十九話 最強剣士と紅蓮の勇者
「それで? 俺に何か用か?」
エレシュリーゼに問い掛ける。彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「……場所を移しませんか? 街から出て東に広い荒野がありますの」
「ん? 街から出んのか?」
「ダメ……でしょうか?」
エレシュリーゼの俺を見る瞳が不安げに揺れる。
特に断る理由は無い。
「いや、まあいいけど……何すんだ?」
「ふふ……まずは移動致しましょう。話はそれから……」
エレシュリーゼはそう言いながら、先導する様に控え室に背を向ける。俺もその背中を追って、控え室を後にする。
暫く2人で歩き、闘技場に出るとエレシュリーゼが呟く。
「『エレメンタルアスペクト』……」
エレシュリーゼの体が炎に包まれたかと思うと、四肢から炎を噴射。それを推進力にし、エレシュリーゼは空を飛ぶ。
遥か上空まで飛び上がった彼女は、空に赤い軌跡を残しながら東に向かって飛ぶ。
「おお、すげえな……」
俺も感心しつつ、エレシュリーゼを追って移動する。
そして、俺は指定の荒野でエレシュリーゼと落ち合った。
「流石は、オルト様。早かったですわね」
「……様? いや、まあ、この程度の距離ならな……んで? こんな所に呼び出して、一体どうしたよ?」
「ええ、簡単な事ですわ。オルト様……わたくしと、勝負して下さらないかしら?」
「は? 勝負?」
訳が分からず首を傾げた俺だったが……エレシュリーゼの顔を見て、肩を竦める。
冗談で言っている訳では無さそうだ。
「本気でやんのか?」
「命のやり取りは、流石に考えておりませんわ。ただ、わたくしは確かめたい事がございますの……」
「ふうん? まあ、別に構わねえよ。俺も歴代最強勇者にゃあ興味があったもんでな」
不敵な笑みを浮かべて言うと、エレシュリーゼは嬉しそうに微笑む。
「嬉しいですわ……。それでは、早速参りますわ」
エレシュリーゼは言いながら、自らの手の平に炎の塊を生成する。その中から、一本の剣が出てきた。
俺は刀を鞘から抜かず、棒立ちのままエレシュリーゼと相対する。
「準備は宜しくて?」
「ああ、いつでも構わねえ」
「では……行きますわ!」
エレシュリーゼの掛け声と共に戦闘が開始される。
俺はエレシュリーゼの出方を伺う。
彼女は鋭い踏み込みと共に、俺と肉迫する距離まで接近する。
お互いの獲物は、近接戦を間合いとする。俺は刀、エレシュリーゼは片手直剣で、間合いによる差は殆ど無い。だというのに、エレシュリーゼはお互いの間合いを完全に無視し、クロスレンジでの戦闘を仕掛けて来たのだった。
「おいおい……格闘戦をご所望ってか?」
「わたくしは炎属性の流動化……触れれば大火傷ですわよ!」
エレシュリーゼの言う通り、触れていないにも関わらず、妙な熱気を感じる。
エレシュリーゼは迷いなく俺のテンプルにハイキックを繰り出す。
俺は上体を逸らしてハイキックを躱す。直ぐに反撃の一手として、掌底を繰り出す。無論、触れればこちらもダメージを受けるのは分かっている為、寸止めする。それでも衝撃波が飛び、エレシュリーゼにダメージを与える事は可能だろう。
俺の反撃は、エレシュリーゼの胸部に直撃――した様に見えたが、俺の手には全く手ごたえが無い。見ると、彼女の胸には手の平サイズの穴が空いており、穴の周囲に炎が纏わり付いていた。
「……流動化で体の形を変えたか」
「その通りですわ。オルト様が流動化を何らかの方法で無効化出来るのは承知済み。ならば、こちらもその対策をするまでの事!」
「っと……」
今度は剣を下から突き上げる様に振るって来た。俺はバックステップして回避したが、エレシュリーゼは追撃に炎を背中から噴射し、その勢いで突っ込んでくる。
俺は突っ込んで来るエレシュリーゼの剣先に、手の甲で弾く。『建御雷』で硬化している為、ダメージは無い。
剣先を弾いて、エレシュリーゼの軌道を逸らし、俺とエレシュリーゼはそのまま立ち位置を入れ替える。
エレシュリーゼは振り返り様に、剣を横薙ぎに払う。炎を纏った刃をしゃがんでやり過ごすと、炎が一帯に撒き散らせる。
彼女が剣を振るった延長線上が爆発する。物凄い火力だった。
「っぶねえ……」
「わたくしも少しはやりますでしょう?」
剣を構えて直すエレシュリーゼは不敵に笑いながら言った。
「ああ、驚いた。魔法だけじゃなくて、剣も中々なもんだな。こりゃあ、俺も刀を抜かなきゃ失礼ってもんだわな……」
俺は思った事をそのまま口にし、刀を鞘から抜いた。
9
身にかかる重圧が、一気に高まった事をエレシュリーゼは感じ取った。
目の前に立つのは、かつて自分が師事した剣士の少年。
普段からその剣気を微塵も隠そうとしていないオルトだが、刀を抜いた今――今までとは比べ物にならないプレッシャーが襲う。
「オルト様もようやくその気になった様ですわね……」
「俺は初めからやる気だったけど?」
などと言っているが、オルトが本気で無いのは明らかだった。
エレシュリーゼは苦笑しつつ、刀を抜いてくれた事に嬉しく思った。
エレシュリーゼがオルトに勝負を申し込んだのは、思い出して欲しかったからだった。自分から「お久しぶりですわ」などと言って、「は? いや、誰?」と言われたら――。
「…………」
エレシュリーゼは想像しただけで泣きたくなった。
ならば、戦ってオルトに思い出して貰うしかない。この世界に、オルトと同じ絶剣流を使う剣士はいない。
きっと、オルトは自分を思い出してくれる……そう信じて、エレシュリーゼはこの剣での立ち会いに臨む。
「では、行きますわ!」
エレシュリーゼは鋭く踏み込み、オルトに向かって剣を振り下ろす。
「ん?」
オルトは一瞬、首を傾げたが――直ぐにエレシュリーゼの剣を刀で受け止める。
金属同士が衝突し、甲高い音が鳴り響く。
それからお互いに一歩も引く事無く、足を止めて刃と刃を打ち合う。
「はあ!」
「っとと……」
第三者から見れば、攻めているのはエレシュリーゼであった。優勢に見える。だが、戦っている当人からすれば、実際は逆だ。
エレシュリーゼは、「これだけ攻めているのに有効打が無い」という事に気付いていた。実際、激しい攻防が繰り広げられているが、オルトは一太刀も受けていない。
だが、逆も然り。
エレシュリーゼも、一太刀も浴びていない。
「くっ……」
エレシュリーゼはなんとしても一太刀浴びせる為、オルトの隙を突き、加速――剣を水平に薙ぐ。
絶対に躱す事が困難な一振り。
エレシュリーゼの剣は、完全にオルトの首筋を捉えていたが――直ぐにエレシュリーゼは驚愕した。
先程まで、目の前にいたオルトの姿が、忽然と消えてしまった。
エレシュリーゼは人1人が目の前から消える現象に驚いた。と、その直後――全身に走った悪寒に対し、エレシュリーゼは殆ど反射的に反応。
全身を炎として霧散させる。と、先程までエレシュリーゼの体があった空間に刀が振るわれた。
「なっ……!?」
エレシュリーゼは直ぐ様距離を取り、肉体を再構築する。
エレシュリーゼの視線の先には、姿を消したオルトが泰然と刀を肩に担いで立っていた。凄まじい剣速だった。本来なら、エレシュリーゼでは避ける事は出来ない一振り。
避けられたのは一重に運と勘が良かったからだ。
「流石は……オルト様ですわね」
エレシュリーゼがぽつりと賞賛の言葉を口にすると、オルトは顎に手を当てる。
「んー……なんか、お前の剣。どっかで見た事あるんだよなあ……」
「っ!?」
気付いた!?
エレシュリーゼはその言葉を待ってましたと言わんばかりに、瞳を輝かせる。もしも彼女に尻尾があったら、それはきっと嬉しそうにブンブン振っていた事だろう。
オルトは暫く思い出す素振りを見せた後、
「…………まあいいか」
「良くありませんわよ!」
結局、エレシュリーゼは自らカミングアウトした。
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