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四十話 正義執行

あ……あー……なるほどね。

なるほど。なるほど。


え?

なにが?



 第三〇〇階層の広い荒野。剥き出しの乾いた岩肌に剣を突き刺し、スズメバチを前に余裕の笑みを浮かべているラッセル。


 そんなラッセルの表情が、気に食わないのか、スズメバチが蜂特有の大顎をカチカチと鳴らす。


「キキッ! 人間……何をするつもりか知らないが、させるとでも思ってるのか! キキッ!」

「もう遅いさ」


 ラッセルは腕を組み、仁王立ちする。そして、足を上げ踵を地面に叩きつけた。


 奇妙な行動に首を傾げたスズメバチを他所に、ラッセルを中心にして地面が割れる。


 割れた地面から青白い光が空に向かって伸び、殺風景だった荒野を美しく彩る。


 光は徐々に電気を帯び、放電を始める。


 その奇怪な変化にスズメバチが眉根を寄せた。


「なんだ……? なにをするってんだ!?」

「……俺の生まれは第五〇階層でな。魔力は、エレシュリーゼ殿ほどはない。しかし、オルトやレシア殿よりは魔力を持っている」


 ラッセルの体が青白い電気を帯び始める。プラチナブロンドの髪が静電気でふわりと浮く。やがて、青白い電気は大きくなり、彼の全身を青白く発光させるほど、バチバチと音を立てて放電する――。


「本気で戦う時以外は、使わないようにしているのだ。俺は不器用で、ただ真っ直ぐに突っ込むしか脳がなくてな。魔力の制御ができず、手加減ができないのだ」

「…………っ」


 どくっと、スズメバチの体が跳ねた。


 全身の筋肉が、得体の知れない緊張と恐怖で収縮したためだ。


 ラッセルを中心に濃密な魔力の塊が集まっている。それが青白い電撃の正体であり、スズメバチはラッセルがなにをしようとしているのかに勘付き、大きくその場から飛び退いた。


 スズメバチが怯えているのを気にも留めずに、ラッセルは不敵な笑みを浮かべて、小さく呟いた……『エレメンタルアスペクト』と――。


 瞬間――ラッセルの体が青白い雷となり、周囲に電気エネルギーを放出。莫大なエネルギーが熱エネルギーへと変換され、電撃が駆け抜けた地面はドロドロに溶けてしまう。


「か、雷属性の『エレメンタルアスペクト』……!? 今まで隠して……!?」

「はっはっはっ! 魔力が多いわけではないからながもちはしないのだがな! これが正真正銘! 俺の全力全開だ!」


 ラッセルは地面に突き刺した剣を抜き、切っ先をスズメバチへ向ける。


「さあ! 行くぞ! スズメバチ!」

「キキッ!?」


 スズメバチの視界からラッセルの姿が消えたかと思うと、稲妻が宙を駆け、空中で静止していたスズメバチの背後にラッセルが姿を現わす。


 スズメバチは思わず声を上げ、堪らず上へ上へと飛翔――とにかく、ラッセルに近付かれてはいけないと、その一心で上へ逃げる。


 しかし、『エレメンタルアスペクト』によって雷となったラッセルの肉体は、先ほどとは異なり容易に宙へ足を延ばすことができる。


「空へ逃げても……無駄だ!」


 稲光が走ると、拳を固めたラッセルがスズメバチの眼前に現れる。


 そして、固めた拳をスズメバチの顎に向かって情け容赦なく振り抜き、遥かに上空の天井まで殴り飛ばす。


 スズメバチは天井に頭から突き刺さり、爆発音とともに天井の岩が崩れる。瓦礫の一部が地面へ落下する。


 『エレメンタルアスペクト』によって、強化されたラッセルの一撃――そこに雷属性も付与され、スズメバチの体の芯を、電撃と衝撃が貫いた。


「がはっ…………っ」


 スズメバチは重力で天井から頭がすっぽ抜け、力なく地面へと落下。


 ラッセルは追撃の手を緩めることなく、スズメバチに向かって剣を振るう。


 空中で、四方八方から雷速で襲いかかる尋常のものではない剣戟――。


 スズメバチは地面に落ちることも許されず、空中で針の筵となっていた。


「どりゃああああ!!」


 ラッセルは渾身の一撃とばかりに、上から剣を振り下ろす。しかし、スズメバチにも魔人としてのプライドがあった。


「キキーーーー!!」


 飛びそうになった意識をプライドだけで繋ぎ止め、なんとか振り下ろしを間一髪で躱す。


 同時にラッセルから距離を置くため、尻先の毒針を発射――毒針は途中で破裂し、周囲に毒の煙を撒き散らす。


「む」


 ラッセルは眉を寄せ、全身から電撃を迸らせて毒の煙を吹き飛ばしてしまう。


「くそっ……! 足止めにもなりゃしないのか!? 人間の癖に……!」


 スズメバチの人間を見下したような発言に、ラッセルが額に血管を浮かべ、稲光を走らせる。


「人間を甘く見るな!」


 落雷の轟音と共に、ラッセルは再びスズメバチと肉迫する。


 スズメバチは驚愕に顔を染め、あからさまに怯える。


 そんな彼女にラッセルは剣を構えて、こう口にする。


「貴様ら悪魔は、自分の快楽のために罪のない人々を食い物にし、数々の外道な手段で殺す……! 俺はそれが……絶対に許せない!」

「に、人間なんざどうなろうが関係ねえだろ!?」

「それが許せないと言っているのだ! 貴様らの行いは……俺にとっての邪道だ! 正義こそ! 我が正道! 我が王道! 征くぞ! 『正義執行』!」


 構えたラッセルの剣に青白い光が収束――美しいその光を前に、スズメバチはただ震えて――。


「ま、待て……! 待ってくれ……! そうだ……お前……俺様の部下にしてやってもっ……!」


 それが最期の言葉となった。


 莫大なエネルギーが臨海に達し、ラッセルは躊躇いなく剣を振り下ろす。


「――『ロード・ライトニング』!」


 青白い、正義の雷が轟音と共にスズメバチを呑み込んだ。


 一瞬だった。


 稲光と轟音が一体を駆け抜けた後には、粉々に砕け散り焼け焦げた大地と、身動きが取れずに大の字で横たわるラッセルの姿のみ。


 スズメバチの姿は塵も残さず、綺麗さっぱり跡形もなくなってしまっていた。


 ラッセルはすっかり魔力切れと、スズメバチから受けた幾らかのダメージで動けなくなっていた。


「ぜえぜえ……やはり、無理矢理に魔力をフル活用するから、堪えるな……ぜえぜえ……。いやー疲れた……疲れた……」


 魔人の相手は、やはり一苦労だと肩を竦める。


 とはいえ、このままここで横たわっているわけにも行かない。ラッセルは仲間達が無事か気になり、剣を支えにしてなんとか立ち上がる。


 荒野に風が吹き、それに身を任せるように瞳を閉じる。


「蝿の王の気配は……やや離れたか……? オルトはその近くにはいないか……。モニカ殿も……魔人と戦っているような気配がするな。む……? これは……エレシュリーゼ殿の気配……か?」


 いつもとはやや……いや、常軌を逸脱した気配を感じ取り、ラッセルは危機感を覚えた。


「なにか……予期せぬ事態が起こっているような……」


 ラッセルの予感は、正しく的中していた、


 刻一刻と、階層全体に灼熱焦土は広まりつつあった――。








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