断罪から旅へ
ストックが切れるまで毎日更新していきたいと思います。ちゃんとした恋愛ものは初めてです。
島国へ向かって南下していく船の甲板に、風で飛ばされそうな帽子を片手で押さえている女性がいる。
帽子から太陽の光を反射してきらめく銀色の髪が見え、その美しい顔にほんのりと紅潮した頰が少女めいた危うい魅力を振りまいて、他の乗客の視線を集めている。
「海って広いのね。」
「えぇ、お嬢様。私も初めて見ましたが見事なものですね。」
「ジハネ王国は海に囲まれているのよね、楽しみだわ。」
アナスタシアはまだ見ぬ島国に思いをはせている。ここ数ヶ月の彼女とは打って変わった元気な姿に、そばに仕えているターニャは穏やかな笑顔を浮かべていた。
同僚から鉄面皮と呼ばれている彼女にもそんな顔ができるのかと知っている人間がいれば思っただろう。
アナスタシアは半年前、自らが通っていた学園で婚約者である第一王子から婚約破棄を言い渡されていた。
生徒会室に呼ばれたアナスタシアが見たのは、青い顔をした第一王子と心配そうな顔の騎士団長の息子、怒っている宰相の息子、そして無表情のジハネ国の王子が揃っている姿だった。
挨拶をしようとドレスを持ち屈んだ瞬間、第一王子が早口でまくしたてた。
「公爵令嬢アナスタシア、シエラ嬢にきつくあたっているようだな。それに命に関わるような不可解なことが起こっていると聞いている。それも君が裏で糸をひいているとか。未来の王妃にその様な心根の者がつけると思わないことだ。」
「私がシエラにその様なことをするはずがございません。王子もご存知のはずではございませんか。」
シエラと第一王子と私は幼い頃から一緒に過ごしてきた仲である。私たちが親友であることなど王子はよく分かっているはずであった。
「シエラの近しい友人であるミランダ、カリナ、クリスタから、嘆願があったのだ。言い訳など聞きたくない。婚約は解消する!下がれ。」
王子の口から出たのは、シエラがどちらかというと自らの親に渡りをつけようとする魂胆が見え見えのため嫌がっていた者たちの名前である。
彼女達はいつシエラの友人になったのだろうかとアナスタシアは不思議に感じたのだが、王子に反論する機会も与えられないまま、婚約破棄を言い渡された。
学園から戻り、肝心のシエラに会おうと屋敷に先触れを出したが病気療養を口実に会うことができなかった。
病気とは無縁そうな彼女がかかる病気とは深刻そうでアナスタシアは心を痛めたのだが、どうすることもできなかった。
結局彼女に会えないまま、ジハネ王国の王子に騒動が落ち着くまで留学してはどうかと提案を受けてかの国へ向かっているのである。
「アナスタシア嬢、甲板で風に吹かれていますと風邪を引いてしまいますよ。さぁ、中で僕の話し相手をしてくれませんか?」
海を見つめながら半年前の騒動をふと思い出していたアナスタシアの背後から、明るいボーイソプラノの声が掛けられる。
振り返ると金色の髪が眩しい少年が手を差し出している。その大人びた態度が可愛らしく、アナスタシアは微笑んで彼の手に自らの手を重ね船内に戻る事にした。
「セルゲイ殿下お気遣いありがとうございます。」
「いえ、儚げな姿に消えてしまうかと思いました...愚かな兄の事などお忘れください。僕には兄に代わってアナスタシア嬢を楽しませる義務があるのですよ。」
背伸びした王子の言葉にほほえましく感じるのだった。そして、そんなに酷い顔をしていたのだろうかと空いた手を頰にそえた。
そして、手紙の返信もない友に思いを馳せるのだ。
「シエラは大丈夫かしら...心配だわ。」
アナスタシアの言葉にターニャは複雑な思いを心に留めつつも、表情に一切出さず2人の後ろについて船内に入るのだった。
船内の王子の部屋の応接室には、軽くつまめる軽食とお菓子が用意されていた。向かい合って座る2人に御付きの侍女が爽やかな香りのする紅茶を注いでくれる。
「ジハネ王国へ貴女とご一緒出来るとは思いませんでした。公爵は国外へ出ることをよくお許しになりましたね。」
「えぇ、父は領地に下がってはどうかと話しておりましたが、アレクシーが姉上は国から離れて気を休めた方がいいと進めてくれましたの。それにしても...セルゲイ殿下、もうお姉様と呼んでくださらないのね。」
わざとらしく目をふせて憂いを帯びた様子をみせると王子は顔を赤くして、
「からかわないで下さい。僕だってお姉様が居なくても王族として学園に通えますからね。」
「わかっているわ。ただ寂しかっただけよ。それに私が一緒に留学するのは、ジハネ王国へ行く建前だって解っているでしょ。」
アナスタシアは、大陸でも1位2位を争う大国の第2王子であるセルゲイのあらゆる危険、主に女性へ向けての防波堤として一緒にジハネ王国へ留学する事になっている。
公爵は最後まで強固に反対していたようだが、アナスタシアは国王のお願いもありましたのでと弟から聞いている。
肝心の公爵は突然の政務で城に留め置かれており、父に出発の際にも会うことが出来なかったことは、親を恋しがる歳ではなくとも寂しく感じるのであった。
「僕はアナスタシア嬢の方が不埒な男に言い寄られないか心配です。何かありましたら、絶対っ僕に話して下さいよ。」
お茶を一口飲んで王子は再び呼び方を戻して、真剣な顔をして話すのだった。
「僭越ながら、お嬢様の安全は公爵様より、ミルド家が(うざいくらい)託されておりますのでご安心下さい。」
「セバスチアンまで一緒に付いてくるとは思わなかったわ。我が家の家令長なのに大丈夫なのかしら。」
「ミルド家一家総出ですか、公爵はそれだけ貴女を大切になさっているのですね。」
ミルド家は、公爵家が代々子飼いをしている私兵の中の一家である。武にも智にも優れた万能使用人であることは王子も知っており、公爵の本気に寒気さえ感じるほどだった。
海は特に荒れることも無く、一週間ほどでジハネ王国の港イサカへ到着するのだった。
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