十七話 紅蓮の勇者、焦がれる
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オルトの破壊した会場の修復作業が行われている。
そんな中、最年少にして歴代最強と謳われる勇者――『紅蓮の勇者』エレシュリーゼ・フレアムは、今だ驚愕で固まっていた。
オルトから放たれた常軌を逸脱した一撃。それを前に、3人の勇者が動いた。だというのに、歴代最強勇者であるエレシュリーゼが動けなかった。
それは何故か――。
「…………オルト……?」
エレシュリーゼは彼の名前を呟き、特等席に深く座り、頭を抑える。
彼女――エレシュリーゼ・フレアムが歴代最強と呼ばれる所以は、いくつかある。まずは、類い稀ない圧倒的な魔法の才能。
魔法使いが強いとされているのは、『エレメンタルアスペクト』――流動化があるからだ。エレシュリーゼの流動化は、火属性である。雷属性の様に、特別強力という訳でも無いが……桁違いな魔力量を誇る彼女の流動化は、他を圧倒する火力を持っていた。
勿論、高い魔法センスだけでは無い。相手を見極める観察眼や洞察力。彼女の根幹を支えているのは、知力だった。
だが、他にも彼女の強さを支えているものがある。
魔法使いとしての資質、ずば抜けた知力。それに加えて、彼女は群を抜いた剣術の才があったのだ。
「…………」
エレシュリーゼは、先の戦闘で見たオルトの剣を思い出す。
剣術の才があったと言っても、最初からその才能が開花していた訳ではない。そもそも、魔法使いとして圧倒的な素質を持っているのに、態々剣術の才を見出す必要が無かった。
しかし、遠い昔に居たのだ。
魔法使いとして天才的な能力を持ったエレシュリーゼを、粗雑な剣一本で救った少年が――。
「あの剣、変わらない……。どこか懐かしく感じたのは、そういう事でしたのね……」
初めてオルトを見た時、何故か懐かしい気配を感じた。
だからだろうか。
エレシュリーゼは、門の前で学校を見上げているオルトに声を掛けた。そして、オルトを推薦し、面倒な手続きも引き受けたのは――そういう懐かしい気配を感じたからだった。
「もう、6年も前の事……ですわね」
エレシュリーゼは遠い目をして、自分の腕を抱く。
まだ、エレシュリーゼが12歳の頃。彼女は、10歳のオルトと出会っていた。
6
フレアム公爵家の当主――エレシュリーゼの父の仕事で、彼女は一緒に上層から中層まで降りて来ていた。
当時、魔法の才能に絶対の自信を持っていたエレシュリーゼは、父親の言う事を聞かず、好き勝手に中層の街を歩き回っていた。
言わずもがな、貴族の令嬢が1人で歩いていたら攫われるのは必然だった。
エレシュリーゼは抵抗する間も無く、中層で人攫いに遭った。
それから彼女は、中層よりもずっと下の階層まで連れ去られる。そこは、下層も下層――第5階層だった。
彼女は奴隷市で売りに出される事になった。手足には魔法が使えない様に特殊な枷が嵌められた。抵抗も出来ず、ただ泣きじゃくるしか無かった。
「おとう……さん……おとうさん! うう……」
無論、父親が助けに来れる訳が無い。
全ては父親の言う事を聞かなかった自分の責任なのだから。
もはや、助かる事は無いと諦めかけていた折。オルトは現れた。
「クソ人攫い共があああ!!」
当時、レシアを連れ去られた怒りや悲しみからか、オルトは人攫いに対して尋常ではない敵意を向けていた。
無論、エレシュリーゼがそんな事を知っている筈もなく、彼女は奴隷市をたった1人で潰した少年に感謝し憧れた。
僅か10歳、自分よりも幼いのに、自分よりも強い少年。
「君は、どうしてそんなに強いの? 魔法使いでもないのに……」
助けられて暫く経った時の事。
エレシュリーゼは気になって尋ねた。
事実、10歳という幼さで奴隷市を壊滅させる程の腕前だ。普通の10歳児ではない。聡明な彼女は、直ぐにその異常さを見抜いた。
対してオルトは、ただこれだけ述べた。
「強くねえよ」
どんな意味が込められていたのか、12歳のエレシュリーゼに理解する事は出来なかった。
言ったオルトも10歳だ。深い意味は無かったのだろう……しかし、エレシュリーゼはそれから慢心を捨てた。
「あ、の……わたしに、剣を……教えて!」
「剣を? お前、魔法使いだろ?」
「それでも……わたし、もっと強くなりたいの」
「…………分かった」
それから1ヶ月間。エレシュリーゼは、オルトに師事した。
オルトの剣は、特に流派は無かった。それでは不便だとエレシュリーゼが言ったが、オルトは「いらん」の一点張り。
エレシュリーゼはそれを無視し、勝手に『絶剣流』などと命名した。
絶剣――絶える事の無い不屈の剣という意味だった。
エレシュリーゼは1ヶ月という僅かな期間で成長し、剣術の才能を開花させる事となる。
そして、1ヶ月――エレシュリーゼを見つけた公爵家の関係者によって彼女は保護される。
「あ、師匠……?」
エレシュリーゼはそのままオルトを自分の師とし、公爵家に迎え入れようとしたが――オルトの姿はどこにも無かった。
これがエレシュリーゼとオルトの出会い――。
「この数年間で記憶は大分色褪せてしまいましたけれど……まだ、わたくしはあなた様の剣だけは覚えていましたわ」
――ああ、我が師よ。
エレシュリーゼは恋い焦がれる乙女の様に、頬を上気させた。
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