七話 正義、再び
5
式典が無事終わり、夜会まで2時間程の暇が出来た。
エレシュリーゼの遣いが来て、入寮の手続きが滞りなく終わっているというので、急いで寮に行く必要もない。
夜会まで手持ち無沙汰だ。
「どうすっかなあ……」
折角だし、この無駄に広い学校の中でも見て回ろうかと思った所で――。
「見つけたぞ! オルト!」
「んあ?」
声が聞こえたので見上げると、数ある建物の屋根上にラッセルが制服姿で立っていた。
いや、なんであんな所にいるんだ。あいつは。
ラッセルは「とう!」と、中々の高さがある屋根から飛び降り、俺の前に何事もなく降り立つ。
「はっはっはっ! 貴様がこの勇者養成学校に来るのは、前情報から把握済みだ!」
「それでてめえも新入生として入学したのか? 一体どんな手口を使いやがった?」
「公務だと言えば経費が降りる上に、学校側には俺の実力を見せれば問題なかったからな! 入学に関しては然程難しくはなかったぞ!」
まあ、確かに。俺も入学には苦労しなかった訳だからな。俺に出来てラッセルに出来ない事は、そうそうない。
「ったく……。わざわざ、そんな事までして俺を捕まえに来たって事か? てめえは本当に熱心だな」
「と、思うであろう?」
ラッセルは肩を竦める。
「ところがどっこい、俺はここで貴様を捕まえるつもりはないのだ!」
「は? そりゃあ、どんな風の吹き回しだ?」
「ふっ……貴様、1年前に第52階層で会った時から、ずっとこの第90階層を目指していたのであろう? 一体、どこから登って来ているのかは知らんがな」
ラッセルの問いには答えなかった。しかし、お見通しだとばかりにラッセルが続ける。
「貴様は犯罪者だが、悪い奴ではないからな。だから、貴様がここでの用事を終えるまで、俺は貴様を捕まえようとはしない」
「ラッセル……。いや、俺はありがてえけどよ。そんな事してもいいのかよ?」
俺が尋ねると、ラッセルは得意げに笑った。
「はっはっはっ! 法を守る事ばかりが俺の正義ではないのだ! それに、今の体制下では法を守るだけでは、俺の正義を貫く事は――正直言って難しいのでな」
ラッセルは自嘲気味に笑う。
「てめえ……良い奴だな。てめえとは、良い友達になれそうだぜ」
「勘弁してくれ。俺と貴様はライバルである。友達なぞ、馴れ合う気はないのだ! はっはっはっ! まあ、俺の事情を差し引いても、今は貴様を捕まえる事はできんがな」
「どういう事だ?」
「ん」
ラッセルは徐に、俺に1枚の書状を見せて来る。
内容は、俺の罪を全て免除するという旨が書かれていた。下の方に、エレシュリーゼ・フレアムの名前がある。
「こりゃあ、あの女に借りができちまったなあ……ったく」
「はっはっはっ! まあ、そういう事だ。この書状の効力がある限り、貴様は俺以外からも狙われる事はない」
「じゃあ、なんでてめえは態々この学校に入学したんだ?」
「まあ、単純に興味があったという感じだ。公務だと適当に言っておけば、本部から経費が降りるしな!」
こいつの正義って、一体なんなんだ……?
かなり怪しく思えて来たが、今はとにかくラッセルが良い奴だった事に感謝するばかりだ。
ラッセルは書状を懐に仕舞うと、
「それで、貴様がなぜ勇者養成学校に入ったのか聞いてもいいか? 勇者になる事が目的なのか?」
「そんな崇高な事を考える奴に見えっか?」
「いいや、全く!」
この野郎。
しかし、事実なので特に言い返せない……。
「まあ、そうだな……。簡単に言うとだ。惚れた女がいるんだけどよ。俺、そいつと離れ離れになっちまったんだ。んで、別れる時に告白もしてねえもんで、未練タラタラでよ。だから、そいつに告白する為に来た」
「ほう? 惚れた女を目指してか……中々、複雑な事情がありそうだな」
「いいや、今かなり端折って説明したからそう聞こえるかもしれねえけど。実際、すげえ単純な話だぜ」
「つまり?」
「俺が情けねえってこったな」
ラッセルは「それは単純にして明快だな!」とのたまった。
「はっはっはっ! まあ、貴様なりにこの学校でやる事があるのなら頑張れ! 俺はせいぜい、惚れた女に振り回される貴様を見て笑ってやる事にするぞ!」
「うるせえやい……」
とりあえず、俺の罪は免除されて、一番厄介であったラッセルに追われる事はなくなった。ちょっとした弱味は握られたが――元々、ラッセルとは仲良くなりたいと思っていたので良しとする。
6
夜会が始まった。
豪華な装飾の会場には新入生が多くいる。中には、上級生も居るが……数は少ない。
少し辺りを見回すと、ラッセルの姿が目に入った。貴族の女共に囲まれており、モテモテな様子だ。
まあ、顔も性格も良いからな……。将来、有望株なのは間違いない。
ラッセルから視線を外し、レシアを探す。
レシアもどうやら人に囲まれている様だが、人の集まり方が尋常ではない。新入生挨拶で啖呵を切った割には、かなりの人気だ。
「こりゃああれだな。落ち着いて話せる雰囲気じゃねえな……」
いや、別にビビってる訳ではない。決して。うん。ちょっと、タイミングを逃しているだけだ。うんうん。
と、その様な言い訳を心の中で吐いていた折、声を掛けられた。
「夜会はお楽しみ頂けておりますか? オルトさん」
「んあ? エレシュリーゼか。まあ、ぼちぼちだな」
声を掛けて来たのはエレシュリーゼだった。相変わらず、人を侍らせており、今回はかなり人数が多い。
後ろにぞろぞろと纏わり付いている奴らもそうだが、会場の新入生や上級生達は、エレシュリーゼが俺に話し掛けた事にぎょっとしている。
「ふふ……この夜会は生徒会が主催しておりますの。お楽しみ頂けているのでしたら、幸いですわ」
「ああ、それより、なんか妙に視線を感じるな」
「わたくしが話し掛けているからではないでしょうか?」
「エレシュリーゼに話し掛けられると何かあんのか?」
「まあ、わたくしと友好関係にあるとは、周りには分かるでしょう。わたくしと友好関係を築いていると知れば、きっとみなさん興味を示す事でしょう」
「また自意識過剰な事だな」
「仮にも勇者ですから」
エレシュリーゼは不敵に微笑む。
まあ、目立ってレシアから気付いてくれるのなら、願ったり叶ったりだけどな。
「おい、あの男……」
「ああ、エレシュリーゼ様と対等に話してる……」
「王家の人間とか?」
「いや、あんな黒髪黒目の王族聞いた事ない」
と、そこかしこから俺についての話題が上がっている様子だ。
レシアの方に目を向けるが、相変わらずの人集りだった。特に変化は見られない。
「こりゃあ、向こうからは気付いてくれねえかな」
「……? 何かおっしゃいまして?」
「いんやあ、何でもねえよ」
「そうですか? それでは、わたくしは挨拶周りは残っていますので」
「ああ、じゃあな……っと。その前に、色々と手回ししてくれたみてえだな。ありがとな」
「いいえ、それでは」
エレシュリーゼは不敵に微笑み、優雅なドレスを一層キラキラさせて去っていく。
こりゃあ、何か面倒な事を要求されそうだ。
そんな事を考えながら、夜会はお開きとなった。
とりあえずの所は、特に進展なしと……はあ。