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泉北の女神様  作者: 大和 政
第5巻
40/53

第40話 夜が明けて

 夜が明けた。

小説やゲームの中では魔王や最後のボスを倒して迎える朝は、雲一つない晴れ渡る蒼天と相場が決まっているけれど、現実の鬼を封印して迎えた朝は重苦しい雨雲に覆われてシトシトと小雨が降り続いていた。


 夢……だったら良いのに。

和田のお社を遷座してからの事。

鬼が復活してこの泉北に現れて、その鬼を追いかけた数日の事。

ましてやその鬼が咲ちゃんだったなんて。

 つい今までの事が全部夢だったなんて思ってしまう。

だってこの世に鬼がいるなんて、正直実感が湧かない、今でも夢を見ていたのかと思う。

けど、今の私にはそれが夢じゃなくて現実の事だって分かってしまう。

咲ちゃんがいた記憶。咲ちゃんがいなかった記憶。

その二つの記憶が私にはある。

そして机の上に目をやれば、やっぱりアレは夢なんかじゃない、本当の事だって、割れた丑寅の鈴が現実を突きつける。

 でも……それでも私は信じられない。実感が湧かない。

だから私は本殿へ向かった。

もう一度封印された鬼の姿を見て、まるで夢と現実の区別が付かなくなってグチャグチャの私の心を整理するために。


 どんな時でも無情に歩みを進める時計の針を確認して、「うん、少しは時間がある。」なんて声を出して、ハンガーに掛けておいて制服に袖を通した。

「行ってきます。」

 いつもの学校に履いていく茶色の革靴を履いて、奥の台所にいるお母さんに声を掛ける。

そのたった一言にさえ、どこか不自然なところはなかったか。と気になってしまう。

ちょっと神経質になっちゃってるな私。

そんな自分に気が付いて、胸に掌を当ててハーと深く息を吐いて自分に言い聞かせる。

「別に悪い事をしようって訳じゃないんだから。」

 それでもなぜかやっぱり人目が気になって、玄関から出るとキョロキョロと周りに誰も居ない事を確認して私は本殿へと向かった。


 傘を差して雨に濡れた玉砂利の上を歩くとジャリジャリと足音が鳴った。

その音に合わせるかのように私の鼓動もドクンドクンと音を立てる。

その度に私はなにか夢の中に誘われるかのような心持ちになって、もしかしたらこれこそ夢なんじゃないか。本当の私はベッドの上で寝息を立てているんじゃないか。ってそんな気にさてなってくる。

 どうして私は鬼の姿を見たいって思ったんだろう。


それは不安の払拭。

今まで怯えていた鬼が、今は本殿にちゃんと封印されている。

そんな事を確かめて、不安を払拭したいのか。

それとも好奇心?

今まで昔話にしか知らなかった鬼がどんな姿をしているのか。

そんな事を知りたくなったから?

もしかしたら、疑惑、疑い。

今まで仲良くしていた咲ちゃんが本当に鬼だったなんて、今でも信じられない。得心がいかない。

だから、本殿に封印されている咲ちゃんの姿を見て納得がしたいのか。

 どれだけ考えても理由なんて分からない。

自分の心の事なのに、様々な思いがごちゃ混ぜに渦を巻いてグルグルグルグル回っている。

それでも私はなぜか本殿の鬼の姿を確かめずにはいられなかった。

僅かに震える手を胸に当てて深呼吸して、私はそっと本殿の扉を開けた。


 鼻につく湿った木の香り。

扉の向こうに覗き見えたのは赤い着物の裾。

なんだろう?なんて思う間もなく開かれた扉の先には『天女』が横たわっていた。

着ているものは絹の織物だろうか。

柔らかな光沢を放ち鮮やかな朱色に染められた羽織には煌びやか金糸の刺繍が織り込まれていた。

その下の長丈のスカートのような袴もまた艶やかなシルクの織物でこっちは紫、よく見れば細やかな紋様が織り込まれている逸品で、極め付きには肩には薄いピンクの羽衣が掛けられている。

その姿はまるで昔話に出てくる乙姫様や織り姫様のようだった。


 どうして?

鬼は?鬼はどこにいったの?

てっきり扉を開けたその先には、昔話や古文書の絵巻に出てくる赤い顔をした女鬼が横たわっているものとばかり思っていたのに……。

恐る恐る、その天女の四方に張られた()()(なわ)に触らないように身を乗り出して覗き見てみると、その天女は確かに、もう一つの記憶の中にある咲ちゃんに間違いなかった。

 どうして?

そんな事、疑問の余地もないはずなのに頭の中はどうして?どうして?と疑問が溢れ出てくる。

だって、昨日確かに私はお祖父ちゃんと鬼をこの場に封印した。

鬼切り頼光が胸に突き刺さった咲ちゃんをお祖父ちゃんと二人で抱きかかえて、この本殿に運んでから四方に注連縄を張った。

あの時は何も変わっていない。

なのに、その姿はまるで変わっていた。

昨日、私が見たときはいつもの見慣れた制服を着ていたのに、今はまるで天女のような姿をしている。

ううん。それは不思議だけど疑問には感じない。

だって、あの時、咲ちゃんの姿を見たお父さんは、それを古木だと言っていた。

お父さんの目には古木に映っていたんだ。

だから、きっと姿形が違って見えるのは何か鬼の不思議な力なんだと思う。

うん。だからその事には疑問を感じない。


 ただ……どうしてこんな姿をしているんだろう。

今まで見ていた姿が鬼の力でみんなを騙していたというのなら、私とお父さんが見た咲ちゃんの姿が違って見えたって事も理解できる。

そして、鬼切り頼光に封印されて鬼の力を失って、正体を現したっていうのなら、昨日と今日の姿が違っているのも理解できる。


 でもどうして……咲ちゃんの……鬼の本当の姿が今見ている姿なら……。

 四方を注連縄に囲まれて胸元に刀が刺さったまま台座の上で深い眠りにつく咲ちゃんの姿は、まるでいつか現れる王子様が胸元の刃を抜いてくれるのを待っている白雪姫のようだった。


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