4人の婚約者候補と2人の王子(4)
「時間を取ってもらってすまないな。」
「いや、こちらこそ我が国の至らないところを助けていただいて感謝している。」
「すまないが、人払いして貰ってもいいかな?安心していい、襲って食ったりはしない。君の可愛い婚約者に恨まれたくはないからね。」
そう言ってユージンの執務室にお忍びで現れたエリザベスは、不適な笑みを浮かべながら軽口をたたく。
「アナスタシアが嫉妬してくれるなら嬉しいが、エリザベスでは役不足だな。申し訳ないが、こいつだけいいか?俺の右腕になる予定なんだ。」
「ユート=マエダと申します。次期大公様お見知りおきを。」
「マエダ・・・あぁ、爺か。爺の孫になるのか?」
「そうだ。よくエリザベスは正座で怒られていたな。」
「ふん。爺は元気なのか?」
「いえ、数年前に鬼籍に入りました。」
「そうか・・・。今度墓へ詣らせて貰おう。」
「祖父も喜ぶと思います。」
「本題から逸れたな。今日わらわがこちらに来た訳だが・・・」
エリザベスが本題を話し始めてすぐ、何か気になることがあったのか右上の天井を見上げて、ユージンの側にいるアケボシを見た。
「何かあったのか?」
「ん・・・いや気のせいだったようだ。巫女殿はご健在なのだな。」
「あ、あぁ。そうだが今回の話に関係があるのか?」
エリザベスは近くにある椅子に腰掛けた。間をおかずにサイドテーブルにユートお茶を用意したのだが、そのお茶で口を少し休ませたあと話はじめた。
「ナツだが公爵邸を引き払って無事、わらわの屋敷で過ごしておる。医者に診て貰ったのだが、まだまだ栄養失調のようだ。それに身体も心も年齢に達していなくてな、公爵家の扱いは本当にひどいものだったようだ。」
「こちらも調べたが、ナツ嬢が生まれた生年月日はかろうじて残っていた。しかし母親の事については一切記録に残っていない。ナツが公爵の血縁だと認められたのはホソカワ家の血縁にしか現れない痣があったからだそうだ。」
「どこの血統にも、何かしら受け継ぐものがあるのだな。ナツにとっては公爵家に引き取られたのは良かったのかどうかわからぬがな。」
そう言って、エリザベスは苦虫を噛み潰したような顔をした。ユージンも同じように不愉快な顔をしている。
「で、だ。その受け継いだ髪の色なんだがな。本題はこっちのほうだ、この国に関わる大事であるから人払いしてもらったわけなんじゃが・・・。恐らくだが、ナツの母親は始まりの巫女の出身のキングラン王家に縁しているものだろう。」
その言葉に、ユージンは驚きを隠せないようだった。
「なぜ、入れたのだ。キングラン王家は勇者と聖霊を憎んでいるはずだ、未だに巫女の返還を求めてる。」
「そのはずなんだがな。何かしらの方法を使ったのだろう。最初はわらわの系統かと思ったのだが・・・国に調べさせた結果では血縁の者達で不明のものは居なかった。グランドリア公国でいなければ、同じ赤毛の血統はキングラン王家しかいない。わらわも、あの様な国と一緒にされたくは無いのだがな。」
エリザベスはとても嫌そうな顔をした。グランドリア公国は、キングラン王国から巫女と勇者の味方をして分かれた国で、グランドリアをいまだに国として扱わないキングラン王国と犬猿の中である。
キングラン王国は、自国の姫であった巫女によって異国から勇者を呼び寄せた元凶の国であったのだ。ジハネ王国の正当な所有者は自国であり精霊も王家の下僕だと未だに本気で思っているのだ。
「そこまで調べてくれたのか。感謝する。巫女はすでに敵が身近に潜んでいると言っていたが・・・まさか公爵家に入り込んでいたとは。しかし、公爵のナツ嬢への扱いを考えるとうまくはいかなかったようだな。」
「そうかもしれないが・・・巫女殿がそうおっしゃったのであれば、気をつけて置く事に越した事はない。」
「わかった。ユート、すまないがアナスタシアの身の回りをさらに気をつけて見てもらえるか?」
「承知致しました。」
「ユージンが見染めるとは普通の娘では無いと思ったが、どうやら精霊にとって重要人物のようじゃな。わらわの方でも気をつけておくとしよう。」
その後は、昔懐かしい思い出話に花を咲かせてお開きになった。
しかし、エリザベスとユージンの心配が杞憂であるかのように、ナツの側にもアナスタシアの側にもキングラン王国の息が掛かっているような者が現れることはなかった。
そしてナツの母親についても足取りが、公爵の愛人として突然あらわれるよりも前のものが誰かが故意に消したかのように見つける事が出来なかった。かつての愛人宅の使用人として居た侍女ですら愛人がどの様な容姿をしているのかさえも覚えていないというのは、明らかにおかしい事だった。
ユージンもまた悩んでいた。ナツの出生の秘密と自分達に訪れる可能性のある敵の因果関係についてアナスタシアに伝えるかどうかを決めかねていた。それを知る事によってアナスタシアを怯えさせてしまうのでは無いかと、自分の側から離れていってしまうのではないかと余計な事を考えてしまっていたのだ。
しかしユージンは大事なことを忘れていた。アナスタシアが精霊にとってもジハネ王国にとっても大事な人物であることを知られてはいけないということを。ユージンの恋心だけでアナスタシアが婚約者候補として有力という訳では無いことを敵が知ってしまう機会をいつ与えてしまうのかを。
「アナスタシアさまのお指には変わったもようがあるのですね。」
「そうなんですの。お魚さんに噛まれてしまったのよ。金色の綺麗なお魚さんでしたの。」
「いたい?」
「いいえ痛くはないわ。ナツ様はお優しいのね、ありがとうございます。」
エリザベスの屋敷では、ナツの様子を見に来たアナスタシアがナツに絵本を読んであげていた。その際に、ナツが指の痣に気がついてアナスタシアに問いかけたのだった。アナスタシアはサンリでの出来事を話してあげると、ナツは以前とは違って好奇心旺盛に魚とはどのようなものなのなどと目を輝かせて聞いて来たので、今度は王子達と一緒にピクニックに行きましょうと約束をするのだった。




