三十三話 最強剣士の激怒
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オルトとレシアの前に現れたのは、キュスター・アルテーゼだった。
背中からは翼が生え、額に禍々しい角がある。
「おいおい……良いタイミングで出て来やがったな」
「おや、それはどういう意味だねえ?」
「いや、こっちの話だ。気にすんな」
オルトはチラチラと横目にレシアを見るが、面と向かって顔は合わせられない様子――。今しがた、うっかり思っていた事を口にしてしまったオルトは、恥ずかしさで死にたくなっていた。
一方、レシアの方は口をパクパクと魚の様になっていた。顔は真っ赤になっている。
キュスターは首を傾げる。
「ふうん? まあ、なんでも良いけどねえ。私の所有物を横取りしようとするなんて、良い度胸だねえ?」
キュスターの言葉に、オルトの額に青筋が立つ。
「おいおい……そりゃあレシアの事言ってんのか?」
「勿論だとも。それは私の物だ」
「……違うな。間違ってるぜキュスター。レシアは……あー……あれだ。別に誰の物でもねえよ。誰かの物になる様な器じゃねえ」
ここで「自分の物」だという事は言えなかったオルト。普段、傲岸不遜な態度を取っている割に、中々に大人しい。
オルトの言葉に、今度はキュスターが青筋を額に立てた。
「ふっ……気に入らないねえ」
「気に入らねえのはこっちだ。キュスター。てめえが覚えてるどうか知らねえが、こっちは8年分溜めてるもんがあるんだよ」
オルトの瞳に殺気が宿る。
この8年間――レシアを救えなかった、助けられなかった後悔と――その張本人のキュスターへの怒りを原動力に、オルトは必死に強さを追い求めた。
積年の恨み――その権化が、今目の前にいる……!
「何を言っているのか分からないけどねえ……その目……本当に気にいらないねえ。見ての通り、私は魔族……。人間如きが、この私に刃向かうつもりかい?」
「てめえら魔族は、人間如きってのが好きみてえだけど……あんまし人間舐めんじゃねえよ。人間ってのは、その気になりゃあなんだって出来るんだぜ? てめえをぶった斬ったりとかな」
オルトが刀の柄に手を置くと、キュスターはあからさまに不機嫌な表情になる。格下と見ている相手が大きな態度を取っている事が気に食わないのだ。
「ふんっ……なら、やってみるが良いさ! 『マリオネット・デーモン』!」
キュスターの声に合わせて、地面から不気味な姿をした悪魔達が現れる。烏の頭に人間に似た体――キュスターの眷属達だ。それがおよそ3体。
「華奢な技だな!」
オルトは刀を抜き放つ。居合一閃――キュスターが召喚した眷属達の首が撥ねる。
キュスターは目を剝く。
「驚いたねえ。一撃か……」
「飛んでねえで降りて来いよ。後、雑魚を何体並べても無意味だからな」
「そうみたいだねえ。なら、これはどうかねえ? 『マリオネット・ライト』『マリオネット・レフト』」
キュスターの呼び声に応え、異次元が開く。空間に現れた穴からは、人形が這い出てきた。片や、真っ黒で大きな人型の人形だ。顔には仮面が被せられている。体長にして3メートル程ある。
もう一方は、赤黒いドレスを着た人間で言う所の女性を模した人形だった。大きさも並みの人間サイズであり、やはりこちらも奇妙な仮面を被せられている。
「どんな手品だ?」
「ふふ……私の可愛い人形でねえ。ライトとレフトという」
黒いのがライトで、赤いのがレフト――。
「私の操れる眷属の中でも実力は折り紙つきさ」
「へえ……」
オルトは目を細める。
確かに感じられる魔力量が桁違いだ。恐らく、キュスターの魔力を与えられている。
一筋縄では……行かなそうだった。
オルトが刀を手に構えると、レシアがコツコツと足音を鳴らしてオルトの隣に並んだ。
「レシア……? おい、危ねえから下がってろ」
顔を俯かせている為、表情は伺えない。しかし、これから魔人と本格的な戦闘となる。オルトでもレシアを守りながら戦えるか分からなかった為、そう口にした。
しかし、それとは逆にレシアは神器――ブリュンヒルデを顕現させて構えた。
「お、おいレシア?」
困惑して名前を呼んだオルトに合わせて、ライトとレフトが飛び掛かる。
オルトが反応して刀を振るおうと――。
「……『ストライクフィリア』!!」
レシアがその前に槍を投擲。ライトとレフトはブリュンヒルデに貫かられ、一瞬にして消え去る。
それで止まる事なく、ブリュンヒルデはキュスターへ向かって直進――当たる直前で、キュスターは身を捩って避ける。だが、僅かに反応が遅れてしまい、脇腹に裂傷が生まれる。
「なっ……お、お前ええ!! 私の所有物の分際で……分際でええ!! 私に傷を付けたなああ!!」
キュスターはレシアに傷を付けられた事に激怒し、レシアに向かって飛ぶ。
「させるかよ!」
オルトは驚きつつもキュスターをレシアに近づけさせて溜まるかと、今度こそ刀を――。
「オルト!!」
と、そのオルトの動きをレシアが一喝して制する。
そのままレシアに向かって拳を振り上げたキュスターに、レシアがカウンター気味に拳を放つ。
レシアの左拳がキュスターの顔面を穿つ。拳は減り込み、キュスターの顔が潰れ、とてつもないパワーで遥か後方へ吹き飛ぶ。
「ぺぎょえええええ!?」
キュスターはそんな間抜けな悲鳴を上げながら、幾度と無く地面をバウンド。やがて、地面を滑って停止した。
「ご、お……ごおお……!? な、んだこのダメージはっ……これだけの力……今まで無かった筈……だぞ!」
たった一撃でキュスターは瀕死のダメージを負った。これこそ、魔人が恐れる神器使いの力――。
「まさか……この短期間で覚醒した……というのか……?」
もしそうだとしたら、その要因は……?
キュスターがそれを考えるよりも早く、レシアが追撃に来る。
「キュスタあああああ!!」
「ひいいい!?」
レシアはその手に槍を持ち、キュスターに向かって振り下ろす。キュスターは間一髪でそれを避け、翼で飛んで距離を取る。
しかし、レシアは尋常ならざる速度で跳躍――一瞬にして、キュスターに肉迫すると槍の柄でキュスターの体を薙ぎ払う。
「ごぼああああ!?」
再び間抜けな悲鳴を上げ、キュスターは地面に叩き落される。
レシアは華麗に着地し、土埃に塗れるキュスターを見据える。
「こ、の……この私に、二度も無様な声をおお……っ!」
「……キュスター。あなたとの因縁をここで終わらせて頂きます」
レシアは眉間に皺を寄せ、その身に殺気を迸らせていた。その気に圧倒され、キュスターは怯える。
「ひ、ひいい!?」
魔人を圧倒するレシア。その姿を遅れてやって来たオルトが眺め見る。
「あいつ、すげえな……」
これが神器使いの力。魔人の恐れる力。
キュスターは歯噛みした。
「くそっ……! 調子に乗るなあああ!」
「はっ!」
激昂したキュスターがレシアに飛び掛かる。
レシアは冷静に半身を取って躱し、キュスターのガラ空きな背に踵を落とす。
「ぎいいい!?」
キュスターの体がくの字に折れ曲り、地面に叩きつけられる。大地がレシアを中心に割れる。
レシアは槍先をキュスターに向けた。
「な、何故……だああ……。この、私がああ……!」
「……残念でしたね。今までの私なら、きっとあなたには勝てなかったでしょう。しかし――今……あたしは、魔人だろうがなんだろうが……負ける気がしないわ!」
ブリュンヒルデから桃色のオーラが溢れ出し、それがレシアの全身を覆っている。
レシアの碧眼が桃色に変化していく。
「ぐおお……し、仕方ない……! ここでやられる訳には行かない!」
「今更何を……」
キュスターから不穏な気配を感じたレシアは、油断なく槍を構える。
オルトもそれを感じ取り、身構える。レシアの力がどういう理由か飛躍的に上昇した為、眺めていてもキュスターが倒されそうだったから傍観していたが――魔人はまだ、隠し球を持っている。
「ふふふふ……そういえば、自己紹介をしていなかったね……。私は『傀儡の魔人』キュスター! 『マリオネット・フォース』!」
キュスターの体から膨大な魔力が溢れ出し、大気が大きく揺らぐ。溢れ出た魔力は、レシアの体を桃色のオーラの上から覆う。
「こ、れは……キュスター何を――」
「ふふふ……あまり使いたくない私の奥の手さ……。私の魔力の殆どを使わないと行けない上に、使った対象には二度と使えない……だけど……」
「くっ……は……」
暫く身を捩って抵抗していたレシアだったが、暫くしてその動きが止まる。
「レシア?」
オルトが声を掛けると、レシアの目には光が無かった。
オルトは直感的に乾いた笑いを浮かべる。
「おいおい、マジかよ……洗脳か?」
「ふふ……察しが良いねえ。ごほっ……ぐふっ……はあはあ……。神器使いには魔人の能力が効きにくいんだけどねえ。彼女は別さ。こんな事もあろうかと、予め私の能力の影響を受け易くしてある」
「用意周到なこったなあ」
多くの魔力を失った為か、キュスターは魔人特有の驚異的回復力がなくなっている。叩きつけられた地面から動いておらず、血を吐いている。
もはや、キュスター自身は実質的に戦闘不能だ。
「まあ、洗脳されたってんなら、てめえを斬りゃあいいんだろ?」
「斬れればねえ?」
不敵な笑みを浮かべたキュスターの前にレシアが立つ。
「まあ、そう来るわな」
「…………」
こうして黄金騎士と最強剣士が対峙した。
次回の更新は2月21日になります!
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