二十話 勇者の師
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「……見覚えのある剣だと思ったが。そうか」
俺は第5階層で出会った少女の事を思い出す。
そういえば、丁度エレシュリーゼに似た紅色の髪をした、綺麗な少女だった。
お互いに刃を収めた俺達は、崖に隣合って腰を下ろしていた。
エレシュリーゼは困った様な、それでいて嬉しそうな苦笑を浮かべる。
「やっと気付いてくれましたわね……オルト様」
「…………様付けは勘弁してくれ。背中が痒くて仕方ねえ」
「では、今まで通りオルトさんと」
「ああ、それで頼むわ」
エレシュリーゼは微笑する。
「会えて、嬉しいですわ。あの時、突然居なくなられたものですから……幻か何かかと当時は思っていましたわ」
「あの時は、丁度あんたの迎えが来たみたいだったからな。俺も俺で上層に向かう用があったんで、迎えに任せたんだよ」
「……オルトさんが目指していらっしゃったのは、この第90階層ですわよね? 迷宮を攻略して」
「ああ、まあな」
「それなら、あの時……わたくしと一緒に第90階層まで行けば良かったのでは?」
エレシュリーゼの言葉に俺は首を横に振る。
「エレシュリーゼが、どっか貴族だっつーのは見て分かった。それも考えたけどな」
俺はあの騎士の言葉を思い出す。奴は俺に、「強くなって登れ」と言った。
「まあ、過ぎた事だしな」
言うと、エレシュリーゼは顔を俯かせる。
「そう……ですわね。過ぎた事ですものね……。あの、それでオルトさん。わたくしの剣、どうでしたか?」
「ん、そうだな……結構様になってた。魔法に剣術……魔法剣士ってスタイルを取ったのは、悪くねえんじゃねえか?」
「っ……! あ、ありがとうございますわ」
エレシュリーゼは赤面しながら言った。
しかし、中々面白い剣だった。エレシュリーゼは態々、俺に剣術を見せる様に戦っていた。故に、あれは彼女本来の戦い方ではない。
魔法剣士の利点は、流動化による物理攻撃の無効化をしながら、近接戦で優位に立ち回れる事。加えて、遠近距離と、幅広い間合いで戦う事ができる。
仮にエレシュリーゼが本気で俺を倒す為に戦うのであれば、流動化を無効化する俺とは距離を開けて戦うだろう。
つまり、俺の間合いの外から超高火力の攻撃を連発する。俺としては中々に厳しい戦いだ。
とはいえ、剣の立ち会いでは誰にも負けるつもりはない。
「あ、そろそろ予選も終わる頃でしょうか」
「ん……もうそんな時間か?」
「ブロックに依りますけれど。Bブロックは、きっとレシアさんが勝ち進むでしょう。Cブロックはどうでしょうか……」
「Cブロックっつったら……そうだなあ。まあ、順当に実力だけで言えば、モニカが勝つんじゃあねえかねえ」
「そうでしょうね」
エレシュリーゼも俺と同じ意見だった事に、多少なりとも驚く。
エレシュリーゼはそんな俺に、訝しんだ目を向ける。
「なんですの?」
「いや、てっきり3年のAクラス首席を推してくるかと。同じブロックにいるって聞いたぜ?」
「馬鹿にしないで下さいませ。わたくし、これでも人を見る目には自信がありますの。あのモニカという学生、魔法センスだけなら、わたくしと同等ですわ」
「へえ……」
俺はそこまで見抜けなかった。
俺がモニカと出会ったのは、危うく強姦され掛けた時だった。その時、一目見て「あ、こいつ強いな」と感じた。
とはいえ、それは飽くまで武力の話。平民である彼女は、貴族に逆らう事が出来ない。
俺はエレシュリーゼの事を笠にかけて逆らってるけど。
「まあ、決勝のカードはそこそこ面白い事にはなりそうだよなあ」
俺は顎を手に乗せて呟く。
レシアかモニカに当たった時は、流石に辞退しようかと思っている。レシアには格好良い姿を見せる為に戦うのもありかと思うが……正直、レシアを前にして真面に戦える気がしない。
モニカと当たったら、本気で勇者を目指す彼女には失礼だと判断し、辞退するつもりだ。これが勇者になる実力が無く、気に食わない相手であれば全力で潰しても良かったが。
俺がそう言うと、エレシュリーゼは首を傾げた。
「随分と上から……いえ、師匠ですものね。しかし、謙虚さは大事だと思いますわ」
「知るかよ、んなもん。それで負けりゃあ、そん時はそん時だ」
「なるほど……オルトさんらしいですわね」
エレシュリーゼは言って、溜息を吐いた。それから、エレシュリーゼの身に纏う雰囲気が変化する。
「それで、レシアさんが相手だと真面に戦えない……というのは、どういった意味で?」
「んあ? そういえば、俺が第90階層にきた理由言ってなかったな……。そうだなあ……」
レシアが俺と同じ出身だと言うのは、エレシュリーゼが相手でも伏せるべきだろう。
俺はその部分を濁し、レシアに告白する為に来たという事を述べた。
すると、エレシュリーゼの瞳から光が消えた。
「それはつまり、レシアさんの事が……異性として好きであると?」
「まあ、そうなるけど……。どうした? なんか怒ってんのか?」
「お、怒ってませんわよ!」
エレシュリーゼは、何故か怒っていた。
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