十五話 上層と下層の違い
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『予選Aブロックの注目選手は、やはり! 2年Aクラス首席! クロス・ザバーニーヤ選手でしょう!』
闘技場に上がると、司会が場を盛り上げる為か、テンション高めにそんな事を言っている。
その件のクロスとやらは、闘技場の中心で観客からの視線を一身に集めていた。
「ふっ……まあ、俺様は勇者になる男。当然の歓声さ」
気障ったらしい顔の良い美男子で、女共からきゃーきゃー騒がれている。
「ああ……そういえば、この俺様と同じブロックに下民がいるって聞いたな。お前だろ? 噂は聞いている。最下層の屑が、こんな上層にいる事が驚きなのに、まさか勇者養成学校に入って来るとはなあ? 『紅蓮の勇者』の推薦だか知らないけど……身の程知らずにも程があるぞ? 虫けらが」
クロスは早速、俺に敵意――というより、嘲笑の笑みを浮かべる。
他の出場選手達も、俺を見て嘲笑っている。
観客席にも聞こえていたのか、似たような笑いが起きている。
クロスは気分の悪いを笑みを浮かべながら、
「身の程知らずなお前に教えてやろう……。何故、下層の屑共が上層の俺様達よりも劣るのか。簡単な話、魔力を持っているか、持っていないかの差だ。下層の屑程魔力を持っておらず、上層に行く程魔力を持った高貴な人間が生まれる! いくら愚かなお前でも、魔力の重要性を知らない訳ではないだろう?」
魔力――単に魔法を使う為だけに存在しているものではない。
クロスの言う通り、上層に行く程、魔力量の多い人間が生まれる。魔力はただ持っているだけで、素の身体機能を上昇させる事ができる。これが下層と上層で、差別される所以だ。
そして、何よりもだ。この世界では、俺の様な剣士や武闘家よりも、魔法使いの方が強い。
それは何故か――。
「愚か者のお前に教えやるよ。高貴なこの俺様がな!」
試合開始の合図が鳴る。それと同時に、クロスが叫んだ。
「『エレメンタルアスペクト』!」
クロスの叫びに合わせて、その体は電気を帯びたかの様に放電する。
これこそが、魔法使いが強いとされる所以。これがあるからこそ、魔法使い成り得る魔力を持った人間――つまり、上層の民は優遇されている。
「くははは!」
クロスは笑い声を上げ、体から稲妻を迸らせながら俺との間合いを詰めて来る。その速度は雷速に匹敵し、とても肉眼で追う事は出来ない。
俺は直線的に突っ込んで来たクロスの攻撃を、横っ跳びに躱す。瞬間、俺の横を稲妻が駆ける。
クロスはそのままの勢いで闘技場の壁に激突する。壁は衝撃で粉々に砕けるが、クロスは全くの無傷だ。
「よく避けたな? 褒めてやるよ」
「…………」
『エレメンタルアスペクト』――別名、流動化とも呼ばれる上級魔法。この世界に存在する8つの属性、地、水、火、風、雷、氷、闇、光。流動化は、術者が得意とする属性に肉体を一時的に変質させる魔法だ。
例えば、クロスはどうやら希少な雷属性の使い手な様だ。雷属性の流動化は、肉体を雷そのものに変質させる為、移動速度や攻撃速度はその全てが雷速となる。
更には、流動化状態では物理的なダメージは一切入らない。流動する体は物理的な攻撃をすり抜けてしまうからだ。
「さあて……まだまだこんなものじゃないぞ? 虫けらあああ!」
クロスは流動化によって得た圧倒的にアドバンテージを持って、俺に迫る。加えて、俺の周囲を他の選手が取り囲んだ。
「おいおい、バトルロイヤルって話じゃなかったっけか?」
「人心掌握もアピールポイントだからな! ここにいる選手達は、この俺様には逆らえないのさ! そもそも、戦って俺様には勝てる訳がないしなあ!」
クロスが再び突っ込んで来たので、同じ様に躱す。追撃する様に、俺を取り囲む選手達も各々武器を振るって来る。
1対29だな、こりゃあ。
周囲に目を向ける。
「クロスを入れて魔法使いは、8人で他は武器だな」
俺は多方面からの攻撃を全て避ける。『建御雷』で受けても良いが、芸がない……。それに『建御雷』のでは、どのみちクロスの攻撃は防げない。
雷となると皮膚を透過して内臓などに直接ダメージが入る。電撃が体の内部を通る前に、地面へ逃がす方法もあるが――どのみち痛い事に変わりは無いので、クロスの攻撃は受けたく無い。
「さてと……んじゃまあ、1人ずつゆっくり倒すかねえ」
所詮は予選だ。レシアに格好良い所がアピールしたいだけなので、余裕な様子を崩す事無く、圧倒的な感じで勝ちたいのだ。
だったら、簡単な話。鞘に収まっている刀をぬいてしまえばいいのだが、一瞬で終わっては楽しみに来ている観客が可哀想だ。
「つっても、観客の御目当ては俺じゃなくてクロスだろうけど……っと」
俺は右から迫った槍を、上体を逸らして躱す。そして、そのままバック回転する勢いで足でそいつの顎先を蹴る。
「げふお!?」
槍を持った男はそれで意識を失う。まずは、1人だな。
「くっ……おい、屑共! 1人を相手に何を手間取っていやがる! このお!」
「ひ、ひやああああ!?」
苛立ったクロスは、そこら辺にいた選手の頭を鷲掴みにする。雷そのものに体を変質させているクロスが触れたからか、その選手は感電して体を硬直させる。
暫くして、その選手がピクリとも動かなくなった事で苛々が解消されたのか、クロスはその選手を放り投げた。
ちっ……この外道が。
「てめえ……」
俺は攻撃を避けながらクロスを睨む。
「なんだその目は? この俺様が屑共をどうしようが勝手だろう?」
「屑とかなんとか、さっきから言ってるけどよお。てめえの方が、よっぽどどうしようもねえ屑だ」
「なんだと……?」
最下層の民である俺に言われたからか、クロスは怒りを露わにする。
クロスは複数人からの攻撃を避ける俺に手の平を向けると、
「『ライトニング』!」
落雷が如き轟音が走る。同時にクロスの手の平から電撃が放たれる。
「おっと」
俺は姿勢を低くしてそれを躱す。すると、俺を囲んでいた選手に電撃が直撃すると、その周囲の人間に感電する。これで再び何名かが倒れた。
俺は体を起こしながら、
「ったく、気に食わねえやり方だあ」
「はっ! 死ね! 最下層の屑が!」
クロスは雷速で俺との間合いを詰め、雷の体で俺に触れようと手を伸ばす。
刹那――俺は刀の柄に手を置き、居合いを放つ。
「馬鹿め! 魔法使いの流動する体に物理攻撃など――ひっ!?」
クロスの右腕は肘から先が斬り飛ばされ、鮮血が闘技場を染める。
「ひ、ひいいいいああああああ!? お、俺様の……俺様の腕があああ!? いだあああいいい!?」
「ん……悪いな。最初は斬って欲しい部位を選ばせてやろうと思ったんだけどよ。少し気が急いたわ。許してくれや」
俺は腕を斬られたショックでのたうち回るクロスに向かってそう言った。
あまりの光景に、俺を襲っていた選手達は武器を地面に落として呆然としている。
「な、なんで……俺様の……腕がああ……」
「ああ? なんで物理攻撃が効かないのに……ってか? 確かに流動化は強いし厄介だけどな。ただ、過信し過ぎだな。達人レベルの武芸者は、みんな流動化に対するなんらかの対抗策を持ってる。気を付けた方がいいぜ?」
「ぐう……うっ……うるさい! 虫けらがああああ!」
「っと……」
クロスが放電したので、うっかり感電しない様に距離を取る。
クロスは斬り飛ばされた腕を拾い上げ、接合を試みる。確かに、流動化している状態ならばくっつける事は可能だわな。
勿論、させる訳がない。
「そろそろ、やるか」
観客達は当初、クロスが勝つと思っていたからか、どこか呆気に取られている様子だった。しかし、一部からは俺への応援が聞こえる。中々、気分が良い。
「くそっ……! くそ! 早くくっ付けよ! くそ!」
「さて、と……。先輩には悪いけど、ここで退場願おうか」
俺は肩に刀を担ぐ様に構え、力を溜める。
それで何かを察したらクロスが見るからに怯える。
「ひっ……お、俺様を誰だと思ってやがる! 俺様は、お、俺様は勇者になる男だぞ!?」
「なら、ここで死んでも文句はねえよな? 元々、自己責任な訳だしな」
「し、死っ!? か、金……そうだ……金! 金ならいくらでもやる! だから、や、やめてくれっ!」
「いや、金よりも女かなあ……」
「女だな!? 女でもなんでも好きなだけ用意してやる! だ、だから……」
「そりゃあ、魅力的だが……俺が好きな女は金じゃあ買えねえよ」
多分、相手は侯爵だから俺より金は持ってるだろうからな……。
俺は哀しい気持ちになりつつ、そろそろ終いにしようと手に力を込める。
「そうそう、1つだけ言っておくけどよ。俺、出し惜しみしない主義なんだわ」
そして、俺が刀を振り下ろす直前に、特等席に座っていた勇者達――エレシュリーゼを除いた3人が動き出した。
「こ、この力の波動は……!?」
「まずい!」
「我らで防御を――! 『アイアンシールド』!」
確か、『鉄壁の勇者』と名乗っていた勇者が俺の直線上に巨大な盾を出現させる。俺はもう初動に入っており、そのままの勢いで刀を振り下ろした――――その瞬間、俺の直線上に膨大なエネルギーの奔流が放出された。
嵐のようなそれは、『アイアンシールド』とやらを真っ二つにし、クロスを呑み込み、観客席を一部吹き飛ばす。更には、街の建物を全て縦に切断。それからも勢いは止まる事なく、山を一刀両断し、海を割いてようやく止まった。
「ふう……」
俺は刀を鞘に戻し、一息吐く。
「かっ……かは……あ……」
クロスは色々な汁を出して、泡を吹いた気を失っている。態と外しておいた。
吹き飛ばした観客席の方も、見るとラッセルが呆れた様子で立っていた。予め避難誘導をしてくれていたのは、俺から見えていた。
街の方も、俺の直線上に人がいないのは確認済みだったので、まあちょっと建物が崩れた程度だろう。
「よし、今のは良い感じに決まったな……ふっ」
レシアがこれを見て惚れてくれないかなあと密かに思っていると、やけに会場が静かな事に気が付く。気になって周囲に目を向けると、観客や学生達は口を開けたままぽかんとしていた。
そして、数秒の後に、
「え、ええーー!?」
「えー!?」
「「ええー!?」」
と、色々な方面から驚愕の叫び声が上がった。




