三話 正義、現る
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上層を目指して、迷宮の上へ上へと登る俺はモンスターと対峙していた。
「ったく……次から次へと。しかも、上に行く毎に強くなりやがって」
モンスター達は階を追う毎に強さを増していた。この第89階層のモンスター達は、そういう意味で今まで戦ってきたモンスター達よりも強い。
俺が対峙していたのは、巨大な体躯で二本の脚で立つ牛の様なモンスターだ。
『モー!』
「おっと」
牛モンスターは突進を繰り出す。頭から生えている角に当たったら痛そうだ、
俺は横っ跳びに突進を避け、すれ違い様に牛モンスターの腹部を裂く。
『モー!?』
「ふう……」
牛モンスターはそれで倒れ、俺は剣を肩に担ぐ。
一度、一息入れようかと考えた所で声が聞こえた。
「オルトー! ここにいるんだろー!? 出て来い!」
「んあ?」
声のした方向へ目を向けると、誰かが下から登って来ているのが見えた。俺は溜息を吐く。
「はあ……ラッセルだな。ありゃあ」
登って来ていたのは、俺が知っている人物だった。ラッセルという名の男は、「うおおおお!!」と叫びながら、俺の立つ回廊まで走って来た。
「ぜえぜえ……やっと追い付いたぞ! オルト!」
息を切らして現れたのは、単純な皮鎧を身に付けた俺と同じくらい若い男だった。プラチナブロンドのサラサラな髪をした、如何にも真面目そうな面構えをした美男子である。
「毎度懲りねえ奴だな。こんな所までご苦労な事で」
「当たり前だ! 俺は正義を遂行する為に、憲兵となったのだ! 貴様の様な犯罪者を逃す筈がないであろう!」
「犯罪者ねえ……」
自覚は無かったが、どうやらそうらしい。
「お前と会ったのって、第50階層だったけか?」
「違う! 第52階層だ! そこで、不法階層移動をしていた貴様に会ったのだ!」
「不法階層移動ねえ……」
「そうだ! 本来、階層の移動は正式な手続きを経て、通行証を提示し、ゲートを通る! 迷宮やその他の移動手段は、法律で禁じられている!」
そう、それを理由に熱心な憲兵であるラッセルは第52階層からずっと俺を追いかけ回している。
「さあ! ここで会ったが100年目! 今日こそ貴様を取っ捕まえて、法の裁きを受けさせてやる!」
「面倒くせえ……」
とは言ったものの、実はラッセルの事を気に入っている。こういう愚直で真面目な人間は、嫌いじゃあない。
それに、ラッセルは口だけの男じゃない。
「行くぞ! オルト! せいやあ!!」
「っと……!」
ラッセルは宣言した後に、馬鹿正直に真正面から剣を抜いて間合いを詰める。ラッセルは腰から抜いた剣を、そのまま居合いの様な形で振るう。
読み易い、単純な攻撃……。故に、防御は容易かったが……しかし、そのパワーは尋常ではない。
「ちっ……相変わらず、速えし重いな」
「はっはっはっ! 正義を貫く為には、力が必要だった……。正義は口だけで語れるものじゃあないからな!」
「本当に、てめえとは気が合いそうだぜ……!」
「ぬお!?」
俺は受け止めたラッセルの剣を、己の剣で弾き、ラッセルの急所に剣を突き刺す。その攻撃を紙一重で、ラッセルの剣が弾く。そして、同時に剣を上から振るうと、刃が衝突して鍔迫り合いになる。
「ぐうっ……犯罪者の癖に良くやる。どうして、その力を正しい事に使わないのだ!」
「こちとら事情があってね。悪いが、正義なんて崇高なもんの為に使うつもりは……ねえ!」
「うぎゃ!?」
俺は無理矢理ラッセルを押し返し、ラッセルの腹に蹴りを入れる。
瞬間、俺の膂力によって生じた衝撃波が迷宮を震わせ、ラッセルは遥か前方へ吹き飛び、迷宮の壁に衝突した。
「もう、俺の目的地は直ぐ目の前なんでね。そろそろ、てめえとの決着を付けさせてもらうぜ」
「ぐう……さすが、オルト。犯罪者ながら我がライバルと認めただけはある……。はっはっはっ! 今のは効いたぞ!」
いつから俺はお前のライバルになったんだよ……。
「はっはっはっ! さあ、行くぞ!」
ラッセルは壁に減り込んでいたが、何事もなかったかの様子で壁から飛び出してくる。ラッセルの剣先が煌めき、一瞬にして俺と肉迫する距離へ……!
「はあ!」
「そいやああ!!」
俺とラッセルは再び剣を交える。その度に、迷宮全体が揺れる程の衝撃が生まれ、俺達の立つ回廊にヒビが入る。
俺は剣を交えつつ、ラッセルに言った。
「確かにてめえは強い。けど、悪いが俺の方が強い」
「なんだと!?」
憤慨したラッセルだったが、しかし、これは本当の事だ。
「だから……少し本気を出すぞ!」
俺はラッセルにそう宣言する。
俺とラッセルは刃を再び交える、そのタイミングで、ラッセルの剣を強く弾く。ラッセルの剣は、腕ごと大きく上方に跳ね上がる。だが、強靭な体幹を持つラッセルは、直ぐに剣を振り下ろそうとする。
「おりゃああ!」
「よっと」
俺はバック回転してラッセルと距離を置く。そして、少しだけ力を込めて剣を回廊の床面に向かって振るう。
スパンッ
剣を振るった延長線上が綺麗に切断され、橋の様になっていた回廊が半ばから崩れ落ちる。
「なっ……あ、足場が!?」
それでラッセルの足場が崩れ出す。
「悪いなラッセル。俺は先に行ってる。まあ、生きてたら上でまた会おうぜ」
「お、オルトおおおおお!! ぎゃああああああ!!」
ラッセルの足場は完全に崩れ落ち、迷宮の下へと落ちて行った。その間、ラッセルの断末魔が延々と木霊していた。
「まあ、この程度死ぬ奴じゃあねえからな……」
色々な所でラッセルと戦ったが、雪雪崩に遭っても、海で溺れそうになっても、溶岩の煮えたぎる火山の中でも、ピンピンとしている様な奴だ。
高い所から落ちた所で問題ないだろう。その証拠に――。
『オルトおおおおお! 覚えておけえええ! 次は絶対に捕まえてやるからなああああ!!』
「いやあ……本当にしぶといなあ。あいつは」
俺は苦笑を浮かべつつ、ラッセルが第90階層に上がる前に、さっさと上を目指す事にした。
と、それから暫く。上を目指してモンスターを斬り伏せて進んでいた俺は、遂に第90階層へと続く階段に辿り着く――。