不穏な気配
朝、ヨシの村を出て昼過ぎには首都ケイトに着いた。
馬車の中で、充実した旅に早くもお土産話が出来たと盛り上がったのはいうまでもない。
首都ケイトは外周はヨシで見た様な木で出来た建物が多かったが、中央に向かって行くと陶器で出来た屋根や白い壁の家が目立ってくる。その中に、石造りのマノフ風建築の屋敷があった。
まずは滞在する屋敷にて身支度を整えてから、国王に挨拶に向かう事になっている。そこで、ターニャはここぞとばかりに気合を入れて磨きあげた。
髪をサイドを三つ編みにしてアップにし、ドレスは瞳と同じ薄い紫色で、Aラインのスカートに花とビーズがあしらわれた袖のあるタイプである。
仕上がった姿は、アナスタシアの儚い美貌をより引き立たせている。
(うん、マノフの宝石と呼ばれる名にふさわしい姿に出来上がった。)
その姿を見てターニャは満足げに頷くのだった。
屋敷を出た馬車は深い堀にかかった橋を通り、木造の大きな門をくぐって一番大きな建物の前に着いた。
馬車から降りたセルゲイはマノフ王国の正装である濃紺を基調にした服を着て、アナスタシアをエスコートするのだ。
侍従に案内されて板張りの廊下を進むと、謁見の間には国王と国王の精霊であろう1mほどの大きさの亀、王太子であるユージンとアケボシが、少し高い位置にある畳敷きの上に並んで座っている。
「第2王子のセルゲイ・マノフと彼女はツェーコフ公爵令嬢アナスタシアでございます。この度トウダ学園への両名の留学をお許しいただきありがとうございます。」
「我がジハネ王国へようこそ参った。王太子も貴国では大変世話になったと聞いておる。謹んで感謝申し上げる。」
マノフ王国の国王からの書状や贈り物を渡し公式な謁見は終わりをみせ、晩餐会となった。
晩餐会には国王一家がおり、それぞれの精霊もまた側に控えている。
その日の食事はマノフ王国でも食べられている料理で、味付けはジハネ風になっている。
前菜は生の魚を使った料理でピリっとした味が食欲をさそい、メインの特産の牛肉をつかったステーキは柔らかく、デザートの繊細な甘さに舌鼓を打つのだった。
しかし、アナスタシアのお皿に乗っている料理の減りは遅かった。なぜなら、少し離れた席から舐め回す様な視線を向けられていたからである。
(背中がぞわぞわする...なんて気持ち悪い視線かしら。きっと第1王子よね、確かめたいけど見たくないわ。)
第1王子はユージンになんとなく似ていたが、受ける印象は真逆で陰気な印象だった。肩には同様に赤い鳥ではあったが、可愛らしい小鳥だったのがチグハグで必要以上に記憶に残っている。
アナスタシアはなんとか気力でその場にいたが、さすがに我慢しきれなくなったのか顔色が悪くなってきていた。
「父上、お開きにしてはいかがでしょう。お二人とも連日の移動で疲れていると思います。」
「うむ、また向こうでの息子の話を王妃に聞かせてやってもらえるとありがたい。ゆっくり休まれよ。」
顔色の悪さを見かねたユージンが気を利かせて退席を促してくれたのがアナスタシアは嬉しかった。
セルゲイと共にその場を離れ馬車まで辿りついたところで、歩けないほど憔悴してしまい心配をかけてしまうのだった。
「お姉様、大丈夫ですか?セバスチアンには僕から話しておきますので、休んでください。」
「ありがとう...」
セルゲイも第一王子の視線が気になっていた、姉と慕うアナスタシアに危害を加える様な者は彼も置いておけないのである。さっそく対策を練る為にセバスチアンに話すのだった。
(あそこまで不躾な視線を受けたのは初めてかもしれない。気持ち悪くて疲れた...)
ターニャに支えられながら歩いて部屋へともどる。
「お嬢様、手が大変冷たくなってますね。大使館から桜の入浴剤を分けていただいたので、そちらをお入れしましょう。」
桜の香りと温かいお湯に包まれて、緊張がほぐれ体温が戻ってきた気がするのだった。
(ここまでお嬢様が憔悴されるとは...第1王子とはロクなのがいないのでしょうか...要注意人物です。)
ターニャから様子を聞いた、お嬢様第一主義のミルド家の者たちは朝になるまで対策を練るのである。
風呂を上がると、枕元に箱と手紙が置かれていた。
「今日は兄が失礼なことをした。少しでも気分が晴れるといいのだが。」
急いで書いたのであろう少し乱れていたが、綺麗な字で書かれている。そして、手紙からは柑橘系の香りがふんわりとかおって、あの時のことを思わせた。
箱の中身はお茶で、心地よい眠りを促すものだと届けてくれた侍従から聞いたそうでターニャが教えてくれた。
入れてもらったお茶も飲んで体の中からも温まると、ユージンの心遣いを思って今日あった嫌なことも少し薄れるのだった。
読んで頂きありがとうございます。
前半部分の文章の流れが悪かったので書き足しました。