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泉北の女神様  作者: 大和 政
第5巻
41/53

第41話 喧嘩

 そっと注連縄越しに覗き込んだ咲ちゃんの顔は、まるで幸せな夢を見て眠っているかのようだった。

神殿の前の台座で眠っている天女の姿は、まさに神話の一節のようで、厳かで神秘的で、いつまででも見つめていたくなる、時間が過ぎ去っていくことすらも忘れてしまいそうになる………………

って!!!


 ハッと気が付いてスマホのロックを解除すると、時計は7時半をとうに過ぎていた。

 時間だ!!

今日は雨が降っていて、登校にいつもより時間が掛かる。

正直、咲ちゃんのあの姿は気になって仕方が無いけど、今はそれどころじゃない。

そろそろ学校に行かないと本当に遅刻してしまう。

とにかく咲ちゃんのことは後回しにして、学校から帰ってきてからお祖父ちゃんに詳しく聞いてみよう。


 本殿を出ると、雨は相変わらずシトシトと降り続いていた。

いつもなら鬱陶しく感じるような雨だけど、今は違って感じる。

雨の潤いに満ちた風は肌に優しく、先日までの残暑の空気を洗い流す秋の雨はヒンヤリと気持ちいい。

何よりパチパチと傘に跳ねる雨の音さえ耳に心地良い。

そう感じられるのはきっと、咲ちゃんが恐ろしい鬼の姿ではなく、美しい天女の姿をしていたからだ。


 本殿からそのまま割拝殿を抜けて境内を渡る。

シャリシャリと鳴る玉砂利の音が耳に心地良い。

 今からならなんとか登校時間に間に合う。

私はカーポートから自転車を引っ張り出して、傘を片手に跨がると、歩道のない狭い道路の脇をよろけないように気を付けて、自転車を漕ぎ出した。



 雨は段々と強くなっていった。

爽やかに街を照らすはずの朝日は分厚い雨雲に遮られて、街は薄暗く、道路には大きな水溜まりがいくつもできていた。

そして深井駅に着いた頃には、とうとう雨は土砂降りになっていた。

 今日はバスかな?

駅から学校までは歩けば20分。

いつもは歩いて通う道だけど、さすがにこの雨の中を歩くのは気が引ける。

雨で濡れた靴下を履いたまま授業を受けるなんてノーサンキューだ。

 迷うことなく改札口からバス停に向かうとみんな同じ事を考えてるのか、バス停には学生の列が出来ていて、到着したバスの中では「お小遣い少ないのに!!」なんて嘆く声や「こんな雨降るって、天気予報言ってた??」なんてお喋りの声でいっぱいだった。

そんなこんなでようやく学校に着いて、上履きに履き替えるとすれ違う知り合いと「おはよー!」って挨拶しながら校舎に入った。


 騒ぎに気付いたのは、薄暗い階段を上って二階に上がった時だった。


「誰ってなんだよ!!」

  突然聞こえた怒鳴り声。

思わずビック!!と足が止まって、ソーっと廊下に出てみれば、同じく廊下でお喋りしてた女子たちも息を止めて声の出所を振り返っていた。

「お前、咲のことが好きだって、言ってただろう!

告白んだって、俺に言ったろ!

昨日、それで電話掛けてきたんじゃねぇのか!!」

 今の翔の声……だよね。

みんな息を飲んで翔のクラスの教室を見ている。

やっぱり今の怒鳴り声、翔の声だ。

 えっなに?どうしたの?

教室からは女子がキャーと声を上げて慌てて飛び出してくる。逆に廊下にいた男子は興味本位に教室の中を覗き込もうとする。

そんな人混みを掻き分けて教室の中に入ると、翔と里中が剣呑な雰囲気で睨み合っていた。


 どうしてこんな事になってるんだろう?

声を震わす翔と、相対する里中と高崎さん。

三人の位置から翔が里中と高崎さんに何か問い詰めているのが分かる。

なにか険悪な雰囲気で、一発即発、爆発のすぐ一歩手前。黒ひげさん危機一髪の状態だ。

でも、どういう状態なのかがいまいち掴めない。

小さく震えながら二人に話す翔の声は、起こっているようで、泣いているようで、戸惑っているようで、懇願しているようで。

例えるなら、いまにも爆発しそうな火薬樽のなかに押し込められて泣き叫ぶ黒ひげさんの「助けてくれ!!」っていう声にそっくりだ。

そして翔の怒りを我慢したようなそれとも泣き出しそうな震える声が聞こえた。

「あった。あるんだよ。

咲がいたっていう証拠が、ある。

咲の写真が俺のスマホに。

だから見てくれよ。咲の顔を見たら流石にみんな思い出すだろ?」

 翔はそう言うと、慌てた手つきでスマホを触って写真を映し出して、そうして二人の前に突き出し示した。

「どうだ。これで思い出してくれるか?」

 スマホを突き出す翔の手が震えている。

声もまるで縋るような細く小さくか弱い声。

まるで祈るかのように恐る恐る突き出すスマホには一枚の写真が映っていた。

 でも確かあの写真って……



 今、翔が二人に見せている写真は私も知っている。

咲ちゃんの一番のお気に入りの写真だ。

咲ちゃんが新しくスマホを買った時には壁紙に設定したくらい咲ちゃんのお気に入りで、初めてのスマホで使い方のわからない咲ちゃんに替わって設定したのはこの私だ。

だから、遠目に見てもあの写真がどういう写真かは知っている。

「……どうって、これ……」

「泉くん、これ見えないよ。」

 困惑した声色で恐る恐る返事をする里中も高崎さんも、やっぱりどうして翔がこんな風に感情的になっているのか分からないらしい。

うん。私にも分からない。

でも……。

二人の返事も何かが違うように感じる。ずれてる。違和感がある。

もしかして二人ともあの写真の事、知らないのかな?

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