第5話 俺に妹なんていないよな!
あのあと、お爺ちゃんは慌てて三琴のお母さんに病院に連れて行かれて、残された親父さんと三琴は重たそうに御神体の古木を抱えて台に乗せて、ワゴン車に積んだんだよな。
そうそう積み終わってから「少しは手伝ってくれてもいいじゃない?」なんて言われて、「いや俺、神官じゃないし。」なんて言い返したっけ。
まぁもちろん口からデマカセだ。
あのミイラに見えた古木が気味が悪くて近寄れなかった。なんて口が裂けても言えるはずがない。
ともかく雨はすぐ止んだけど、俺も三琴もずぶ濡れだったから、その後は簡単に親父さんに挨拶を言って家に帰ったけ。
そう、そうだよな。それでそのまま家に帰って、母さんに「廊下がずぶ濡れになった。」なんて小言言われて、服を着替えて、ゲームして、飯食って、寝たんだっけか。
そこまで昨日の事を思い返して俺はようやく自分が現実逃避していることに気が付いた。
いや、だから咲は居なかった。
昨日まで咲なんて居なかった。
確認だよ。確認。
いや待てよ。
そんな風に詰まらない言い訳に心の中で苦笑して、ふと思い付いた。
そうだ、三琴だ。三琴なら知ってる、俺に妹なんていないこと。
そう気が付いたら、もう居ても立っても居られなくなった。
「急に動いたら体に毒よ。」なんて言ってくれる保健の先生をおいて保健室から飛び出すと、丁度タイミングよく休憩時間のチャイムが鳴った。
俺はまっしぐらに三琴の教室に駆け込むと、周りの奴らの視線も気にせずに教室の中に入り込んで、窓際で女友達と話ししている三琴の肩を掴んで叫んだ。
「なぁ、俺に妹なんて居ないよな!」と。
三琴が固まってる。目が点だ。
いや、そんなのどうでもいいか早く答えろよ。
「なぁ、居ないよな。妹なんていないだろ?」
黙ったまま、三琴の点だった目が生ゴミを見るような目付きに変わる。
マジか?やめてくれよ。お前まで「咲がどうの」なんて言い始めたら、もう気が狂いそうだ。
「だ、だから答えてくれよ。俺に妹なんて居ないって。」
答えてくれ。いや答えないでくれ。恐怖で声が上擦って、そんな俺を憐れむようにため息一つ吐いてようやく三琴が答えた。
「あんた今度はなんのゲームにハマってんの!?」
三琴の口調に俺は安心した。これは俺に妹がいないって口調だ。
そう安心した途端、教室にいる全員がまるで変質者を見るかのような目線で俺を見ている事に気が付いた。
って、なんて事言ってんだよ、俺は。いや、でも、今のは仕方ないよな。
一人でウンウンと納得して、相変わらず腐った生ゴミを見るような目付きで俺を見ている三琴の目線に、俺の真剣な眼差しを合わせた。
「いや、本当にマジで正気で聞いてるんだよ。
俺に妹なんていないだろ?」
「だったら答えてあげる。あんたに妹なんていないわよ。
って言うか、本当に、マジでそんな質問してるなら病院に行った方がいいわよ?
それともお祓いしてあげようか?」
お祓い。
その言葉を聞いて、俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
これは本当にお祓いをして貰った方がいいのかもしれない。
「お願いしてみようかな。」と呟いた俺の言葉に「ちょっとどうしたのよ?本気で言ってるの?」と、美琴が素っ頓狂な声をあげた。
「ねぇ、本当にどうしたの?よかったら相談に乗るよ。」
思わず上げた三琴の優しい声についつい目頭が熱くなる。
人に話を聞いて貰えるってこんなにも嬉しいことだったんだ。
「実はさ、朝から俺の妹だって言うヤツがいるんだよ。」
それから俺は今朝からのことを全部話した。
朝起きたら家に知らない女の子が居たこと。
ソイツは咲っていって、俺のことをお兄ちゃんと呼ぶこと。
親父も母さんもそれを不思議に思わないこと。
それどころか、二人ともが「お前たちは兄弟だろ。」と言ったこと。
学校へ行くとき、里中や竹田、その他のみんなが咲の事を知っていたこと。
それだけじゃない、クラスの全員が咲の事を知っていて、俺の妹だと言ってること。
「まるでオカルトね。昔話みたい。」
「いや、昔話はオカルトじゃないだろう。」
「だから、オカルトかおとぎ話みたいって言いたかったのよ。」
「そうだろ?気味が悪いんだよ。みんながみんなそう言うから、なんかさ俺の方が間違ってるような気がしてきてさ。
なぁ、おれに妹なんていないだろ?」
言ってるうちにまた涙が浮かんできて、途中から泣き声混じりそうになった。
「何言ってんの。あんたに妹はいないってば。
幼稚園に通う前から一緒に居る私が言ってんだよ。間違いない。
それでも不安なら………そうだ、写真でも見ればいいじゃない。
家族の写真とか卒業アルバムとか。
居ないんだから、写ってるはずがない。
これではっきりするでしょ。」
「すげぇ。三琴、天才だな。」
そうだ、それで全部はっきりする。
少なくとも俺が嘘をついてたり、妹が居ることを忘れてる。なんて事がないって、はっきり分かる。