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熱狂

推奨脳内OP:GOING UNDER GROUND 『もう夢は見ないことにした』


『勝てそうかと訊かれたんだから。「勝てるから」って言うしかないじゃんか。』

 今まで消極的な言葉しか使わなかったアイツがか細い声で小さく小さく、強い言葉を振り絞っていた。

 喉仏をつたう玉の汗が体育館の照明を反射して光る。


  それはまるで書きかけの小説のように。出発の舵を切るには早すぎた挑戦。


 準備は出来たのか? 努力は済んだか? 最善は尽くしたか? 予習はやったか? 勝算は計上できたのか?


 それでもアイツらは「進みだす」という選択肢にカーソルを合わせた。

 まだやらなきゃいけない準備がいくらもあるし、尽くすべきだった努力がいくらもある。だというのに。それにも関わらず。


 ピシリ――

 鋭い音が会場に響く。

 木から彫り抜いたラケットにスポンジとゴムを張りつけて、プラスチックでできた空洞の球体を木製のテーブルの上で打ち合う。

 たったそれだけの行為で、一体どうしてこれだけの高音が鳴り渡る。

 

「ドライブがまた決まっとんにかよ! 対戦相手のヤツどうしたんよ? 序盤はあんだけカウンターブロック決めとったんに」

「“コース取り”のせいやな。『漁湊高校』のヤツ、ドライブのフォームのクセが強いせいで『フォアサイド』と『バックサイド』のどっちに来るかがわかりにくいんぜ」

「ただ、地力の強さでは圧倒的に『剱岳商業』やな。普段の練習のクオリティーが違うわ」


市立体育館の古びた客席で、口々に感想を言い合うギャラリーの高校生達。


 完成形とは程遠く、そもそも終わりがあるのかもわからない実人生。

 高校生のアイツらには、到底わからないだろう。


今その瞬間が、どれ程後々の人生に物理的な影響を及ぼさないかを。

一方でいわゆる“大人”って奴になってから、心理的にはどれほど絶大な影響を及ぼすのかを。


「お、9-5まで来とんにか」

「遅えよ、楽山! いつまでトイレ行っとらぁじゃ!」

「あれ、漁湊けっこう頑張っとる感じ?」

「ユー、アー、ライト」

「これ決勝の相手が漁湊になるパターンもありうるちゃ。覚悟しとけよ、楽山」

「うっそーん。俺、対・剱岳商業でずっと練習しとったんに。アイツらの『パワードライブ』を攻略するためにどれだけ練習したか……」


 盛り上がる館内。

小さなテーブルを囲んでたった二人で行う競技。スポーツと呼ぶにはいささか矮小だ。

小さなラケットを握る男子高生だって、アスリートと言うにはいささか貧相だ。



「あ、漁湊のチキータが決まった」

「あのチビさ、やたら下がって後陣でプレーしたがる癖に台上の小技が結構上手いんぜ。さっきもキレ―にヴィアブロ打っとったしな」

「今思えば、あのヴィアブロで流れ掴んだ感じあるよな」

「それな。あれで相手の戦略が崩れた的な」


 彼ら全員が個人個人で『青春』を満喫しているのかと思うと、反吐が出そうになる。

 そして反吐と一緒に“何か違うもの”も吐き出してしまいそうになる。


オレンジ色の小汚ない座席に座っている自分と、周りの連中との対比はあまりにも痛かった。


『もしかして大学に進んでも社会人になっても、ずっと今みたいなお前でいられると思っとるんじゃねぇが?』



 海馬の奥から這い出てくる記憶の残響。


 ビシリッ――


 騒がしい会場の空気をつんざいて、一際大きな音が鼓膜に駆け込んできた。


「え、何け、今のドライブ!? どうやって打ったん!?」

「おいおいおいおい、9-7まで詰めてきたぞ、あのチビ!」

「こっからサーバーチェンジでサーブ権が漁湊側に移るし……」

「“お魚チーム”にも可能性が出て来たってことやな」


 俺には解らない盛り上がり。


 随分たったな。

 自分が高校生だったころから。

 うだる様な熱さが鬱陶しい夏の真昼間に、気温以上にうだる様な熱気を感じる甲子園の生中継。


 ずっと見ているだけだった。


 教室の机で。グラウンドの砂の上で。公園のベンチで。

 家のテレビの前で。自室のパソコンの前で。

 手を伸ばせば届いたのかもしれない希望の前で。

 一歩踏み出せば始まっていたのかもしれない夢のような日々の前で。



バチン。


硬い音が会場の喧騒と、脳内で溢れて散らかる思考をまとめて貫く。


一手。一手。また一手。

目の前の“絶望”から避ける手を確実に打ってきたはずだ。


『当たり前じゃないですか』

記憶の残響。

『一々目先の“駒得”だけで動いていて、どうして勝てますか。どうして相手の詰め筋を防げますか。どうして“王”を守れますか』

記憶の残響が、今になって脳のシワ一つ一つに染み渡ってゆく。


 弱音ばかりに耳を傾けて、本音はいつだって聞こえないふりをした。

 期待外れな日常を「平気」だと言い張って。


 ずっと見ているだけだった。


 俺はずっと立てないで座り続けていた。


 そして今も見ているだけだ。


「今度はまた妙なサーブ打ちやがったぞ、アイツ!」

「裏か?裏面で打ったんか?フォアのサーブを!?」

「うっわ、相手のツッツキが完全に浮き上がったぞ!」


 大嫌いな高校生が繰り広げている『青春』以外のフォルダにカテゴライズできない光景を。


★挿し絵①


「好機……」

「――決めろ“ダラ”」


 ただずっと、見惚れている。

 



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