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たぶう


「村椿君さぁ、昨日どこまで走り行っとったん? 全然戻ってこんだやん」

 ピンポン玉を拾おうとして屈みながら、笠原が村椿を見上げる。


「あ、ゴメン、そっち転がってった」

 徒労と伸ばした指先が当たったピンポン玉は、卓球台の下を四十内の方へと転がってゆく。

「う~~い、下手っくそぉ~」

「黙れッ」

 まるで同じ中学 すでに仲良く息が合った二人。

 底辺卓球部の部員とは思えない爽やかなコンビだった。


「前ちょっと話たことの続きやちゃよ」

「ん~~?何のこと?」

「え。聴いたっけ?全然記憶にないがやけど」

「あ、ちがったお前じゃないわ。越間やったわ」

 ピンときた 人差し指を伸ばしてクイクイと振った。

「おいおい、そこ間違えてしまうん?」

「スマンな。同じバカ同士やから間違えてしまったわ」

「ヒドくねっ?」

「いや、同類やって同類」

 そこで言葉を途切って、村椿をみやる。

「な。村椿君もそーー思うやろ」

 話かけた 返事もしない。


 壁打ちをしながら考え込んでいる風。


 爪先に当たって蹴飛ばしてしまうプラスチックの球体。あっ気ない物体に振り回されるだなんて。



 村椿が考えていたことは1つだけ。


 —―まだ俺だけ"君づけ"呼ばわりなんだな――


 それだけ。



<>

 野球部上がりの越間は、卓球部は女子部員の可愛いさが思わぬ収穫だと浮かれていた。


「これでもう男臭い環境とはおさらばじゃ」


だからといって、俺達と女子の間で物語が始まるわけでもない。

 女子の間で人気の映画みたいな展開の恋なんてないし。ヲタクの間で流行りのアニメみたいに異世界へ転生できるわけもないし。


 フィクションと実人生における最大の違いは、何かと言われたら「出会い」じゃないだろうか。


 別に俺は越間のことが嫌いだなんてことはないし。他の部員にあれこれとケチをつけるつもりはない。

 ただ、ちょっとだけ「何かが足りないよな」と思っていた。


 そして期待していなかった-何なら余計に思えるキャラクターはいくらも登場する。


「用心棒さん、今日もおいでなすったじゃぁ」


 高校生にもなれば男女の体格差なんて完全に明らかで。もしも彼女と殴り合いでもすれば勝てるだろけど、人が人に対して抱く感情がそんな単純なはずもない。

なにかと気になってしまう、厄介な存在だった。

別の意味で厄介な子もいた。


「やっほー」


 女子卓球部には、アイタタタな子が1人いた。

白惣優兎。同じ一年生だが外見も中身も幼い



「やっほう、ユーちゃん!」


高木柑那。

元テニス部の色黒な女子で、色白の白惣とはあらゆる意味で対照的だった。


ただ高木と白偬は互いに明るい性格で




「あの活発な美少女コンビみてるだけで、俺は卓球部に入って良かったと思っている」

越間はウンウンと満足げだが


「ねーねー、ノッポくーん」

 俺のことすか、と

「やっぱりー!当たってるー」


「うん、ウチさ中学ん時ねー、はいっとった部活がバス……」


 ほぼ答えを言いかけたタイミングで、急に閃いたらしい。


「何部やったと思う!?」


 と、二重瞼の内側で瞳をキラキラ輝かせながら見上げて来た。

 細い目だった。しかし身長差がある四十内を無垢に見上げる瞳の輝きは存分に溢れ出ていた。


 とりあえず、こう言ってあげれば喜ぶのかなと思って「いや、もう『バス』まで言ってしまっとるやん!」とツッコんだら「っあーー、っあーー!すっごい大人げなーい」と楽しそうにむくれていた。


「わからんなか!もしかしたらバスタブ部とかかもしらんなか!」※富山弁で「わからないじゃん!」「バスタブ部とかかもしれないじゃん」と彼女は言いました。

「いや、何けね、バスタブ部って!」

「あ、間違えた、バスタ部!バスタ部かもしらんなか!」

「いいわい、駄洒落に直さんで!」


「バスケ部やったんぜ~~。カッコいくない~?」


 細めた瞼の内側、睫毛の隙間で瞳を得意げに輝かせながらピョンピョン飛び跳ねてバスケのジャンプシュートの動きを決めていた。

 背丈が小さい彼女だが手足は胴体に対しては相対的に長めで、膝を曲げて軽快に飛び跳ねる様子から運動神経の良さは感じられた。


 その印象は2か月たった今でも変わらない。

 3年生がいなくなって広々とした講堂では2年生が、時々卓球そっちのけで 100均ショップで買って来たらしいビニールボールを使ってバスケのドリブルを始めて遊んでいる。


 村椿のような卓球に命を懸けているーーというより、「卓球に命を懸けている奴になりたがっている」奴にとっては居心地がすこぶる悪いことだろう。


 白惣にとっては、この緩さが丁度良かったらしい。


 教えてやると、結構呑込みは早かった。


「もっと詳しい奴がいればいいんだけどな」

 と言うしかなかった。

「四十内君ってもう『一軍』キャラやんかー?言い方変えると『陽キャ』もしくは『リア充』」


 やっぱり、卓球部ってそういうイメージだよなと思いながら


<村椿の姿>

 卓球部の練習というのは自由そのもので 一緒に練習する相手は基本的に 中がいい奴同士 体育の時の「2人組造って」と 特にメンバーの組み合わせは変えるでもなく


「練習するー?」

 と聴いてみると、モジモジしながら


 どちらかというと


<四十内の悩み>

 中学の頃に使っていた一冊のページが随分余っていたからそのまま使っている数学のノート。余白にはクラスメイトが遺した棒人間の落書きが踊っている。

 すぐにでも戻れそうな中学生の日々が、目の前の現在と地続きになっている証拠として、くたびれたノートは君臨しているようだった。

 こんな毎日がこのまま スーツを着て会社に行ったり、作業着を着て工場に向かう大人の日々へと地続きに繋がっているなんて、随分とリアリティがない話で。

 未来に対して受験勉強が関係しているのならともかく、今自分が振るっているラケットが何か影響を及ぼしているかなんて、ますます想像もつかない。

 東京への道を塞ぐ壁のように、立山連邦は今日も連なっている。雨の日のの立山は曇天の暗がりの下でドンヨリと重苦しく陰気な灰色。雨の憂鬱 ボツボツと窓の外で


 家では


邪魔臭い妹のバドミントンラケットを避けて階段を昇り、


 いくつもいくつも日々が堆積して、卓球部に入部したあの一日は随分と 俺の人生を地層で例えるならジュラ紀とかその辺に ってのは言い過ぎか。その前に小学校とか幼稚園とか色々あるし。


 部屋を整理していると、


 一生を、立山と富山湾に囲まれた田んぼまみれの田舎で終えるのか。

 かと言って、別に都会の憧れがあるわけでもない 「特にない」という状態だった。


<村椿と藤>


「お、村椿君、話しかけに行く感じか?」


 しばし黙ったあと、言った。

「カウバー漏らしながら喋ってんじゃねーよ」

 今度は彼女意外の全員が黙る番だった。

「言いたいことあんなら、さっさと言ってくれん?」

 強烈なリターンエースを喰らった


「知らんが?村椿君のこと」

「何が?」

「なんかね、『武者修行』て言いながら、色んな高校の卓球部周っとるらしいよ」

「は?」


 恥ずかしい真似すんなよ。思いながら


「ま、いんじゃない」

 そう言いながら、四十内は水筒に入った麦茶を飲み干した。


 きっと、 どこかに辿り着く。


 白惣を眺めながら思う。


 かつてバスケ部で浮いていたという女子を見て。

 浮いて浮いて、浮き上がって、そのままどこまでも飛んで行ってしまいそうな少女を見て。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「卓球部ってさー、意外とイケメン多くない?」

「何、急に」

 ほとほとウンザリしなががら



「マジ激おこプンプン丸なんですけど」


「たっはー。ショック。しょんぼり沈殿丸ですわー」

「その、ちょっと古い若者言葉は何?ワザと?」


「ざまぁみそ漬け~~」

「死語使うのが面白いと思ってる?」

「あ、そだ。移動教室じゃね」

「待て。質問に答えろ」


 机に突っ伏した。



「病気ですか?」

「はい。睡眠時無呼吸症で」

「先生の質問は『病気か否か』でしたよね?そこに正しく回答した以上、


「やっべ、石動強ぇ」「流石、空気を読まない奴は強い」

ー こんなののも聞こえた。

「失うもんが無い“無敵の人”はやっぱ違うわぁ~」


「卓球部は困った人が多いですねぇ」

 背中越しに聞こえた。

 自分以外にも変わった人がいるのか。


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