第44話 咲の正体
「おい!ちょっと待てよ!!」
三琴は俺の手を振り払うと一目散に逃げ出した。
遠巻きに俺たちの様子を見ていた野次馬たちを掻き分けて。
教室の入口に肩をぶつけて。
もう少しで手が届くと思ったら、上手く廊下に抜け出した三琴は迷うことなく全速力で廊下を掛けだした。
「なんで逃げんだよ!!」
一歩遅れて廊下に出た俺も全速力で三琴の後を追う。
「待てよ!!三琴!!」
廊下に響く俺の怒鳴り声。
お喋りしてた女子が驚き道を開ける。
その合間を駆け抜ける三琴。
それを全速力で追う俺。
あと三歩、二歩、一歩。
もう手が届くと伸ばしたその手はあと一歩で空を切った。
三琴は並ぶ教室の前を走りきり、その先の踊り場で急旋回、今度は階段を駆け下っていく。
あ、ちくしょう!
三琴を捕まえようと勢いを付けていた俺は、三琴ほど上手く曲がれない。勢い行き過ぎ掛けた身体に無理やり急ブレーキをかけて、階段を駆け下って…
と、その時、チャイムが鳴った。
この階段の下にはすぐ職員室がある。
すぐ先生が来る。
そうなると三琴から話が聞けない。
細かいことをどこまで考えたのか、俺にも分からない。
ただ、ヤバい。直感的にそう感じた次の瞬間、俺は階段を蹴って飛んでいた。
ほんの2、3段下っただけの高さからのダイブ。
飛ぶ。というより落ちるって言った方が正しいような勢い。
「のぉおぉ!!」
サンダーマウンテンででも上げたことのないような悲鳴を上げて、俺と三琴の距離がグングン縮まる。
俺の声に振り返る三琴。
「ひ……ああ!!」
止まるな!!退け!!衝突かる!!
驚きと恐怖の入り混じった三琴の顔が目の前に迫る。
時間が止まった……ような気がした。
もちろんそんなはずはない。
けど、俺の脳裏に三琴にぶつかるまでのほんの0.数秒の間に色んな思考が駆け巡った。
三琴にぶつかる。避ける方法は?三琴に怪我させられない。体の捻る?右に?左に?
脳みそがフル回転する。
ちょっとの間にも思考が駆け巡る。
まるで世界がスローモーションになったみたいだ。
でも、その間にも三琴の身体が迫ってくる。
ダメだ!!
最初に衝突かったのは三琴の頭。
胸の当たりにドンっと衝撃が走って三琴がよろめく。
そのまま階段を後ろ向きに倒れ落ちそうになる三琴。
このままだと大怪我になる!!
せめて後頭部は!
胸に三琴の頭を抱いたまま両腕を回して三琴の頭を守る。
けど、このままじゃ三琴が俺の下敷きになる。
無我夢中で無理矢理、三琴が下敷きにならないよう体を捻って…
ダーンと廊下に音が鳴り響く。
受け身とか取れるはずもなく、三琴の頭を抱きしめたまま右肩から階段の踊り場に激突した。
「痛ってぇ!!」
「何してんのよ!!」
「お前が逃げるからだろ!!」
ジンジン痛む肩を擦りながら立ち上がると、もう逃げられないように俺は三琴の肩を掴んだ。
「そんなことより咲だよ。
お前、咲のこと覚えてるのか?」
「し、知らないわよ。」
「嘘つくなよ!
お前さっきはっきり『咲』って言ってただろ!?」
なんでそんな嘘をつくんだ?どうして逃げたりしたんだ?
黙り込んで、でも言い逃れることなんてできないって感じてる三琴が「それは…」と言い淀む。
「なんだよ!ハッキリ言えよ!!」
「だって…言っても信じないでしょ!」
「はぁ!?なんだよそれ!!
信じないってどういうことだよ!!」
「無理、やっぱり無理。もう離してよ。」
「む、無理ってなんだよ。
お前は知ってるんだろ!?
咲のこと、覚えてるんだろ?
言えよ!知ってるか知らないか。
それだけでもいいから教えてくれよ!
もう、俺とお前しかいないんだよ…」
「俺とお前だけって…」
「それこそ信じられない話だけど…
だれも咲のことを覚えていないんだよ。
里中も高崎も親父も母さんも、みんな『咲って誰?』って、初めっから咲なんていなかったみたいに言っててよ…。
咲は昨日から帰ってこないし、どんだけ探しても見つからない。
誰に聞いても話にならない。
もう…どうやって探したいいかも分かんなくて…。
言えよ!咲のこと知ってんだろ?覚えてるんだろ?
知ってるって覚えてるって言えよ!言ってくれよ!!」
「痛いから…離して。」
必死に渾身の力で三琴の肩を掴んでいることに言われて気がついた。
「悪い」
「良いわよ。
これも信じられない話…だよ。」
ゆっくりと三琴の肩から手を話す。
けど三琴はそんなことには構わずに、ジッと俺の目を睨むように見つめてきた。
「信じられないと思う。
もしかしたら怒るかも知れない。
だから先に言っとくね。
怒ったりしたらもう話しないから。」
三琴は何かを知っている。咲のなにか、俺の知らない秘密を知ってる。
それを話ししたくなくて俺から逃げ出したんだ。
「分か…った」
そんな三琴がわざわざ口に出して、怒らないで。って言う。
なにを言い出すのか見当も付かないけど、聞かないって選択肢はなかった。
咲のことが分かるなら。どこに行ったか分かるなら。その手がかりになるのなら、どんな話でも知りたかった。
「…
……
咲ちゃんはね…
…
鬼なの。」
なんと言うべきか。どう表現すべきか。どう言い回すべきか。
言葉を探して、考えを巡らせて。
三琴から、ようやく出てきた言葉は端的なものだった。




