第43話 咲を知る人
ハルカスの展望台で撮った俺と咲の二人の写真。
その写真を見せても里中と高崎は要領を得ず、キョトンととしているだけだった。
もうダメだ。
あの写真のでも咲の事を思い出してくれないなんて……。
もうどうやって咲の事を伝えたら良いのか分からない。
どうすれば咲のことを思い出してくれるか見当も付かない。
もう誰も咲のことを思い出せない。
……もう二度と咲と会えない。
今までずっと心の中にあった不安。
考えないようにしていた疑念。
目を逸らし続けた絶望。
それがついに無視できない現実になってしまった。
全身から力が抜けていく。
視界が涙で歪んでいく。
ああ俺、今、一体どんな顔をしてんだろうな。
里中と高崎が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ねぇ……大丈夫?」
そう言う高崎はきっと、いきなり訳が分からない喧嘩をふっかけてきた俺を、それでも本気で心配してるんだろうな。
殴り合いになるかって勢いで言い争いしてた里中だって、目を丸くして驚いて、「どうしたんだよ。」と声を掛けてくる。
二人とも本当に心配してくれてるんだろう。本当に良い奴なんだろう。
でも、……大丈夫じゃねぇよ。
二人が本気で心配してくれる分だけ、二人が本当に咲のことを憶えていないと思い知らさせる。
一緒に捜して欲しい。
咲がいなくなったって聞いて、驚いて、戸惑って、心配して欲しい。
だけどさ、お前ら、俺が今どうしてこんな気持ちでいるかさえ分かんないんだろ?
そんなの……、大丈夫なはずねぇだろう……。
こみ上げてくる嗚咽を奥歯を食いしばって噛み殺す。
それでも涙ばかりは頬を伝い、それでも何とか「なんでもねぇよ。」と言おうとした、その時、
「それ咲ちゃんの写真でしょ?」と、
ずっと、ずっと欲しかった言葉は思いも寄らないところから飛んできた。
三琴だ。
いつからいたのか分からない。
けど、三琴は俺たちの喧嘩を遠巻きに眺めていた人垣の間をすり抜けて俺のスマホを一瞥すると、たしかに「咲ちゃん」って、そう言ったんだ。
「三琴!?
お前、……咲のことを……覚憶えているのか?」
声が震えていた。唇が震えていた。聞き間違いじゃないかなんて思ったりもした。
けど、となりで里中が「三琴も知ってんの?そのサキって子」なんて素っ頓狂な声をあげてる。
聞き間違いなんかじゃない。
良かった、咲のことを憶えている人がいた。
なのに三琴は俺たち三人の顔を見比べて、まるでスマホをトイレに落としたかのような顔をして凍り付いてしまった。
「おい……」
嫌な予感がする。
前は……そうだ。
咲のことを知らない。「あなたに妹なんていない」って言った三琴は、咲の姿を見た途端、咲を妹だと言い出した。
だったら今度は反対に、急に咲の事なんて知らない。憶えていないって言い出してもおかしくない。
「おい!」
声を掛けても三琴は凍り付いたままで返事がない。
おい、止めてくれ。マジで、頼むよ。
せっかく、ようやく、やっと咲のことを憶えてるやつに会えたんだ。
それが、こんな目の前で振り出しに戻れなんて酷すぎる。
「おいってば!!」
何度声を掛けても返事をしない三琴。
思わず声は怒鳴り声になり、三琴の肩を掴んでは力一杯に揺り動かした。
頼む。頼むから。早く正気に戻ってくれよ!!
それでも三琴は目を逸らしたまま返事をしない。
………………
…………
……
って、なんかヘンだ。
どれだけ揺り動かしても返事のしない三琴は、気を失ってるわけでも放心してるわけでもなく、明らかに首を捻り顔を背け目を逸らしていた。
コレ、わざと無視してるだろ!?
「三琴!!!」
「ちょっと黙ってて!!!」
……ちょっと黙ってて!?!?
まさかそんな返事が来るとは予想してなくて、思わずコクンと頷いたのを合図に、三琴はまるで難解な数式を解くかのように思考に没頭していく。
って、なんでだよ!!!
「三琴!お前、いい加減にしろよ!!」
三琴は知っている。
咲のことを知っている。
それもただ知ってるだけじゃない。
それは勘。ただの直感だ。だけどそれは確信だった。
ただ知ってるだけならこんな反応しないはず。
三琴は咲のナニカを知っている。
それを聞き出そうと声を荒げた瞬間、三琴は踵を返して逃げ出した。




