十一話 黄金騎士は激昂す
9
放課後になってしまった。
モニカから、レシアを呼び出せたと連絡を受けた俺は重い足取りで屋上への階段を登っている。
いやだなあ……。
「はあ……」
だが、男が一度腹を括ったなら逃げる道はない。しかしなあ……レシアに会った時、果たしてなんて言われるのだろう。
彼女は「久しぶり」と、昔の様に笑ってくれるだろうか。
「…………」
とにかく、考えるだけで不安になって来る。
「やばい、腹あ痛くなってきたぜ……。脚も笑ってらあ……」
屋上が近付くに連れて、どんどん体調が悪くなってきた。まずい、このままでは真面にレシアと会話ができない。
「そ、そうだ……最初から面と向かって話すのは無理がある。まずは、顔を隠そう……」
この時、どうしてこんな発想に至ったのかはよく分からない。だが、顔を隠せば、割と行けるのでは? という意味不明な自信が、俺にはあった。
俺は適当な紙で簡易的な面を作り、顔に貼り付けた。どこか犯罪者っぽく見えなくもないが……気にしたら負けだ。
「よし、少し緊張が和らいだぜ」
俺はそうして、ようやく屋上に到着する。
屋上に続く扉をこっそり開けると、既にレシアが待っていた。
屋上の手摺に肘を掛け、夕暮れ時の空に良く映える金色の髪はそよ風に吹かれて靡く。
「ああ……やっぱり、可愛い……じゃねえ。よし……」
俺は意を決して扉を開け放ち、屋上に躍り出る。すると、俺に気付いたレシアが振り返り、その端正な顔立ちを向ける。
「……あなたが私を呼び出したのですね」
「…………」
レシアに声を掛けられたが、俺は緊張してしまい思う様に口が動かない。
そんな俺の様子に呆れたのか、レシアは溜息を吐く。
「それで顔を隠して変装でもしているつもりですか?」
――――オルト
レシアは言葉の最後に俺の名前を呼んだ。
「……なんだ、バレてたか」
「気付かれていないと思っている方が不思議です。私と同じ第1階層の出身で、名前はオルト。随分と有名になりましたね」
「まあな」
レシアは俺の学校での噂を聞いて直ぐに気付いたらしい。だが、俺と接触しようとはしなかった。それが何を意味するのか――。
彼女は憂いを帯びた目を俺に向ける。
「何故――私の前に現れたのですか。オルト」
「――――」
紛れも無く、俺が恐れていた拒絶にも似た言葉だった。
いや、俺はこれを予期していた筈だ。レシアはこう言うだろうと、俺は分かっていた。だから、会いたいという気持ちとは別に、会いたくないと思っていた。
俺は肩を竦める。
「別に、てめえの前に現れた訳じゃあねえよ」
「……言い方を変えましょう。何故、第1階層から登って来たのですか? あのまま大人しく第1階層で過ごさなかったのは、どうしてですか? もしも、私の為だというのなら――そんな事、望んでいません。今すぐに帰って下さい」
レシアの跳ね除ける様な言葉に、俺は多少の苛立ちを覚える。
「あ? 何を勘違いしてるかと思えば、自意識過剰にも程があんぞ? 誰がてめえの為だっつったよ。俺は自分の意思で、ここまで登ってきた」
「なら、何故私に会いに来たのですか?」
「一応、幼馴染だからな。挨拶くらい、別に構わねえだろ?」
ああ、俺は何をやっているのだろう。
レシアに会って告白したかった筈なのに、売り言葉に買い言葉。
「……この8年で随分と変わりましたね。オルト」
「そいつはお互い様だろうがよ。レシア」
「あなたは、口が悪くなりました」
「それは昔からだ」
言うと、レシアは首を横に振る。
「昔よりもずっと、悪くなりました」
「そうかよ……。てめえは、ちっとばかしうざくなったな。その喋り方とか、態度とかな」
「…………」
「…………」
俺とレシアの間に沈黙が流れる。お互いに睨み合う中、俺はレシアの美貌に顔を背けてしまう。
落ち着け……俺。俺はレシアと喧嘩をしに来た訳じゃあない筈だ。
俺はとにかく話題を振る。
「ああーそういえば、てめえ婚約者がいるんだってな? てめえが結婚とか、なんの冗談かと思ったぜ? てめえみたいな女を貰ってくれる相手がいるとは驚きだぜ」
「っ……。ええ、とても素敵な相手です。どこかの誰かと違って」
「……っ。す、素敵ねえ……ほーん? へえ? なんだよ……好きなのか?」
「…………す、好きです。勿論」
「かはっ!?」
レシアが顔を赤くさせて言った瞬間、俺は吐血した。
あ、あのレシアがこんな顔を……! し、しかも好きだと!? 勿論好きなの!?
レシアは頭を振ると、
「と、とにかく……もう私に関わらないで下さい! そして、早く第1階層に帰って下さい! オルトは……下層で幸せに――」
と、レシアが何か言うのを遮り、
「だああああ! うるせえんだよ! 俺、ぜってえに帰らねえからな! そんで……そんでもって……てめえの結婚式をぶっ壊してやる! 覚えてろよ! このあんぽんたん!」
「なっ……まだ婚約の話が上がってるだけで、け、けけ、結婚なんて先の――というか、誰があんぽんたんよ! こら、待ちなさいよ! オルトー!」
「うるせえ! やーい! お前の母ちゃんでーべーそー!」
「あたしのお母さん知ってる癖に嘘言わないで!」
それから数十分程だろうか、俺とレシアは幼稚な言い争いを屋上で繰り広げ、互いに肩で息をしていた。
「ぜえぜえ……無駄な体力を使っちまった」
「はあはあ……こっちの台詞よ。全く……」
いつのまにか、あの気持ち悪い口調ではなく素のレシアが目の前にいた。澄ました顔をしたレシアではなく、俺が良く知るレシアが――。
ああ、やっと会えた……。
「……お前、そっちの方が良いぞ。澄ましたてめえは似合わねえ」
「…………私は、もう、昔の弱い私と決別したのです。昔みたいには、なれません……」
レシアは取り繕った様に口調を戻す。
俺は頭をガシガシと掻く。
「ったく、素直じゃねえなあ」
「オルトに言われたくはありません……とにかく、私にはもう……会わないで下さい」
「断るってえの。誰がてめえの言う事なんざ聞くかよ」
「…………あなたという言う人は」
レシアは辛そうに前髪をくしゃりと握る。
と、その時だった。屋上に続く扉から、俺達を取り囲む様に黒い人影が飛び出した。
人数は10人。黒尽くめの格好をしており、全員武装していた。
「んあ? なんだこいつら」
「……評議会の」
レシアが呟くと、現れた黒尽くめの1人が口を開く。
「レシア・アルテーゼだな。貴様の命、頂く。そして、目撃者の男も殺せ」
そう言うと、黒尽くめが一斉に襲い掛かってきた。




