第42話 写真
あれは咲ちゃんと翔が手を繋いで撮った二人の写真。
まるで恋人同士みたいに写っていた写真は、ハルカスの展望室で撮った写真だ。
その写真は瀬戸内海に沈む夕日を背景にして完全に逆行で、二人の姿は真っ黒なシルエットになっていた。
だから初めて見た時は、私もこれが翔と咲ちゃんだって気が付かず、なにかのイメージフォトなのかとも思った。
それが咲ちゃんから二人のツーショットだって教えてもらった時はすっごくビックリした。だって兄妹よ!?
でも、本当に嬉しそうにスマホの画面を眺めていた咲ちゃんにそんな事を気にする様子はなかったし、だから仲の良い里中や高崎さんには見せているんだと思っていたんだけどなぁ。
「それ咲ちゃんの写真でしょ?」
どうも翔の様子を見ていると翔も二人があの写真を知っている。って思い込んでるみたい。
でも多分里中くんと高崎さんは知らなくて、それで話が食い違ってるんじゃないかな?
そんな些細な思い違いが諍いの元になるなんてバカバカしい。
何か一つでも誤解を解いて、それで少しでも落ち着いてくれればって。
言葉にすればそんなふうな事を、そこまで確固に考えた訳じゃないけど思い付いて、つい「それ咲ちゃんの写真でしょ?」って、三人の話に割って入った後、その直後、その刹那にようやく事の重大さに気がついた。
「三琴!?
お前、……咲のことを……覚えているのか?」
まるで生き別れの兄妹の手がかりを得たような興奮と困惑と不安とがまぜこぜになった翔の声。
「あ、三琴も知ってんの?そのサキって子。
あ!やべ。もしかして俺、マジで忘れてる!!??」
私という助っ人が現れて、安心しておどけた声を上げる里中。
そのとなりで高崎さんも咲ちゃんって誰なの?ってそんなふうなことをアイコンタクトで送ってくる。
全く正反対の三人の反応。
翔は咲ちゃんの事を覚えている。
けど、里中くんも高崎さんも二人とも咲ちゃんのことを知らない。
そのことに、その原因に気が付いたとき、全身の力が抜けて、血の気が引いて、呼吸が止まった。
これは大失敗だ。
それも大失敗って言うのも憚られるくらいの……大失敗だ。
「おい……」
私には、咲ちゃんがいる記憶といない記憶の両方がある。
でも他の人がどうかなんて考えてなかった。
その答えが目の前にある。
念の為、周りに「咲ちゃんって知ってる?」と聞いてみても小さく首を振るだけで誰も答えられなかった。
そうだ。みんな、咲ちゃんの事を憶えてなかった。
ううん、正確に言うと、咲ちゃんのいない記憶だけがある。咲ちゃんがいた記憶がなくなってる。
だけど、多分、ううん、間違いなく、翔は咲ちゃんの事を覚えてる。
だから、こんなにすれ違って、喧嘩になってるんだ。
そう考えると辻褄が合う。納得できる。
でも、それだけで嫌な予感は終わらない。これくらいのことならただの大失敗。でもなにかまだ一つ致命的な見落としがあるような気がする。
……なんだか猛烈に嫌な予感が……する。
「おい!」
だって、翔には咲ちゃんがいた記憶がある。それだけがある。
だったら翔にとっては……
「おいってば!!」
声を荒げて肩を揺さぶってくる翔の声に気が付いていないわけじゃない。
でも、今は無視する。返事しない。したくない。
だって、今でも咲ちゃんがいるって思い込んでる翔にとって咲ちゃんは一緒に暮らしている妹で……。
要するに翔にしたら、妹が突然一晩帰ってこなかったってことでしょ?
それで心配してるのに誰に相談しても、鬼の嘘から目が冷めた他の人には咲ちゃんがいた記憶そのものなくなっていて……、それでもたった一人で咲ちゃんのことを捜していたってことでしょ。
だから翔はあんなに焦って、怒って、苛ついて、取り乱していたんだ。
今、一体どうゆう状況なのか?
さっきまでサッパリ分からなかったパズルが、一つの推論だけでピタリピタリとハマっていく。
「三琴!!!」
「ちょっと黙ってて!!!」
でも咲ちゃんの正体は鬼で、今はウチの神社の本殿で女神の格好をして眠ってる……………………
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…………………………
駄目だ……
こんなの……どう説明しろっていうの……。
仮に全部正直に話したとして……。
咲ちゃんは実は鬼だったの。
今までは、和田川のお社に封印していて、それが遷座の時に鬼が逃げ出して……。
逃げた鬼が人の世に紛れ込むために、私達に嘘を付いて、私達は嘘の記憶を信じ込んじゃった。
だから翔の持ってる咲ちゃんの記憶は、鬼の付いた嘘なの。
それで咲ちゃんは、鬼切頼光の刃で封印して、今はウチの神社の本殿で眠ってるの。
って、駄目だ。
こんなの信じてもらえるはずがない。
下手に説明したら、翔の中でお祖父ちゃんが誘拐殺人犯になっちゃう。
「お前!いい加減にしろよ!!」
「……」
流石にわざと無視してることに気が付いたのか、翔は力任せに肩を掴もうとして、私はその翔の手を払い除けて……、
逃げた。
とにかく今、こんなたくさんの人の前で話せる話じゃない。
何の前兆もなく、突然踵を返して駆け出した私に教室の入口に群がっていた野次馬たちは驚いて一歩引いて、まるでエジプトから逃げ出したモーゼのように私の前には道が現れた。




