ジハネの精霊
アナスタシアはセルゲイ、ユージン、ターニャと共に馬車に乗って、学園のある首都に向かっている。
イサカから出るとすぐ山に入り、少し肌寒く感じるくらいである。
「今日泊まる場所は、桜の名所なんだ。ちょうど満開になってるようで運がよかったな。」
イサカと首都ケイトの間は単身で馬で駆けると1日でつける距離になるのだが、大所帯なので馬車でのんびりと向かっている。
「昨日の髪飾りの花を見る事が出来て嬉しいですわ。それに昨日のさくらの香りの入浴剤も良い香りでしたし。」
「残念ながら精製しないとあの香りは出ないんだ。だが、気に入ってもらえて良かったよ。」
昨日買った珊瑚の桜のバレッタがハーフアップした髪に付けてあるのを見て、ユージンはとても嬉しそうに笑った。
「っ、前から思っていたのですが、港町から首都まで近いですね。」
セルゲイは向かいに座るターニャからの無言の圧力があったのか、やや顔を引きつらせながら唐突にユージンに語りかけた。
「マノフ王国は大陸内部から発生した国ではあるので港まで遠いのは当然なんですが、ジハネ王国は周りが海に囲まれているとはいえ国の出入り口から近すぎませんか?友好的ではない国も数日の場所にありますよね。」
「セルゲイ王子は知らなかったのか...我が国は、精霊によってジハネの民に災難をもたらすものは近寄ることが出来ない。ジハネに訪れようとして、どうやっても自分の国から出れないなんて嘘か本当かわからない話もあるくらいだ。」
「そうだったのですか...」
「おそらく、留学が決まっていたから体験してこいって事だったんだろう。先入観を持つより気づくことの方が大事だからな。それに、セルゲイは精霊に歓迎されている。」
アナスタシアの膝で丸まってまどろんでいたアケボシが、いつの間にかユージンの肩に乗ってセルゲイの頭をツンツンしている。
「うぅ、痛い。」
「アケボシは俺の精霊でな、嫌いな奴には近寄りもしない。それに、もっとも大事な場所は更に内陸に入った所にある。」
(そういえば、イヴァン殿下にたいしてアケボシはいつも威嚇してた気がするわ。でも近寄らないわけではなかったのよね。本当は嫌われてなかったってことかしら?)
学園に居た時はイヴァンとシエラ、ユージン、アナスタシアの4人で昼食をよくとって居たのだが、アケボシがイヴァンのおかずをとったり、髪をつついたりしてる姿がよく見られていたものである。
ユージンによる講義はまだ続いている。
「精霊は、王家の元に7歳になると訪れる。父は玄武という種類で、俺のは朱雀だ。精霊の格が王位継承順になることもあって、今までに女王や一番末の王子がなったりしてるのが、他とは違うな。実際俺もセルゲイ王子と同じ第2王子だ。」
アナスタシアも第2王子であったことを知らなかったようで驚いている。
「政争とは無縁で良い国ですね。」
「だといいのだがな。」
セルゲイの言葉に気になる返しをするユージンであった。実際、歴史には何度か不可解な王太子の死があるのだ。
その後もたわいもない話を続けながら馬車は道を進み、日が暮れそうなころヨサの村に着いた。
「きれい...」
村の建物は木材の平屋建てで、絶妙に配置されている薄い色の小さい花がこぼれんばかりの木々が、薄闇の空に淡く浮かびあがって幽玄な美しさを醸し出している。
「桜に精霊がいるなら貴女の様な姿をしているのだろうと常々思っていたのだが...宵の桜には魔がいるという、拐かされないか心配になるよ。」
そう言って、ユージンはアナスタシアが消えてしまわない様に馬車から降りる際に添えた手を握るのだった。
「お上手ですのね、あの時の事は気にしないで下さいませ。」
ユージンが前と違って距離が近かったり、言葉に色が含まれていることを自らの同情かもしれないとアナスタシアはそう理解した。
「そういう訳ではないんだが...」
「ユージン殿下、冷えますのでお嬢様と中へ」
更に言い募ろうとしたが、ターニャによって宿泊する建物へ誘導されるのだった。
宿で出された料理は、山で取れるタケノコを使った炊き込みご飯や苦味が癖になりそうなタラの芽の天ぷら、川魚の焼いたものなど、ジハネらしい郷土料理が出てくる。お箸が上手に扱えない客人用にフォークとスプーンで食べやすい様に配膳されている。
「その2本の串は食べるのに使うものだったんですね。僕には難しく見えるんですが...」
箸を初めて見たセルゲイ王子はユージンが器用に扱っているのを見て興味津々である。
「子供の頃から使っているからな、俺にとってはナイフやフォークの方が慣れないよ。使い勝手が良いと各国の大使でも人気なんだ、セルゲイ王子も試してみると良い。」
給仕に箸を用意させてセルゲイは見よう見まねで試してみるが、箸がクロスしたり棒になったりとなかなかに難しそうだ。
「あら、この柔らかいプティングはお野菜が入っているわ。」
「あぁ、これは茶碗蒸しという。入っているのは春に採れる野菜ばかりだが、私は冬になる頃食べられる銀杏が好きだ。」
食事を楽しんだ後、場所を移動して皆でゆっくりとくつろぐ事になった。
窓の外には灯りがともされた中庭が見えた、桜だけでなく花や木が美しく見えるよう配置されている。
ソファに座ると給仕によって飲み物が用意された。
「このお酒は甘くて良い香り...」
「梅という実を漬け込んで作る果実酒だ。この梅も桜とは違った趣の花が咲く。」
「僕のも梅を漬けた水ですか?爽やかな味ですね。」
「これは体の疲れも取れるんだ...ゆっくり身体を休める暇がなくて申し訳ない。」
少しだけお酒を楽しみそれぞれの部屋に移動するのだった。
「お嬢様、今日は木のお風呂ですよ。他の国というのはこうまで違うものなのですね。」
別室に作られたお風呂はヒノキで作られており、爽やかな木の香りが湯気によって部屋に満たされている。マノフ王国のお風呂はここまで湯に浸かるのに特化してないため、ターニャには面白く感じるようだ。
「ターニャったら...今日も良い香りだわ。この国は良い香りのものが多いのね。」
木のお風呂に入ると肌が滑らかになった様な気がして、美容に熱いシエラが知ったら喜びそう。と思うのだった。
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