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泉北の女神様  作者: 大和 政
第5巻
39/53

第39話 ハルカスでの写真

 咲、咲、咲、咲。

ようやく見つけた咲の持ち物。

それは昨日まで確かに咲がいた証拠。

そうだ、咲消えてしまったわけじゃない。きっとどこかにいるはずだ。

咲の下駄箱にはまだ上履きが入ったままだ。

だからまぁ、咲はまだ学校には来ていないんだろう。

それは、まぁ当たり前だ。いつもより三十分は早く学校に着いたんだ。

だから咲が登校していなくても当たり前だ。

きっと待ってれば、そのうち咲も学校に来る。

 それが何の根拠も無い推論だとは分かっている。

だけど『咲が来ない』『咲に会えない』なんてそんなことは考えたくもない。

だから俺はその先のことはもう何も考えないで教室へと向かった。


 登校時間からはまだ三十分以上もある学校の校舎には生徒の姿はほとんどなくて、シンと静まりかえった廊下から教室の重い扉を開けるとやっぱり中は誰もいない()(らん)(どう)だった。


 だけど、席はある。机はある。

俺は確かめるように一つ一つ机をポンと叩いて自分の席に向かう。

咲が来るまで三つだけ余分にあった最後列の机。

その一番後ろの窓際の特等席の俺の席に鞄を置いて廊下側を見れば、今は一番後ろの余分な机は四つある。

増えた机は咲の机だ。

あの日、咲が現れた日。

なぜか『咲の机がない』って大騒ぎになって、足りない机を予備室から持ってきて、俺の隣に並べたんだ。

念のため、その隣の机の中を覗いてみれば、中に残されたノートには咲の名前が書いていて、それは間違えなく咲の机だった。

 咲はここにいた。

 後は……咲が来るまで待ってるだけだ。


 分かってる。

咲の上履きがあったからって、咲の机があったからって、それが咲が学校に来るって保証にはならないって事ぐらいは。

でも、だからって何かが出来るわけじゃない。

俺は胸の底から込み上げて来る不安に無理矢理蓋をして、ただ見るまでも無くスマホの画面を眺めて咲が来るのを待っていた。


 ガラガラと重い教室の扉が開く音がする。

そのたびに俺は、咲か!と顔を上げる。

けど、それは東尾だったり、田淵さんだったりして、咲の姿は一向に現れなかった。

続いて聞こえてきたのは、廊下からでも分かる女子の特有の甲高い笑い声と「おはー」と威勢の良い高崎の挨拶。

 そんな風に誰かが教室に入ってくる度に俺は顔を上げて教室の入り口を見るけど、いつまで待ってもそこに咲の姿はなかった。


 もうすぐ八時三十分。

早く来ないと遅刻になるぞ。

早く来いよ、咲。

腹の奥がヒリヒリと痛む。

分かってる。分かってるよ。たぶん咲は来ないって。

だけど……どうしようもないだろ。

俺には何もできない。

咲を探す事も、迎えに行く事も。

もう俺には咲が来てくれるって信じて、待つ事しかできないんだよ。

 頼む。頼むよ。咲、早く来てくれよ。


「で、さっきから泉くんは誰を待ってるのかな?」

 気が……付かなかった。

いつの間にか高崎は俺の目の前の席に後ろ向きに座って、俺の様子をニヤニヤと頬を緩めて伺っていた。


「なに?気になる子でもいるの?」

 なんのことだ?

高崎が何を言ってるのか、すぐには分からずに返事に詰まっていると、

高崎は「ダメダメ。隠しても無駄だよ。」とまるでワトソンに語りかけるホームズを気取って、芝居がかった声で満面の得意顔を浮かべた。

「だって、君。さっきから教室の扉が開く度にスマホから顔を上げて、誰かを待っているじゃないか。」

「そんなんじゃねぇよ。」

「嘘々。バレバレ。」

「そうじゃない!」

「いやいや、分かるよ。分かるんだよ。」

「黙れよ!高崎!」

 もう余裕がなかった。

どうして咲がいなくなったのか考えても考えても分からなくて。

咲がどこにいるのか考えても考えても分からなくて。

どうしたらみんなが咲の事を思い出すのか分からなくて。

どこに行ったらまた咲に会えるのか分からなくて。

 だから高崎のオチャラケに付き合う気持ちも湧いてこず、割と本気で怒鳴った言葉に、「えー。そんなにムキに怒らなくてもいいじゃない。」と高崎は口先を窄めて嘘めいた。


 でも俺にはもうそんなオチャラケに構っている余裕はなかった。

もうすぐ始業のチャイムが鳴る。

朝のホームルームが始まる。

もしそれまでに咲が現れなかったら……。

もう咲は学校に来ないのかも知れない。

もう学校では会えないのかも知れない。

家と学校以外に咲の居場所を知らない俺は、もう二度と咲に会えないのかも知れない。

 そんな気持ちに追い詰められた時、不意に教室の扉が開いた。

「咲!」

「え!?さき?誰それ?」

 それは最悪の失敗だった。

決して口に出そうと思って出した訳じゃない。

だけどタイミング良く教室の扉が開いて、つい口に出てしまった言葉を、俺の行動に興味津々に聞き耳を立てていた高崎が拾い上げたんだ。

 それも教室に入ってきたのはよりにもよって、朝練を終えた里中だった。

「あ!咲って言うの?泉くんが待ってる人って!

なに?下の名前で呼ぶなんて。もう付き合ってるの?」

 好奇心の導火線に火が付いて今にも爆発しそうな高崎は身を乗り出して顔を近づけ詰問してくると、里中までもが「なんだ?何の話だ?」と話の輪に入ってくる。

「ねぇ、里中君は知ってる?泉君の付き合っている人のこと。」

「え、えぇえ!お前彼女いるの?」

「そうなのよ。

もう、『さき』とか呼んじゃってて。

誰よ。誰なのよ。

教室の扉を気にしてたってことはこのクラスの女子なんでしょ?

すぐに分かっちゃうんだから白状しなさい。」

 マシンガンのようにしゃべり続ける高崎に里中まで悪乗りして「おいおい、言えよ。ちょっと教えろよ。」と身を乗り出してくる。

 って、おい……ちょっと……ちょっと待てよ、里中。

付き合いたいって……そう言ってたのは……お前の方……だよな。

腹の底からブツブツと黒い塊が湧いて出てくる。

その塊が里中の言葉に触れるたびにパリンパリンと弾け飛んで、中から怒りが湧いてくる。

「なぁ、翔。さきって誰の事だよ」

「誰……って」

 高崎は悪くない。高崎が何か知ってる訳じゃない。分かるはずがない

たぶん高崎は咲の事を忘れている。だから高崎に悪気はない。

でも、里中。お前は違う。違うだろ!

「誰ってなんだよ!

「お前、咲の事好き、好きだって言ってただろ!

告白んだって、俺に言ったろ!

昨日、それで電話しただろうが!」

 張り上げた俺の怒声に教室中の視線が集まる。

俺の異常に気付いた里中は顔を青くして小さくフルフルと首を振って、「知らねぇよ。なんだよそれ?」と答えたが、その答えは一番聞きたくない答えだった。

「知らねぇよじゃねぇよ。

なんでお前が知らないんだよ。

昨日の朝、駅のホームでお前がいったんだろう?咲に告白するって。

でもその前にお前に相談しておくって。

それで昨日の夕方、お前、俺に電話してきて咲と待ち合わせしただろう。

それを何で忘れてんだよ。

咲の事好きじゃなかったのかよ。

思い出せよ。思い出してくれよ。

昨日までいたじゃねぇか。一緒にクラスにいて、勉強して、話して。

そこの席に座ってたじゃねぇか。」

「そこの席って。誰もいない……よ。」

 隣の席を指差して里中に食ってかかって怒鳴り声を上げる俺に、間に入って高崎は恐る恐る、怖々に声を震わせて告げた。

 はぁ?

指差した席は確かに昨日まで咲が座って授業を受けていた席だ。

だけど高崎は確かに確信を持って答えた。

「そこの席は誰の席でもないよ。空き席だよ。」

「なんだよ!忘れてんじゃねぇよ!

咲が来た日!机がなくて!これは最低のイジメだって大騒ぎしたの、お前だろ?!」

「ちょっと……何言ってるの泉くん……落ち着いて。」

 ヒートアップする俺に、高崎は身を引いて両手をホールドアップして恐る恐る呟いた。

「ここ空き席でしょ?」

「はぁ?なんで教室に誰のでもない空き席があんだよ。」

「それは……ほら教室の天井を拭くのに使ったり……」

「はぁ?何言ってんだよ。」

「そうだよ。昨日掃除の時間が余ったから天井まで掃除しようって持ってきたんじゃない。」

「何、訳の分かんない事言ってんだよ!

大体掃除の時間が余ったからって天井まで拭き掃除するかよ!」

「じゃあ、学校七不思議の一つ。増える机。」

「ふざけんな!」

「いた。いたんだよ。咲はその席に座って、昨日までこの教室にいたんだよ。」

「翔……お前ちょっと落ち着けよ。

からかったのは謝るからさ。訳のわかんない事言ってないでよ。」

「訳が分かんないだと?」

「そうだよ。

俺が誰かに告白るとか。

あっ、分かった。お前、そうやってはぐらかすつもりだろ?

分かった分かった、悪かったって。

もう言わねぇから、許してくれよ。」

「そ、そう、泉君がこんなに怒るなんて思ってもなくって、からかったことは謝るから機嫌直してくれない?」

「違う、違う。そうじゃねぇよ!

咲はいたんだよ!

みんなとお喋りして、メイド喫茶がどうとかコスプレ喫茶がどうとか言ってたじゃねぇか!

どうしてみんな忘れちまったんだよ!

どうすれば思い出してくれるんだよ。」

「ああ、もういい加減にしろよな!

からかったのは悪ぃけどさ。いい加減気味が悪いんだよ。

さきだ。さきだ。って訳の分からない事言いやがって。

俺が告白する?電話した?

誰にだよ。イチャモンつけんのもいい加減にしろよな。」

「違う。そうじゃねぇよ。

お前は忘れてんだよ。

確かに昨日、お前は俺に相談して、電話だってしてきただろ・

そうだ、電話だ。着信の履歴が残ってるはずだ。」

「はぁ?だから……

……

…………

………………

そうだよ。確かに電話した。

たしか……化学のテスト範囲を聞くの忘れてて、それで電話したんだよ。

そうだ、そうだ。忘れてた。」

 なんで、なんでこうなるんだよ。

確かに間違いなく俺のスマホには着信履歴が残っているはず、だからそれが証拠になるって思ったのに……。

また都合良く記憶が書き換わったのか……。

なら、ほかにもっと証拠はないのか。

もっと確定的な、言い訳も言い逃れもできないような、咲がいたっていう決定的な証拠が………………あった。

「あった。

あるんだよ。

咲がいたっていう証拠が。

咲の写真が俺のスマホに。

だから見てくれよ。咲の顔を見たら流石にみんな思い出すだろ?」

 もう縋るような思いだった。

スマホのロックを外す指先が僅かに震える。

それでも俺は大丈夫、大丈夫。これでみんな咲の事を思い出すから。と自分に言い聞かせて、あの日ハルカスで撮った写真をアルバムから探し出して、俺のスマホを覗き込む二人に見せた。

「どうだ。これで思い出してくれるか。」

「……どうって、これ……」

「泉くん、これ見えないよ。」

 二人の言葉に慌てて画面を確認すると、俺の出した画像には確かにあべのハルカスの展望室で並んで映っている二人の姿が映っていた。

けれど、二人の姿はその後ろの夕日の光に遮られて、真っ黒に塗りつぶされていた。

『逆光になりますよ?』

 そう言えば、あの時写真を撮ってくれたお姉さんはそう言っていた様な気がする。

なんで……なんで……どうしてだよ。

これで分かる。分かって貰えるって思ったのに……。

どうして俺はあの時ちゃんと写真を撮ってなかったんだよ……。


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