十三話 勇者選抜戦
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レシアと再会を果たしてからというもの――特に進展というか、むしろ後退したというか。
廊下ですれ違っても知らん顔をされ、とにかくレシアに徹底されて無視される生活が、およそ1ヶ月程続いた。
「あー今日もダメだったなあ。ありゃあ」
俺は椅子を横に並べてた上に、仰向けに寝転がりながらぼやく。
今日もレシアのいるAクラスに行ってみたが、顔すら合わせて貰えなかった。しかも、クラスの連中から追い払われる始末。アタフタとしていたモニカに、少し申し訳ない事をした。
「ったく、俺はなーにやってんだか」
これでは態々上に登って来た意味が無くなってしまう。
とりあえず、俺がこれからやらなくてはいけない事を纏めるとだ。最優先事項として、アルテーゼ侯爵をぶっ殺――じゃなかった――見極める事だ。
もしも、良い奴なら……俺は血の涙を流しつつ認めるつもりだ。だが、少しでもアルテーゼ侯爵とやらが、気に食わない野郎なら……例えレシアに嫌われる可能性があっても、アルテーゼ侯爵を斬る。
俺が1人、Fクラスの教室で物騒な事を考えていると、
「おーい、いるかーい? ああ、いたいた。あんたも暇だねえ。授業もないのに」
「ああ、レオノーラか」
担任のレオノーラが教室に入ってくるや否や、そんな事を口にした。
俺は体を起こしながら肩を竦める。
「逆だ。逆……。他にやる事がねえから学校に来てんだよ」
「ほう? そういえば、最近あんた噂になってるよ。あのレシア・アルテーゼにちょっかい掛けてるそうじゃないか」
「まあな」
「近頃、あの金髪の機嫌が悪いらしいけど。あんたの所為かいね」
「…………」
機嫌……悪いんだ……。
俺は肩を落とす。
レオノーラは苦笑を浮かべる。俺の近くに椅子を置いて座り、机上に広げた羊皮紙を置く。
「なんだそりゃあ」
「見てみな」
羊皮紙に視線を落とすと、勇者選抜戦の申し込みと書かれていた。
「勇者選抜戦だあ?」
「そう。これはその参加申込書さ」
レオノーラは簡単に、勇者選抜戦について説明をする。
「まあ、その名前の通り1人の勇者を選抜するための催しさ。勿論、この選抜戦に勝ったからって勇者になれる訳じゃあない。勇者になるには、現役勇者3名からの承認、または現国王の承認が必要だ」
どちらにしても、勇者や国王に自分の存在を知られていないとできない事だ。
勇者としての素質があっても知られなければ意味がない。
「つまり、あれか。これは勇者とか国王とか、その辺の奴らにアピールできる機会って訳か」
「そういう事……ふう」
レオノーラは葉巻を吸い、煙を吐く。
「選抜戦には現役勇者3名と国王陛下がお越しになる。これを機に名を上げようという学生は多い」
「参加者も多い訳だな」
「例年は、ね……申込書を良くご覧」
「ん?」
言われて、再度申込書を眺める。すると、ある一文が目に留まった。
「……なお、この選抜戦で死亡した場合の責任は、自己責任とする。へえ、面白いな」
「だろう? とはいえ、例年殆ど死者なんて出る程の事はないんだ。去年は、エレシュリーゼ・フレアムが圧倒的だったしねえ」
「今年は違うってか?」
「そういう事さ。今年は、勇者候補筆頭と呼ばれる学生が多い。しかも、その全員がハイレベル。お陰で今年は参加者が例年よりも少なくなっててねえ」
その勇者候補筆頭とやらに勝つ自信がないからだろう。最悪の場合は死ぬ訳だしな。
レアオノーラは指を4本立てる。
「まずは、3年Aクラス。首席のエレシュリーゼは出場しないけど、次席が出る。そして、2年Aクラスの首席と次席。最後に1年Aクラス首席。あんたがご執心のレシア・アルテーゼさ。この4人が強すぎて、Aクラス以外の参加者がかなり少ない」
「まあ、そうなるわな」
実力順で分けられたクラスだ。Aクラス連中に劣るBクラス以下のクラスが、命を張ってまで出場する訳がない。
レオノーラは葉巻を吸いながら、
「それで? あんたはどうするんだい?」
「あ? 俺か? そうだなあ……別に、勇者になる気とかねえしな……」
「だろうねえ。出場はしないかい?」
「……いんや、出るよ」
「ほう? それはまたどうして?」
俺は不敵な笑みを浮かべる。
「まあ、単純な興味本位だわなあ。つっても、本当に勇者になりたい様な奴らの邪魔はしねえよ。適当な所で辞退するつもりだ」
「随分と腕に自信があるみたいだねえ。まあ、エレシュリーゼ・フレアムの推薦だしね。あんたは強いんだろうねえ」
「んな事より、選抜戦は具体的にどんなルールなんだ?」
尋ねると、レオノーラは肩を竦める。
「予選は4ブロックに分かれてバトルロイヤルを行う。いつもなら50人くらいで行われるけど、今回は少ないだろうねえ。それから、各ブロックで生き残った1人が本選に出場する。本選はトーナメント形式さ」
「なるほどな」
中々、面白そうな行事だ。
最近はレシアの事で色々と考え込んでストレスが溜まっていた。丁度良い機会だ。憂さ晴らしに付き合ってもらおう。
「で、いつからなんだ?」
「明日からだ」
俺は眉を寄せる。
「随分と急だなあ……」
「いやあ、本当はもっと前から告知されていたんだけどね。あたしがうっかり忘れていたのさ」
「この野郎……」
「でもまあ、いつからなんてのはそこまで問題じゃあらないだろう?」
そう言われれば、全くその通りだった。
俺は溜息を吐く。
「しっかし、明日からね……」
俺は窓の外へ目を向ける。
勇者選抜戦を上手く使って、レシアにお近づき出来ないだろうか……。
例えば、本気で優勝してみれば、レシアも俺を認めてくれるかもしれない。
もしかしたら、「オルト、格好良い……」みたいになって、アルテーゼとかいういけ好かない野郎から乗り換えてくれるかもしれない……!
「よし……俺、ちょっと優勝狙おうかな」
「え? あんたさっき、適当にって……まあ、あたしはなんでも構わないけどねえ」
俺は勇者選抜戦に闘志を燃やした。
ふっふっふっ……見てろよ、レシア!
この俺の格好良い姿を見せて、惚れさせてやる!
って、あれ……なんか、当初の目的忘れてねえか? 俺……。




