聖霊の巫女(4)
「叔母上ですか?」
「ここで会うのは初めてだったわね。間違いなく貴方の叔母で聖霊の巫女よ。」
「ご健勝でなりよりです。ずいぶん肌ツヤがよくて安心しました。」
巫女はユージンの言葉にとても哀しい目をして微笑んだ。それは一瞬の事で、とてもいたずらっ子のようなユージンと似た笑顔をうかべてやり返す。
「女性に年齢の事を匂わすようでは、意中の相手に飽きられてしまいますよ。」
「失礼しました・・・・」
くすくすっ。
2人の仲の良い掛け合いに、アナスタシアは思わず笑ってしまった。とても緊張していたが、この事で余分な力が抜けたように感じる。
「初めまして、マノフ王国公爵令嬢アナスタシア様。このような遠方までお越し頂きありがとうございます。我が身はここから離れられない身のゆえ。」
「いえ、私の個人的なことでお時間を頂いているのです。私が足を運ぶのが当然です。」
「そんなことないのよ、私にとっても必要な事だと聖霊様がささやいたの。さぁ、側へ寄って頂戴。傷のある方の手を私の手に・・・。」
差し出された手に自分の手を乗せる、巫女の手は人形のようにヒンヤリして本当に生きた人間なのか疑ってしまうほどだった。
どこからともなく風が舞い上がり、巫女の目元の布がめくれて目があらわになる。その目は金色に光輝いている。そして風が止むと再び布が彼女の目を隠した。口元は喜びを隠せないほど微笑んでいたが。
「種はまかれた、芽も出た、花が咲くには雨を呼ぶ鳥が教えてくれる。あぁ、フウガ、私たちが待ち臨んだチャンスがやって来たのよ。」
『フウカ、体に悪いから興奮するな。ユージン、この託宣は外で話してはならない。そして彼女はこの国を左右する存在であることを教えておく。しっかり護るのだ!聖霊の守りを崩そうとする悪意は青龍の不在により、十数年前よりこの地に根を下ろしている!』
そう声を声をかけてきたのは、巫女の側にいた2メートルくらいある白虎だった。
「フウガ話せたのか?」
『我はすでに1000の時を過ごしている。この場であれば意思疎通が出来てもおかしくはないのだよ。それよりも、わかったのか?』
「あぁ、わかった。もとより離す予定はない。」
そう言ってユージンはアナスタシアの手を取って向かい合う。
「本当はもう少し待っていたかったが、この場で俺との婚約を約束して欲しい。この国を左右する存在に貴女はなってしまった。」
アナスタシアは状況が把握出来ずに目を揺らしている。
「俺は、貴女とこれから先の人生を共に歩みたいと初めて会った時から思っている。」
自分を大切に想ってくれる事が嬉しい。少なくとも前の婚約と違って自分の心がユージンに向けてあるのが分かる。アナスタシアの気持ちを感じてか左の小指の傷がチリチリとし始める。
「痛っ」
「大丈夫か?」
「指の傷が痛くて・・・」
「傷の形が変わった?」
波打つ輪っかのようになっていた傷の一点から手の甲へ向かって、1本の波打つ線が出来ていた。
「辛くないか?」
「えぇ、もう大丈夫ですわ。それに・・・」
自分の気持ちが育つように変わっていく傷を見つめて、今度こそ間違ってない、流されてないと心の中で確かめ、ユージンの目をしっかりと見つめた。
「婚約のお話お受けいたします。」
「・・・・」
ユージンは嬉しさのあまり、アナスタシアを抱き寄せて、優しく抱きしめた。
柑橘系の香りと激しく振動するユージンの心臓に、アナスタシアはとても暖かい気持ちになって、おそるおそるユージンの背に自らの腕を回した。
「青春ね〜。」
『こらっ。静かに。』
「ユージン様、ちょっと恥ずかしいです。」
「ユージンだ。」
「ユージン、巫女様とフウガ様が見てます。」
「席を外してくれても良かったのですよ、叔母上。」
そう言って、渋々とユージンはアナスタシアを腕の中から解放した。
「そうしてあげたかったんだけど、ごめんなさいね。本当にここから出ると命の危険があるのよ。」
「叔母上・・・何があったのですか?」
「元々、私の体が弱いせいもあるのよ。聖霊様の力のおこぼれで生き長らえてるけど、いつまで持つか分からないわ。信託の「雨を呼ぶ鳥」を探して花開かせて。どうか最悪の未来から最善の未来へお願いよ。」
そう言って、フウカはフウガを抱きしめた。フウガも慰めるように鼻面をフウカに押し付けている。
「もしかして・・・フウガは、転生の時期なのですか?」
『あぁそうだ。』
「そんな、そんな・・・やはりアナスタシアはマノフ王国へ。」
『無理だ。もはや彼女はこの国から出られない。だから最善の為に「雨を呼ぶ鳥」を探す必要があるんだ。』
ユージンは再びアナスタシアを抱きしめた。ユージンの体は何かに怯えているかのように震えている。そんなユージンをアナスタシアからも抱き締める。
「すまない。・・・転生の時期は島の結界が一気に緩み反動がくる、本来なら転生の時期は他の3つの大精霊で押さえることで被害を防いでいたんだが・・・前回の朱雀の時にはすでに青龍がいなかったと資料が残っている。その時は山が怒り赤い血を流し、土を溶かして湖となったと聞いている。被害も凄かったと記載されていた。それだけでなく・・・・当時の押さえていた一人が亡くなってもいる。」
『我の相手だった。風と火の相性が良すぎたからだろう。だが、今は青龍の手がかりが見つかった。まさに運命の相手だな。』
「こんな危険なことに巻き込むと思わなかった。なんで気付かなかったんだ、恋に浮かれていた自分が情けない・・・。」
ユージンの目から涙が落ちてくる。アナスタシアは袖でユージンの目元をぬぐう。
「舞踏会の時と反対ですわね。私は・・・ユージンを死なせたくはありません。自分でも意外でしたわ、大事な事にはあきらめが悪いようです。」
ユージンの頬に両手を添えて、しっかり目をみつめながらアナスタシアは微笑んで言うのであった。
その言葉にユージンはとても幸せそうに微笑んでアナスタシアのおでこに愛おしくキスをした。
『口でもいいんだぞ。フウカは見てないから。』
「フウガにも見せたくない。」
「えっ何がおきてるの?ちょっとフウガ手をどけて。」
先ほどの緊迫感が一気に解けて、笑い声が部屋に充満した。
『2人で探せとは言わない。本宮まで入れた者たちは信頼できるだろう。皆で力を合わせると良い。』
「わかった。また動きがあれば知らせる。」
「また会えるのを楽しみにしているわ。ふふっ。」
「フウカ様、楽しみにしております。お元気で・・・」
2人から見送られ、ふすまを通り戸から出る。
「結構な時間が経っているので心配してたんですがね。仲がよろしいようで。」
「今更ですよ。」
「えぇ、左様でございます。」
ユージンとアナスタシアが見つめ合いながら手を繋いで出てきたのだから仕方のない話である。




