九話 最強剣士は、女子学生を救う
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入学してからレシアと何事もないまま、1週間が過ぎ去った。
レオノーラの言った通り、Fクラスは特に授業など無く、とにかく退屈で仕方がない。なんで作ったんだ。
このFクラス行きに関しては、エレシュリーゼが直々に教室まで来て謝罪した。その際、俺が改造した教室を見て目を丸くさせていたのは余談だ。
「本当に申し訳ありませんわ……」
「いんや、仕方ねえよ。これが階級社会だ。気にすんな」
「ですが、このわたくしの推薦だと言うのに、この扱い。わたくしの顔に泥を塗ったも同然ですわ。わたくし、かなり怒っていますの」
エレシュリーゼが言うには、勇者で貴族なエレシュリーゼでさえも力が及ばない権力による圧力が掛かったのだという。
その辺りの詳しい話は、レオノーラに尋ねた。
「ああ、その話かい? あんた、四大勢力は勿論を知ってるかい?」
「知らん。なんだそりゃあ」
レオノーラは呆れながらも教えてくれた。
「まずは、第1から第100階層――人類生活圏と呼ばれる階層を統治する王家だね」
それから、元々はその王家を守護する為に結成されたノブリス騎士団。現在は、王侯貴族が権力を持った事で独立した勢力となったらしい。
3つ目は、評議会。司法や政治の中枢で、王家と共に人類生活圏を維持する役割を持つという。
最後に、叛逆軍。今の体制を良しとせず、武力を持って王家や評議会を相手に戦争を仕掛けている反抗組織だ。
「王家、ノブリス騎士団、評議会、叛逆軍……これが人類生活圏を4分する四大勢力さ。エレシュリーゼ・フレアムは公爵で、王家の勢力に属している訳だ。今回、圧力が掛かったのは評議会だろうね」
「へえ……」
色々と面倒臭いという事は理解した。
そんなこんなで、特にレシアに関してなんの進展も得られていない今日この頃である。
「はあ……いや、本当にどうっすかなあ」
タイミングを見計らってレシアの居るAクラスへ行ってみたが、いつも人に囲まれている。とても話しかけられる雰囲気ではない。
いっそ、無理にでも声を掛けるしか……。でもなあ……なんかこう……緊張しちゃって、声が掛けられない。
「だあああああ! なんで俺はこんなにチキンになってんだああああ!」
俺は頭を抱えた。
そうだ。俺は単純に、幼馴染に会いに来ただけだ。そして、そう。普通に? さり気無く? 声を掛けるだけ?
そうだ。うん。普通。普通に、「よお、久しぶりだな」でいいじゃないか。
「よし、今度こそ……!」
俺は拳を握り、決心を新たにAクラスへ向かう。
既に、学校中に俺が第1階層出身である事は知れ渡っている。その為、廊下を歩けば嘲笑を含んだ視線を向けられる。もはや、清々しい。
「つーか、レシアはこの事知ってんのかね……」
レシアだって第1階層の出身だ。この学校に、自分と同じ第1階層の出身が居ると知れば、気になってもおかしくなさそうだが……。
「まあ、入学式典の時に、あんな啖呵切る様な奴だからな……」
興味が無い可能性も十分に考え得る。
暫くしてAクラスの前までやって来た。
気配を殺し、扉の隙間から教室の中を覗き見る。どうやら、まだ授業中らしく、背筋を綺麗に正して座るレシアの姿が目に映る。
「いやあ、いつ見ても可愛い……って」
おい、これ俺のやってる事……ストーカーじゃね?
俺は一人哀しい気持ちになり、とりあえず出直す事にした。
俺は教室棟の屋上で黄昏ながら、無駄に明るい太陽を眺める。
「はあ……惚れた女に、会いに来たってのに。なんだよこのザマはよ」
俺は自分を罵倒する。いや、本当に情けなさ過ぎる。
ふと、溜息を零した時だった。屋上から見下ろせる場所に、人気の少ない裏庭がある。そこに複数の学生が、一人の学生を取り囲んでいるのが見えた。
見れば、囲まれているのは女子学生だ。囲んでいるのは男子学生で、女子学生の四肢を抑え込んでいる。そして、男子学生達は徐に自身のズボンのベルトを外す。
「強姦か? 中層の時、人攫いとか強姦とか、治安の悪い街に行った事はあったけど。こんな上層でもあるもんなんだな……っと」
俺は屋上から裏庭に飛び降りる。
「ぐへへ、大人しくしとけば直ぐに終わるからよ?」
「い、いや……!」
「へへ、暴れると父上に言いつけちまうぞ? そしたら、お前みたいな平民の女、どうとでもできるんだぜ? 家族もな!」
「そ、それ……だけは……」
本当にどこまで行っても、貴族だの平民だの――。
「ったく、くだらねえな」
「ごあっ!?」
俺は3人居た男子学生の内、一人を気絶させる。首筋を手刀で打つあれだ。
残りの2人は俺が突然現れたのに驚くが、直ぐに威勢を飛ばす。
「な、なんだお前!?」
「ぱ、パパに言い付けるぞ!?」
「おう、言い付けてみろ。誰が相手だろうが、俺は逃げるつもりねえからよ」
俺が言うと、男子学生達は俺が例の第1階層出身の学生だと気付いた様で、
「へへ、見られたからには生きて帰す事はできねえな!」
「痛い目に遭いたくなかったら大人しくしやがれ! そしたら、楽に死なせてやるぜ!」
制服を見ると、どうやら上級生の様だった。俺が第1階層出身という事も相まってか、俺に負けるなど微塵も考えていない様だった。
「へえ……俺を殺すって? まあ、やってみろよ。試しにな」
「ちっ……生意気な! 下層の民の分際で!」
男子学生の1人が俺に殴り掛かって来る。俺はそれを避けずに受ける。
「あ、危ない……!」
襲われていた女子学生の声が聞こえた。その直後、男子学生の拳が俺の顔面にクリーンヒットする。
暫くして、悲鳴を上げたのは――俺を殴った男子学生の方だった。
「いっ!? いだああああいいい!?」
男子学生は拳を抑えて地面に転がり、のたうち回る。
俺は種明かしのつもりで、
「ああ、そんな物理攻撃じゃあ俺の体には傷一つつかねえぞ? 『建御雷』っつー技でな。鍛錬を積む事で体得できる体術だ」
平たく言うと、体の一部分もしくは全身を鋼の硬度まで硬化させる事できる。従って、下手な攻撃では、拳だろうが剣だろうが、はたまた鉄砲だろうが大砲だろうが――俺には一切ダメージを与える事ができない。
「つー訳で、てめえら如きじゃあ俺には勝てねえよ」
「このっ! 『ロックランス』!」
残っていたもう1人が、俺に向かって魔法を放つ。初級土属性攻撃魔法『ロックランス』は、槍の様な形状の岩を目標に向かって飛ばす魔法だ。
岩の槍は俺の体に直撃するが、土埃を被っただけでダメージは無い。
「ったく、新品の制服を汚すなよな」
「ひっ……! ば、化物!? 『ファイアボール』!?」
ば、化物はさすがに傷付くんだが……俺は迫り来る火球を見つめながらそんな事を考える。
初級火属性攻撃魔法『ファイアボール』……目標に向かって火の玉を飛ばす魔法。
「おいおい、制服を燃やす気かよ……っと」
俺は刀の柄を握り、居合い一閃――『ファイアボール』を真っ二つに切断。分かたれた火球は、俺の左右を横切り、背後に着弾する。
ついでに、居合いの衝撃で放たれた爆風によって男子学生を吹き飛ばし、壁に衝突させて無力化した。これで3人とも戦闘不能だ。
「よし、大丈夫か? そこの女」
俺は襲われていた女子学生に声を掛ける。女子学生は口をパクパクとさせており、かなり気が動転している様子だ。
水色がかった綺麗な髪をしており、波の様にウェーブがかかっている。サファイアの様な双眸で、中々の美少女だった。これはなるほど……襲いたくなる気持ちが分からなくも無い。
女子学生は暫くの間、放心状態であったが、やがて我に帰ると、
「あ、ああの……た、助けてくれてありがとうございます……」
「んあ? 別に良いって事よ。襲われている女の子を助けるのは、紳士の務めっつーかねえ」
少しだけ気障ったらしく言うと、女子学生は気が和らいだのか小さく微笑む。
「あの……私、モニカ」
「ああ、俺はオルトだ」
「知ってる……。有名人だし」
「そりゃあ、嬉しいもんだな。良い意味じゃあねえだろうけど」
肩を竦めて言うと、モニカは苦笑を浮かべた。
「あの……是非お礼をさせて!」
「んあ? お礼か……」
別に俺がムカついたから助けただけで、特に他意は無いのだが……。ふと、彼女の制服を見てみると、俺と同い年で、しかも肩にはAクラスの紋章が付けられていた。
制服には各学年を表す胸の紋章と、肩にはクラスを表す紋章が刻まれている。
俺は口を歪ませる。
「お礼か……なら、ちょいと協力してくれ」
「きょう……りょく?」
「ああ、まあ、ここじゃあなんだし。つーか、襲われたばっかりなんだし、Fクラスに来いよ。ゆっくりできるぜ」
俺はそう言いながら、彼女に手を貸した。