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終話 花束

 俺の後ろで扉が閉まる音を聞きながら、長い廊下を歩く。廊下の左に張られた窓からは陽光が差し込んでいる。無駄に眩しい。

 ふと、窓の外を見ると庭でラッセルが剣の素振りをしていた。上半身裸で、見事な筋肉を見せびらかしている。

 俺は頬を掻いた。


「俺も……大事の前に、ちっとばかし剣でも振ろうかね」


 と、思ったが……やめた。

 その大事とやらを思うと、お腹が痛くなってきたからだ。これでは真面に剣を振る事が出来ない。加えて、脚も震えてきた。


「おいおい……俺は産まれたての子鹿かよって……。よ、よし……まだ時間はある落ち着け。俺」


 自分に言い聞かせる。

 それから暫く――城下町では店が開店し始める。

 俺は城を抜け出し、城下町で必要なものを買い揃える。


「まずはあれだな。服だな」


 昨日、着ていた正装は派手だ。

 今日の大事に似合うのは、厳かでありながら上品で、清潔感のある服が良い。……多分。

 俺は城下町の紳士服専門店で、清潔感のあるスーツを一着――購入した。首に蝶ネクタイを結び、身嗜みは万全だろう。

 更に、花屋に寄った。

 こういう時の定番は薔薇だと聞いた俺は、薔薇の花束を注文――数分くらいで出来た花束を店主から受け取る。


「あとは……なんか必要なもんはあるかね」


 エレシュリーゼやモニカ、ラッセルから聞いた話だと……大体こんな所。

 後は……あれか。ロマンチックな場所か。


「ロマンチックねえ……」


 辺りを見回して見るが、それらしい所は無い。


「つーか、なんだよロマンチックって。見晴らしの良い所か? ったく……ええい! こうなりゃあやけだ。片っ端にそれっぽい所を探して、ビビッと来た所でやってやる!」


 完全な行き当たりばったり戦法だが……幸い、俺にはそういったセンスがある。大丈夫……己を信じろ!

 そうやって俺は、ロマンチックな場所とやらを探して町中を駆けずり回った。しかし、これが失敗だった……。

 俺の感性は妥協を許さず、自分が納得するレベルの場所が見つけられなかった。

 その結果――城にある薔薇庭園に決まった。そこに机と椅子を用意し、白いテーブルクロスを被せる。


 こうして全ての準備が整ったのだが――俺は肝心な事をすっかりと忘れていた。


「あ……やべっ。レシアを誘うの忘れてた……!」


 そうだ。このセットも、準備も……全てはレシアの為に用意したというのに。

 空を仰ぐと、既に時刻は夕方。太陽もエネルギーを失おうという時。今から誘って、果たして来てくれるのだろうか……。などと思っていると、薔薇庭園の道を誰かがコツコツと足音を鳴らして歩いて来た。

 反射的に目を向けると――黒いドレスを身に纏ったレシアが居た。髪をアップに纏めている所為でうなじが見えている。


「え、あ、あれ……な、んでレシアが……」

「あの……その……ラッセルさんが、『夕方くらいに薔薇庭園に行ってみると良い!』って……。というか、ずっと見てました」

「…………え」


 ふと、レシアが視線を向けたので俺もそちらに目を向けると――丁度城側から薔薇庭園を一望できるテラスがあった。

 そこにラッセルがニマニマ顔で立っていた。レシアもあそこから、俺がせっせと準備していたのを見ていたのだろう。

 そう考えると恥ずかしくなってきた……!


「そ、そうか……。いや、まあ、あれだ。えーっと……今から時間いいか?」

「ええ……構いません」


 俺はレシアに近付き、手を差し出す。レシアは少しだけ躊躇った後、俺の手を取った。その手を引き、用意した椅子にレシアを座らせる。


「あ、そうだ。これ……薔薇の花束」

「はい。ありがとうございます」

「…………」

「…………」


 会話が終わってしまった。

 気まずい。だが……男オルト。一度、腹を括ったのなら引く道は――ない!

 ええい! ままよ!


「レシア!」

「ふあ、ふあい!?」


 花束を受け取ろうとしていたレシアの名を呼ぶと、彼女は上擦った声を上げた。

 俺は落ち着く為に深呼吸を挟み続ける。

 

「あの……餓鬼の頃の約束覚えてるか?」

「…………うん。覚えてるよ。あたしから言った事だから……むしろ、良く覚えててくれたわね」


 レシアは恥ずかしそうにしながら、昔の様な口調で返してくれた。


「当たり前だろ。あの時の……俺は餓鬼だったから。素直になれなかったけどよ……いや、まあそれは今もなんだけど……って、そういう事を言いたいんじゃなくてだなあ!」

「……ふふ」


 俺が一人で慌てていると、レシアが可笑しそうに笑う。

 よ、よし……行くぞ……!


「……ふう。一回しか言わねえから、良く聞いとけよ……」

「……うん」


 俺は椅子に座るレシアの前に膝を付く。


「あの時の約束を今、果たしたい。世界の果てまで……てめえと一緒に行きたい……ので、俺と一緒に行こう。世界の果てまで」

「……あたし、面倒臭いわよ?」

「知ってるよ」

「あたし、嫉妬深いわ……」

「大歓迎だね。そりゃあ」

「…………いいのかな」

「何が?」


 俺が問い掛けると、レシアは俺の花束を徐に抱きしめた。


「こんなに……幸せな気持ちになって。ずっと好きだった幼馴染から告白されて」

「さあ? そいつを決めるのは、レシア自身だな」

「厳しいのね。オルトは」

「優しい男がお好みかい?」

「ううん……オルトが良い」


 レシアはくしゃっとした笑みを浮かべる。


「あたしも、オルトと一緒に行きたい。世界の果てまで」

「ああ、どこへでも。どこまででもな」


 こうして、俺とレシアは結ばれた。

 夕焼けの空は黄金に輝き、レシアの髪が一層煌びやかに輝いた。

 この8年間の想いを告げられた。

 それだけで、俺がやって来た全てが救われた。

 レシアの笑顔だけで、俺はもう満足だった。

 こんな感じのハッピーエンド。

 きっとこれから上を目指す過程で困難にぶち当たるだろう。だけど、俺はレシアの為にその壁を斬り伏せる。


 なぜなら、俺の剣はその為にあるのだから。




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