一話 プロローグ
青春詭弁と申します。
宜しければ、ご感想やご意見をお聞かせください。ポイント評価をして頂けると、やる気が……出ます!
※
俺が8歳の時、好きな奴がいた。
「ねえ、こんなところで何してるの?」
「んあ?」
村外れの丘上。風の気持ち良いそこで昼寝をしていた折に、そいつは現れた。
金髪の綺麗な俺の幼馴染レシアだ。
「さっき、村長がすごーく怒ってたよ? 『オルトはどこだ!』って」
「見て分かるだろ。昼寝してんだよ」
「畑仕事サボってやる事じゃないでしょー」
レシアは昼寝をしていた俺の隣に腰掛ける。
俺は空を仰いだまま、
「別にいいじゃねえか。畑仕事なんざ、面白くもねえしな」
「面白いとか、面白くないとか、そういう問題じゃないよ。あたし達、みんなで協力しないと明日を生きていけるかどうか……分からないんだから」
「…………」
俺はあからさまに顔を顰めた。
俺達は、塔の世界エルダーツリーの最下層に住んでいる。下層の民は上層の民に虐げられる階級社会。そんな階級社会の最下層に住む俺達は、上層の民から税金や食糧を毟り取られ、貧困と飢えに苦しんでいた。
当時の俺は、その状況を仕方がないと分かっていながら、何もせず服従していた大人達に憤りを感じていた。
「うるせえ。大体、何で大人達は何もしねえんだよ。明らかに、俺達ばっかり苦労してて、上の奴らは俺達から搾り取ってるだけじゃねえか」
「ちょ、ちょっと……上の人達を悪く言ったら、捕まっちゃうよ……」
レシアは困った笑みを浮かべて言う。
「ハッ。餓鬼の陰口を聞いてる程、上の奴らは暇じゃねえよ。俺達から搾り取るのに忙しいからな」
「もう……オルトったら。とにかく、畑仕事しなきゃ。また、明日だって税金の取り立てに上の人達が来るんだし」
「…………」
俺はレシアに背を向けた。
「ねえ、聞いてるのオルト?」
「はいはい、分かったっての。だけど、もう少しサボる。村長が怖いからな」
「はあ……しょうがないなあー」
レシアは俺の背後で、何事か物音を立てる。暫くして、レシアが声を掛けてきた。
「はい、オルト」
「あ? って、何で正座してるんだ?」
「膝枕だよ。あたしの膝使ってよ」
「なっ……そ、そんな事する訳ないだろ!? 勘違いされたらどうすんだよ!」
思わず立ち上がって叫ぶ。
レシアは首を傾げた。
「勘違い……? どんな?」
「そ、そりゃあ……俺とてめえが付き合ってるとか……そういう事だよ!」
「ああ、そういう……。あたしは別にいいよ? お、オルトとなら……別に……」
「っ……お、俺が良くねえんだよ!」
本当は好きな癖に、素直になれなかった俺はそっぽを向いた。
「そっか……。あたしとじゃ迷惑かな……」
「い、いやあ……ええっとだな……。別に、嫌ではねえけど……」
「けど……?」
「…………だあああああ! この話終わり! おら畑仕事に行くぞ! ジジイに怒られる!」
「もう怒られると思うけど?」
「うるせえ!」
俺はクスクスと笑うレシアの視線に、居心地の悪さに逃げて、畑仕事へと向かった。きっと、レシアは俺の気待ちに気付いていたのかもしれない。
ただ、素直になれなかった俺は、レシアの気持ちも考えずに遠ざけていた。
この生活が永遠に続く訳がないというのに……。
2
「オルトはさ、ここから上に行きたいって思った事ある?」
「あ? 何だよ。藪から棒に」
いつもの丘上で並んで座る俺とレシア。
レシアから唐突に投げかけられた問いに、俺はぶっきら棒に返す。
「あたし、最近ここから上に登りたいなあって思うんだ」
「第2階層に上がりたいって事かよ?」
「違うよ。もっと上だよ。世界の果てって言うかさ」
「世界の果て……ねえ」
この塔の世界エルダーツリーは、全1000階層からなると聞いた事がある。レシアの言う世界の果ては、つまり第1000階層のことだろうか。
「無理だろ。大体、世界の果てに行きたいなら、もう居るだろ?」
「ここ最下層だもんね。でも、そういう事じゃなくってさー。もう、オルトには浪漫がないなー」
「浪漫じゃ飯は食えねえからな」
言うと、レシアが頬を膨らませる。
俺は溜息を吐く。
「はあ……大体、良く考えてみろよ。俺達は下層の民だぜ? 上に行ったら絶対笑われるだけだろ」
「そうだけど……」
「それに、通行証がねえと上に行くためのゲートを通れねえからな」
ゲート以外の方法だと、迷宮を通るしかないが……迷宮には多くのモンスターが犇いているため、現実的ではない。
「うう……やっぱり、上に行くのって難しいのかな……」
「そりゃあな。諦めて、ずっとここに居ろよ。暮らしは大変っちゃ大変だが……まあ、慣れれば存外悪くはねえだろ」
「……うん」
ふと、俺は今のがまるで「ずっと俺と一緒にいろよ」みたいに聞こえてしまってないかと不安になる。
しかし、レシアにその様な様子はなかった。
「いつか……」
レシアは小さな声で、しかしとなりに座っていた俺には聞こえる声量で続ける。
「いつかさ。大人になったら、オルトと……旅とかしてみたいなあ」
「旅……?」
「うん。旅」
哀調を含んだレシアの横顔に、俺は頭を掻いた。
「まあ……大人になったらな」
そう言うと、レシアは嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「うん! 絶対だからね!」
「わ、分かったっての……ったく」
嬉しそうにはしゃぐレシアを、俺は苦笑しながら見つめていた。
この時の俺は、こんな風にレシアといつまでも一緒に居られたらと……漠然とそんな事を考えていた。
3
レシアと一緒に、日々の苦しい生活を耐え忍んでいたある日の事だった。奴らは、突然現れた。
村人達が妙に集まっていたのが気になり、俺とレシアは人集りに足を運ぶ。
人集りの中心には、見慣れない格好をした二人組が、これまた見慣れない生き物に跨っているのが見えた。
「なあ、あの生き物なんだ?」
「あれはワイバーンかな……?」
「ワイバーン?」
「うん。翼の生えた蜥蜴みたいな生き物。空を飛べるって」
「へえ、空を……」
「ワイバーンに乗ってるのは……騎士様……?」
そのワイバーンに跨っている騎士は、二人ともワイバーンから降りた。
その内の一人は、道化師の様な顔で、少し派手な格好をしている男だった。男は一通り周りを見回して口を開く。
「はっ、汚い空気だねえ。流石は、最下層……ぺっ!」
男は言いながら唾を、村の住人に向かって吐いた。それで、一気に村人達の反感を買い、みんな眉を寄せる。
みんなから睨まれる中でも、男は余裕綽々な態度を崩さない。
「ふん、屑の溜まり場にこの私が、なぜ送られたのかねえ。全く、一度だけ言うよお? 私はキュスター。第99階層から来たノブリス騎士団の騎士さあ」
キュスターの騎士が名乗った瞬間、村人達が戦慄した。勿論、頭の悪い俺でも第99階層という一言で理解した。
キュスターを相手に、格下の俺達は何も出来ないということを。
「じょ、遥か上層の騎士様が一体……い、如何されたのですか?」
「んー?」
固まり怯えている村人達に代わって、村長が恐る恐る声を掛けるとキュスターの目の色が変わった。
「ちょっとー? お爺さん? 誰が口を開いていいって言ったのかなあ?」
「へ……? あ、いや、儂は……っ!?」
村長が何か言う前に、キュスターが村長の腹部を蹴り飛ばした。村長はその場に蹲り、あまりの痛みに悶絶している。
俺は思わず声を上げる。
「じ、ジジイ!」
「来るなオルトお……。儂が、儂が悪いのじゃ。騎士様に粗相を……」
「あははは! そう……礼儀のなってないお爺さんに教えただけ。そうだよねえ? みなさん? この場で1番偉いのは、上層の私……そうだよねえ?」
キュスターの問い掛けに答える者はいないが、俯くみんなの姿が物語っている。
キュスターは蹲る村長の頭に足を乗せた。
「あ、あいつ……!」
「ダメ……! オルト……逆らったら、殺されちゃう……!」
「黙って見てろってのかよ……!」
憤る俺をレシアが必死に止める。
その間もキュスターは何もできない村長を痛ぶっている。他の村人達は、何もせずに俯いていた。
「あはは! 私は上層の民! そして、君達は下層の民の中でも最下層の民さあ。私に何をされようとも、君達は抵抗する事を許されていない! さて、ではみなさん。この私に無礼を働いたお爺さんに石を投げなさい」
「「っ!?」」
キュスターの言葉に村人達が絶句した。
キュスターの足元には、既に十分過ぎる程痛めつけられ、所々から血の出ている村長の姿があった。
普段、「バカもーん! 畑仕事をサボるでないわー!」と俺を怒鳴り付けていた村長の姿はどこにもない。
「あの腐れ野郎……!」
「オルト抑えて!」
今すぐにでもキュスターを殴り飛ばしたいが、レシアを無理矢理振り解く程、俺は冷静さを欠いてはいなかった。
しかし、その冷静さなど直ぐに消えた。
一人……また一人と、村人達が各々の石を拾い出した……。
「なっ……み、みんな、冗談だろ……」
「っ……!」
俺もレシアも、大人達の行動に目を疑い、口を覆った。
「すまん……村長……!」
「ごめんなさいごめんなさい……」
「これも生きる……ためなんだ……」
「悪く思わないでくれ……!」
各々、謝罪やら何やらを呟きながら今にも村長に向かって石を投げようとしている。
いつも俺に、「男は正しい事をするもんだ!」と言って、拳骨をしていた衛兵の兄貴。他にも俺と縁のある、もしくは親しい村人達が、いつもの様子とは豹変していた。
「あっははは! いたいけな老人に向かって石を投げる村人達の図……ぷくクククっ……。いやあ、最下層なんて最悪だと思ってたんだけど、面白い余興が見れて満足だよお。さあ、やれ」
「…………」
キュスターと一緒に現れたもう一人の騎士は何も言わない。
村人達は一斉に、蹲る村長に向かって石を投げる。しかし、その石は村長に当たる事はなかった。なぜなら――、
「オルト!」
「っ……!」
我慢の限界に達した俺が、レシアを振り解いて村長の盾になったからだ。投げられた石は俺にぶつけられ、俺は頭から血を流した。
「ってえ……」
「お、オルト……」
石を投げた村人達は、俺が村長の盾になった事で石を投げる手を止めた。
「んー? なんだい? このガキは」
そう言ったキュスターを無視し、俺は叫んだ。
「みんなどうかしてるぞ! 何でこんな奴の言いなりになってんだよ! どう考えてもおかしいだろ!」
「ちょ……こんな奴は酷いねえ。でも、別におかしいことじゃあないんだよお?」
キュスターは俺のところまで歩いてくると、徐に蹲っていた村長を蹴り飛ばした。
「なっ……てめえ! ふごお!?」
「全く、礼儀のなってないガキだねえ」
キュスターは下卑た笑みを浮かべながら、俺の口を覆う様にして掴み上げる。
これからどうなるかと思った所で、今まで一言も声を発さなかったもう一人の騎士が口を開いた。
「キュスター。遊びも程々にしろ。目的を果たせ」
「ん……分かったよ。君は固いねえ……」
キュスターは俺を軽々と投げる。
「どわっ!?」
投げ飛ばされた俺は地面に叩きつけられた。しかし、幸いな事に頭を打ったりする事もなく、無事だった。直ぐにレシアが駆け付けてくる。
「だ、大丈夫……オルト?」
「あ、ああ……それより、ジジイは……」
村長に目を向けると、ピクリとも動いていなかった。嫌な想像が頭を過る。
しかし、次のキュスターの言葉によって、直ぐに意識は現実へと引き戻される。
「さて、そろそろ本題に入ろうかなあ。で、私がここに来たのは……レシアって女の子を探しに来たんだ」