第45話 信じられない
咲ちゃんはね、鬼なの。
鬼?
なにが、どういうことは分からなかった。
「咲が鬼ってどういうことだよ?」
かくれんぼ?鬼ごっこ?
漫画かアニメで、鬼にされた女の子が世界中の人々から命がけで逃げ回る。そんな話があった気がする。
でも、そんなこと現実にあるはずがない。って、信じられないって、こういうことか?
いや、いくらなんでもそんなのアニメだけの話で、現実にあるはずがない。
「そうよね。分からないわよね、普通。
でも、そうなの。そのまま言葉通りの意味。
咲ちゃんは鬼なの。」
三琴の言葉の意味が分からない。
それでも、そんなことは予想してたと言わんばかりに、三琴は俺から目線を外さず、もう一度重ねて言った。
「咲ちゃんは鬼なの。」
「…鬼。」
それでも意味が分からずに、ただオウム返しに言った言葉に三琴は頷いた。
「そう、鬼。
昔話に出てくる…鬼。」
咲が…鬼。昔話に出てくる…鬼。
咲が…鬼?
「やっぱり…信じてもらえないよね、こんなこと。」
信じる、信じないって話じゃない。
咲が昔話に出てくる鬼だなんて、理解ができない、追いつかない。
いきなり目の前に身長40メートルのウルトラマンが現れたら、きっと誰もが何かの錯覚、見間違い。って思うに違いない。
そんな感じだ。
でも…
「でも知ってる。信じられない事があるってことは、俺は知ってる。
昨日まで一緒に暮らしていた咲がいなくなって。
それどころか咲がいたこと自体みんな忘れて。初めっから咲っていう存在がいなかったって思い込んでて…。
俺だってそんな、誰にも信じてもらえないような体験をしたんだ。
だから…、だからさ。教えてくれよ。
信じられない事があるって事は知ってる。
だから咲のこと教えてくれよ。
咲が鬼って、どういうことだよ。」
「だから言葉の通り、咲ちゃんは鬼なの。昔話に出てくるような。」
初めっから信じてもらえないって思っているからか、何度も同じことを聞いても三琴は気を悪くする素振りも見せずに落ち着いた口調で言葉を続けた。
「その翔が言ってる、誰にも信じてもらえないって話もそう。
そういえば、前に『俺に妹なんていないよな』って聞いてきたことあったよね。
そっか、あの時か。
あの時に咲ちゃんは鬼の嘘を付いたんだ。」
「鬼の…嘘?」
また新しい言葉だ。
咲が鬼ってだけでも理解が追い付かないまま、三琴の話は先に進んでいく。
「そう、鬼の嘘。
咲ちゃんはね、実は鬼なの。
50年前に泉北に現れて、大雨を降らせて大災害を起こして。
それでお祖父ちゃんが和田のお社に封印したの。
それがこの間の遷座の時に封印が解けて逃げ出して。
それで逃げ隠れるために翔の妹になりすまして…鬼の嘘を付いた。
覚えてるでしょ?
あの遷座の…鬼が逃げ出した次の日のこと。
翔が『俺に妹なんていないだろ』って『俺の妹だっていうやつがいる』って言ってきた時のこと。
あの時、私は咲ちゃんの姿を見るまで、咲ちゃんのこと知らなかった。
私の記憶の中に咲ちゃんの姿はなかった。
なのに、咲ちゃんの姿を見た瞬間、私も鬼の嘘に騙された。咲ちゃんを翔の妹だと思い込んだ。
ううん。
ただ騙されただけじゃない。
嘘の記憶まで植え付けられて、ずっと一緒に暮らしていた幼馴染だと思ってた。
一緒に遠足に行ったし、お弁当も一緒に食べてた。お泊り会だってした。
そんな風に嘘の記憶を作って、嘘の思い出まで作っちゃうのが鬼の嘘。」
「お前、……何言ってるんだよ。」
理解…したくなかった。
だけど、三琴が説明している事は、まさに俺が体験した『誰にも信じて貰えない事』。
その今まで謎で分からなかった事が、その理由が咲が鬼だったってことで説明されていく。
「そして、鬼の嘘が晴れた。
実はね、咲ちゃんは封印されたの。お祖父ちゃんが封印したの。
だから鬼の嘘が晴れた。
鬼の嘘が晴れて、咲なんて女の子は実はいなかったってみんなに記憶が戻ったとき、今度は逆に咲ちゃんと一緒にいたときの記憶がなくなった。
じゃないと、一人の女の子がある日突然現れて、ある日突然いなくなる。
記憶の辻褄が合わなくなるもんね。
あ!そうか!!
だから鬼はいるのに誰の記憶にも記録にも残っていないんだ。
鬼は姿を消すときに、その鬼がいたっていう記憶も消えちゃうんだ。」
長々と語り尽くした挙げ句、三琴は何かに納得したみたいにポンと手を打った。
「ちょっと待てよ。
それじゃあまるで咲が鬼だって言ってるようなもんじゃねぇか。」
理解ができなかった。
いや、三琴が言ってる言葉の意味は分かった。
だけど、咲が鬼だなんて、そんな事信じられるはずがなかった。
けど、三琴は小さく深く息を吸い込むと、真っ直ぐに俺の目を見て、確信めいた声で言った。
「そうよ。咲ちゃんは鬼なの。」




