第9話 三宝の鬼退治
むかしむかし泉北の里の山奥に二匹の兄妹の鬼がおりました。
二匹の鬼は度々里へと下りてきては、作物を食い荒らし馬や牛を連れ去ったりして、里の者は大変困っておりました。
そんなある日の事。
鬼を退治するために都から武士がやって参りました。
村人は大層喜びましたが、都から来たのは武士ただ一人。
二匹いる兄妹の鬼には敵いそうにありません。
「鬼は二匹おります。いくらお武家様でも退治するのは難しいやも知れません。」と武士のことを心配しますと、武士は胸を張りまして「俺に妙案がある。」と言いまして、都から三つの葛籠を取り寄せました。
一つ目の葛籠の中には煌びやか金銀財宝。
二つ目の葛籠の中には雅やかな反物。
そして、三つ目の葛籠の中には一体の仏像が入っておりました。
かくして準備が整いますと、武士は早速鬼の出る山里へと参りました。
そうして、武士は山に向かって大声で「兄鬼様、妹鬼様、話がござる。」と声を上げますと、「さてはて人が何用じゃ?」と二匹の鬼が姿を現しました。
武士は深く頭を下げますと「お願いを申しに参った。」と鬼の目を見据えて言いました。
「聞けば、お二方。度々に里に降り、村を襲っておるという。
それを止めて頂いたい。」
武士がそう言いますと、兄鬼はジロリと武士を睨みつけ、妹鬼は「それは無理じゃ。」と笑い声を上げました。
「ただただ止めろと言うのではない。
それと引き換えに宝物を持って参った。
どうじゃ?それならば止めて頂けるか?」
「宝物とな?ならば、まずはそれ次第。見らぬ事には返事はできぬ。」
武士は見事、宝物という言葉で兄鬼と妹鬼の気を釣り上げたのでございます。
そして、物欲しげに眺めている鬼の目の前に三つの葛籠を差し出したのです。
「まずは一つ目。これは兄鬼様に。
陸奥の金。石見の銀。珊瑚に翡翠でござる。
それから二つ目。これは妹鬼様に。
京の都で織りました反物にてござる。」
兄鬼は煌びやかな金銀財宝を、妹鬼は雅やかな反物を、両の手に取りニッコリ、ウットリと微笑むと、残る一つの葛籠へと欲にまみれた眼差しを向けました。
「これは他の宝物とは比べ物になりませぬ。」
武士は勿体ぶって兄妹の鬼の前に最後の葛籠を差し出すと、蓋を取らずにジッと鬼が葛籠を手に取るのを待っておりました。
「どれどれ中を拝見しよう。」
我慢が出来ずに兄鬼が葛籠の蓋を開けると中には金色に輝く一体の仏像が入っておりました。
「これは念願成就の仏様。
この仏様に念ずればどんな願いも叶えてくださるという、有り難い仏様でござる。」
兄鬼がその仏像を手に取り物珍しそうにクルクル回しておりますと、武士は妹鬼に向かって言いました。
「この仏像に願えば、若返ることも歳を取らぬことも思いのまま。不老不死とて叶いまする。」
若返る。歳を取らぬ。と聞いて妹鬼は兄鬼から仏像を奪い取りました。
その様子を見て武士は、今度は兄鬼に向かって言いました。
「この仏像があれば一生分の美味い酒、山の幸、海の幸はもちろん、一国一城の主になるのも夢ではありませぬ。」
「一国一城?儂がか?」
兄鬼は仰天すると、仏像に頭を下げてパンパンと手を打った妹鬼の前から慌てて仏像を奪い返しました。
「妹者なにをしやる。それは儂の仏像ぞ。」
「何を言いやる兄者。
兄者の宝物は金銀財宝。
引き換えれば何でも手に入りやる。
それに引き替えわらわの宝物は反物。
雅やかな着物は確かに宝物であるが、反物は反物じゃ。
ならば、兄者は金銀財宝で十分。
この仏像はわらわが頂きとうござる。」
「それはならん。
この金銀財宝は妹者にくれてやる。
ならば、お主も納得いこう。」
「お断りいたしまする。
如何に金銀財宝が高価な物であろうと、不老不死には敵いませぬ。
兄者こそ、その金銀財宝でご納得下さいませ。」
兄妹の鬼は念願成就の仏像を取り合って手に手に力を込め合いますと、妹鬼の鋭い爪が兄鬼の手の甲に一筋の傷を付けたのでございます。
その傷から出でたる兄鬼の血が沸々と泡を立てて煮えたぎりますと、ギンと兄鬼の目が金色に輝きました。
「おのれ妹者。この儂に逆らうか。」
「兄者こそ欲が過ぎるというもの。」
兄妹の鬼の身体は見る見るうちに一回り二回りと大きくなり、毛は逆立ち爪と牙は鋭くなりました。
そうして始まった二匹の鬼の争いは、二日経ち三日経っても終わらずに、四日目の夜明けに朝日に目の眩んだ兄鬼の首元に妹鬼がガブリと食らいついて、ようやく決着が着いたのでございます。
これで念願成就の仏像は妹鬼のもの。
妹鬼は傷だらけの身体を引きずって仏像を手を伸ばそうとしましたら、その瞬間。
今まで黙って見ていた武士が刀を一振りエイヤと切り下ろせば、妹鬼の首がパーンと胴から離れたのでございます。
こうして二匹の鬼は見事退治されました。
それから、武士はその地に鬼封じのお堂を立て、その刀と念願成就の仏像を納めますと、二度と鬼が出ぬようにと念じたのでございます。
そうしてそれ以来、鬼の荒らされて困り果てていた泉北の里に鬼が現れることはなくなり、村人は平和に暮らしましたとさ。
めでたし。めでたし。