなった。

 ダンダン脳味噌が混乱して来て 「随分丈の長いシャツ着てるな」「裾でズボン隠すのはオシャレなのかしら」「実はノーパンだったりして」 と馬鹿なこと考えだし、もう会話の内容なんざ思い浮かべるまでも無くなっていた。


「いや、ホントに、マジで、すっごい、その、良かったから」


「頑張って。俺も頑張るから」

 何が何だかわからない。

 彼女はと言うと、激しくパチクリと瞬きするとウンウンといった調子で頷いた。最後最後は無言、まともなコミュニケーションは一切取れなかった。


 結局俺は、 何処目線なのかわからない立場から彼女のダンスを突然褒めるだけ褒めて立ち去った不審者――そんな始末になってしまった。


 うなだれながら行動に戻り、ガックリと落とした肩に鞭打って腕立て伏せをやっていると、後ろの方から「今日の村椿はいつも以上に元気がない――」「選挙結果がショックやったんじゃね?」といった内容の会話が聞こえて来た。

 声から察するに石動と四十内だ。


 初対面の人に平然と話しかけていた幼い自分に戻りたい――そんなことを少し、ほんの少しだけ思った。



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