第38話 咲の靴
外は薄暗かった。
見上げれば空は、分厚い真っ黒な雲に覆われていて今にも雨が降り出しそうだ。
地上を押し潰してしまいそうなほど重々しい雲に覆われた空。
それはまるで晴れない悩みを持った俺の心のようだった。
咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲、咲……
どれだけどれだけどれだけどれだけ考えても、咲の居場所なんて分からない。
どうしていなくなったのかも分からない。
でも、分からないからって、どうしようもないからって、咲の事が頭から離れることなんてなかった。
咲、咲、咲、お前はどこにいるんだ。
さっき親父が言ってた咲からの連絡なんて多分嘘だろう。
家か……学校か……。
正直、それ以外の咲の居場所なんて見当も付かなかった。
咲はどこに行ったんだ。
結局、俺は咲の事を何も知らずにいた。
どこに行ったのかさえも分からない。
ただ俺は、学校の他に咲がいそうな場所が思い浮かばずに、一縷の望み…というか、ただ惰性のように他の思考を放棄して学校へと向かった。
独りぽっちの登校。
いつもなら里中がいて間木がいて竹田がいて山西がいて、そして咲がいるはずだった。
でも今は咲はいない。
咲、どこに行ったんだよ。
学校の通用門を通って食堂の前を横切り、目の前のグラウンドでは朝練に励むサッカー部や陸上部の連中が気合いの入った声を出し合ってランニングをしていた。
咲……。
いるはずがない。
そんなことは分かっているはずなのに、ついつい目はランニングを続ける運動部の連中の中に咲の姿を探してしまう。
もちろんその中に咲の姿なんてあるはずがなく、代わりに汗だくになってグランドを周回する里中の姿を見つけた。
『咲?誰のことだよ?』
昨日の里中の電話の声が甦る。
そう……本当に、何も知らないかのような口振りで聞き返してきた里中の声だ。
里中も本当に咲の事を忘れてしまっているのか?
聞けば良い。そう聞けば良い。
ちょっと声を掛けて、朝練の手を止めて貰って、『昨日、どこで咲にあったんだ?』と聞けば良い。
そんなことは分かっていても、俺には声を出す勇気がなかった。
昨日の里中の電話の声。
それは本当に咲の事を忘れてしまっている。そんな声だった。
『だから誰のことだよ、昨日から。』
そう言われるのが怖くて、結局俺はグラウンドを走っている里中から目を逸らした。
グラウンドに向けて間口いっぱいに広がった校舎の出入り口。
全校生徒分の下足棚がずらりと並ぶ列の中、俺はいつものように自分のクラスの下足棚の前に向かった。
手前の列から順に三年一組、二組…そして俺の三組の列。
それから下足箱には右上から名前の順に安藤、泉、大江とネームプレートが貼られている。
その下足箱から俺は自分の上履きを取り出して、パンパンとプラスチックのスノコの上に放り投げる。
と、その時、不意に思い付いた。
……あっ、そうだ。咲の靴は?
咲が学校に来てるなら咲の上履きはもうないはずだ。
例えそうじゃなかったとしても、咲の上履きがあれば、それは昨日まで咲が学校にいた証拠だ。
そんなこと確認する必要もないけど、でも、昨日から誰一人、咲の事を忘れてしまっている今では、それはとっても大事なことに思えた。
スノコの上に放り出した上履きに慌てて足を突っ込んで、踵踏みのまま、下足棚の奥へと向かう。
三年三組の男子の後に続いた女子の下足棚。
上から名前の順に足立さん、大橋さんと下足箱が並んでいる。
その中に咲の下駄箱もあるはずだ。
順に下駄箱の名前を確認すると一番最後の山口さんの下足箱の下にテプラで『泉咲』と貼り付けられた咲の下駄箱を見つけた。
あった……。
下駄箱の中には『泉咲』と几帳面に名前を書いた咲の上履きが入っていた。
そうだよな。ないはずなんてないよな。
昨日も咲と一緒に登校したんだから、ないはずがない。
だけど……そんな当たり前のことだけど、
それでもようやく咲がいるという証拠を見つけて、俺はホッ胸を撫で下ろしてその場にへたり込んだ。
……と。女子の下駄箱の前でへたり込んでいるところを見られたら、どんな噂になるか分からない。
一息ついて落ち着いた俺は、慌てて立ち上がってキョロキョロと誰かに見られていないかと確認してから鞄を持ち直して教室へと向かった。




