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父への手紙

一年以上あいてしまいました。

久しぶりに書き始めましたのでお付き合いください。

「はぁ」


アナスタシアは自室の机でほおづえをつきながら深くため息を吐き、インクをつけていない万年筆で便箋をつついていた。


「お嬢様どうされました?」


「いぇ、お父様にどの様に報告すればよろしいのかと、やはりユージン様からお聞きしてからのほうがいいわよね。あくまでもそう見られてるだけで正式にお話があったわけではないんですもの。それに・・・」


アナスタシアはここ数日で、クラスの人だけでなく教師を含めた周りの態度が変わってきていることに困惑していた。


モエの廊下での一言を聞いた誰かによって、次の日からは日を追うごとにまるで伝承の巫女がそこにいるかのような、羨望とは感じの違う視線を送られているのだ。


かつて父親によって第一王子の婚約者候補に正式決定したときの周りの変化も、幼心に辛い出来事だったとアナスタシアは思い出していた。


(あの時は、シエラが居たから孤立せずにいれたのよね。幼馴染の彼女が離れていかなかった事が支えだったもの。)


学園の入学を機に「悪い虫がつかないようにと仮にだ!」としつこく言っていた父だが、まわりは決まったものと思われていた。


そのため、アナスタシアの周りは王子の寵愛をかすめとろうとする肉食派の令嬢と将来の王妃の逆鱗に触れてしまうといけないとただただ相槌をうつだけのような令嬢達に囲まれてしまっていた。


そんな中、幼馴染のシエラは常に変わらない態度で居てくれたのだ。


(それなのに・・・なぜ私がいじめたなんて嘘をついて会ってくれなかったのかしら。)


慣れない異国と親友との別離、そして思いもしなかった出来事でいっぱいになっていたアナスタシアはその薄い紫の目に涙をたたえ、次々と堰をきったかのように涙があふれだしてきた。


それは、父親へ送る手紙を書くつもりでいた便箋を濡らしていく。


「お嬢様っ・・・」


涙があふれているアナスタシアをみてターニャは珍しく慌てていた。彼女がアナスタシア付きになってから一度もここまで弱っている姿を見たことがなかったからである。


慌てて自らのハンカチをアナスタシアの手に渡すという、使用人らしからぬ事をしてしまったが、今はお嬢様を落ち着かせることが一番だとソファーへアナスタシアを座らせて、以前ユージンからのプレゼントで頂いた香りの良いお茶を入れたのだった。


「ターニャありがとう。このお茶・・・ユージン様からいただいたお茶ね。」


(こちらへ着いた時の彼は優しい心配りの出来る彼だったのに・・・)


食堂で一度会って以来、会えないユージンにアナスタシアは珍しく憤りを感じていた。


マノフでの彼は、この様な事態を引き起こすと分かっていて今のように放置する男ではなかったのに、今は同じ彼とは思えないほどこの事態をどうこうしようとする動きが感じれなかった。


お茶を飲みながら再び考えこみだしたアナスタシアに、ターニャはここまで心を乱されている姿は珍しいと、不謹慎ながらここへ来たのは良い影響かもしれないと思っていた。


しかし、辛そうにしている主をみるのは自らも痛いのである。


「お嬢様お辛い様でしたら学園をお休みになればいかがでしょうか?」


その言葉にアナスタシアは目を瞑り、お茶の香りをゆっくり味わうことで自らを取り戻し微笑みながら答えを出した。


「休まないわ。だって私の役目は殿下セルゲイの防波堤ですもの。ちょうど私に注目がいって殿下も雑事にわずらわされる事もないでしょう。」


「左様でございますか。(セルゲイ殿下は今の状況を好ましく思ってないと思いますが、逆に自分が防波堤だったのにと悔やんでいそうです。)」


「ターニャ、何か今の言葉に呆れた様な響きを感じるのだけど。」


「お嬢様が成長なされているようで、ターニャは嬉しゅうございます。」


「意地悪ね。」


軽い掛け合いが出来るほどアナスタシアが落ち着いたようで、ターニャはほっとして本題に入る事にした。


「お嬢様、旦那様のお手紙をそろそろお出しにならないと。」


アナスタシアは、先程から便箋を万年筆でつつくだけになっていた悩みのタネを思い出した。父親から毎日でも欲しいと言われた手紙を前に送ってからすでに1週間書いていないのである。


ユージンに学園で会ってから始まったアレコレも悩ましいのに、崇拝されているかのような今の状況をどう報告したものかと手紙を書く気になれてないのである。


別にその事に触れなければいい話なのだが、隠してもいつかは気づかれそうな気がして、どうも気になってしまっているのである。


それが、聡い父に不信感をあたえてしまうのではないかと。それでなくても、もうじき心配して人を寄越してきそうだとアナスタシアは考えている。


「やっぱり、正直に書くしかないのかしら・・・」_


アナスタシアの一言に、間髪入れず公爵の親バカ具合を知っているターニャは止めに入った。


「旦那様が無理を押し切ってこちらにいらっしゃいそうですので、おやめになった方がよろしいかと思います。」


「いくらお父様でもそこまでなさらないわ。でも、こんな噂になるなんて恥知らずだとお思いになるわよね。第一王子とのこともありましたし。」


「...でしょうか。(親バカの認識が甘うございます。)旦那様は決してそのようなことは思われないと思います。(婚約破棄についてはガッツポーズして喜んでいらしたので。)」


「でも、ありのままに書くのは良くないとターニャは思っているのね。」


「あまりにも突然のことですので事情がはっきりするまで、ご相談されるのはお控えになった方がよろしいかと。(旦那様が暴走されますと、向こうも大変ですので。)」


ターニャのひどく真剣な様子に、あくまで噂だからマノフ王国にいる家族に心配をかけるわけにはいけないのからと、アナスタシアは差し障りのないことを書いて送ったのだった。


もちろん涙まみれになった便箋はターニャによって速やかに破棄されていた。そんな便箋で書いた日には公爵が破れない結界を破ってきそうな勢いでやって来ることが誰の目にも明らかなほどアナスタシアを溺愛しているのである。

読んでいただきありがとうございます。

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