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泉北の女神様  作者: 大和 政
第6巻
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第49話 彼女の目覚め

 バスを降りると前も見えないほどの土砂降りの雨が降っていた。

俺は慌てて傘を差し広げると、バスの扉はビーっとブザーを鳴らして閉まった。

俺を降ろし誰もいなくなったバスは、運転士だけを乗せて終点の畑に向けて走り去っていく。

そんなバスの後ろ姿を見送り、見るとバス停のすぐ先に櫻井神社の鳥居が雨に霞んで見えた。

『そこにいるんだな。』

『此方は此処におりまする。』

 咲の言葉が導いてくれている。

俺は迷うことなく櫻井神社の鳥居を潜ると、ジャリッっと雨に濡れた玉砂利が音を立てた。


 空を覆う真っ黒な雨雲からは時折ゴロゴロと雷の音が鳴り響いていた。

土砂降りの雨は絶え間なく降り続けて、大粒の雨がバチバチバヂバチと傘を叩きつける。

それでも咲の声はハッキリと俺の心に届いた。

『此方は此処におりまする。』

 櫻井神社の境内に入ると正面に割拝殿が見える。

その割拝殿の合間からは、幣殿とその奥の本殿が見えて、そこに咲がいる。

『此方は此処におりまする。』

 それは間違いのない事だった。

空耳でもない。気のせいでもない。

勘違いでも、思い込みでもない。

この境内の向こう側に、

割拝殿の向こう側に、

幣殿の扉の向こう側に、

咲は確かにいるんだ。

 俺は幣殿の扉に手を掛けると、「咲!!」と想いの全てを込めて叫んだ。

どこに行ってたんだ?

何してたんだ?

どうしていなくなったんだ?

大丈夫か?

平気か?

どこか痛いところはないか?

けど、その中にいた咲は、死んでいた。


 胸元にグサリと日本刀が突き刺さっていた。

両手を胸元に重ね合わせ、静かに目を閉じた咲はピクリとも動かない。

「咲!咲!!」

 土砂降りの雨の音にも、どこかに落ちた雷の音にも負けないくらいの大声で叫んでも、咲にはとどかない。

なんなんだよ!なんなんだよ!!

足元に力が入らない。

視界が歪む。

涙が、溢れ出していた。

なんなんだよ!!なんなんだよ!!

やっと、やっと咲に会えたのに、なんでこんな事になってるんだよ。

もう立ってもいられなかった。

足元が組み木細工みたいにガタガタになって、俺はその場にへたり込んだ。

「咲……」

『此方は此処におりまする。』

 咲の……声だ。

へたり込んだ俺に、絶望に染まり上がった俺の心に咲の声が届いた。

咲、生きているのか?

『此方は此処におりまする。』


 咲の声に支えられるかのように力の入らない両膝に手を添えて、なんとか立ち上がると、俺は、俺と咲の間に張られた注連縄に手を掛けて、引き倒した。

「咲、生きて…いるんだよな。」

 咲の胸元に深々と突き刺さっている日本刀に手を掛ける。


 咲……


 俺は、祈るような想いでその刀の柄を両手で掴んで、咲の身体から引き抜き、投げ捨てた。

「咲!!!」

 返事してくれよ。

目を開けてくれよ。

息をしてくれよ。

もう、どこにも行かないでくれよ。


「翔。此方は此処におりまする。」

 咲が薄っすらと目を開けた。

小さく微笑んで、ゆっくりと台座の上で起き上がると、優しく俺の腕を引き寄せた。

「此方は此処におりまする。翔。」

 咲は涙に濡れた俺の頬に手を添えると、そっと俺の頭を胸元に引き寄せた。

それはあの日みたい夢と同じようだった。

「翔。

其方は兄様ではない。

声が違う。顔が違う。姿が違う。

けれど、その春の日に咲いた桜の花の如き魂魄の色は、兄様の魂魄の色と瓜二つ。

そうじゃ、そうであった。

遙か昔の記憶の果てに最早思い出すことも叶わぬと嘆いておったが……翔、翔、やはり其方は裔の子じゃ。

其方の、その兄様と何一つ違わぬ魂魄の色を見て、此方は漸く思い出せた。

兄様の姿。兄様の顔。兄様の声。

これで先に黄泉路へ立った兄様の下へ往ける。

黄泉世で今一度、兄様に逢うことができる。」

 咲は……俺の姿を見ていなかった。

胸元に抱いた俺の頭の髪を撫でながら、けど、咲は俺にではなく独り言のように呟いていた。

「咲……、お前、何を言ってるんだ?」


 その時になって、ようやく俺は彼女が咲ではない何者かだと気が付いた。

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