第32話 存在の証明
もう探す当てはなかった。
家からは引っ切りなしに電話が掛かってきて、初めこそ咲が家に帰ってきたのか?って期待を込めて電話に出たけど、とんだぬか喜びで、母さんの怒鳴り声と噛み合わない会話に途中で電話を切った。
コムボックスの中はもちろん、ダイエーの二階三階まで探し回って、もう一度マクド、ミスドの店内を覗いて、カラオケボックスの看板が目に入って俺は、そう思い出した。
そんなはずはない。
だって、あの時、「今度、みんなで行こう」って約束したんだ。
それに一人でカラオケに行くなんて姿は咲からは想像できない。
けど、例えば偶然駅前で友達に出会って、誘われて、それで一緒にカラオケに行った。
そんなあるはずのない想像さえ否定できないで、俺はカラオケ店のカウンターにいる店員の目を盗んで中に入るとさりげなく一部屋一部屋なかをチェックして回った。
いない。いない。いない。いない。いない。
中にいるのは酒に酔ったサラリーマン、数人のおばちゃんの集まり、女子校生のグループも幾つかあったけど、その中に咲の姿はなかった。
咲、どこにいるんだよ。
片っ端からカラオケボックスの部屋を確認しても咲は見つからないで、店から出ようとしたとき、「ちょっと、あんた。」と腕を捕まれた。
「防犯カメラに写ってるよ。さっきから何してんの?」
気が急いていた。
もうカラオケボックスに用は無いと油断したんだ。
何も考えずに目に映っていたのは出入り口だけで、カウンターの事は完全に頭から抜けていた。
そんな俺を見逃す訳もなく、多分俺の不審な行動を監視カメラで見張っていた定員がカウンターから出て俺の行く手を遮った。
「い、妹を探してたんです。」
嘘じゃない。
探しても探しても見つからない咲に嫌な予感は積もり積もって、余計な問答に時間を掛けたくなかった。
俺は質問に端的に答えると、それでも店員は「妹ねぇ」と得心のいかない声を返してきた。
「とにかく、あんた学生でしょう?
親御さんに迎えに来て貰うから、連絡先教えて。」
「ちょ、なんで?」
「なんで?じゃないよ。
あんた部屋の中覗いてたでしょ。
いくつか苦情が来てんだわ。
それに、ちょっと目を離した隙に置き引きに遭うって事もあるから。」
「はぁあ!?置き引き?
俺そんなことしてねぇし、なに勝手に犯人扱いしてんだよ。」
「だから、親御さん呼べってんだよ。
それとも警察呼ぶか?
言っとくけどな、今でも立派な営業妨害なんだからな。」
そう言われて俺は言葉を飲み込んだ。
要するに大人しく親を呼べば警察は勘弁してやるってことだ。
これ以上騒ぎ立てる訳にはいかない。
「すみませんでした。」と頭を下げて、一縷の望みを託してみても、案の定、そんなことでは店員は許してくれなくて、結局俺は家に電話するしかなかった。
咲はどこに行ったんだ?
あの後、カラオケボックスに飛んでやってきた親父にシコタマに怒られて俺はもう家に帰るしかなかった。
もしかしたら咲は先に家に帰っていて俺のことを心配してくれているんじゃないか。
そんな期待もしていたけど、見事に空振りに終わって、家には鬼のような顔をした母さんが待っているだけだった。
マジで、咲、お前はどこにいるんだよ?
家に連れ戻されて一時間。
「お前は何をやっているんだ」と声を荒げる親父に何度「咲を探してるんだ」と答えてもさっぱり話は通じなかった。
十日前に現れた咲の事。
その日、朝起きてきたら台所に咲がいて一緒に朝ご飯を食べた事。
一緒に学校に行って、咲はジャージ姿にエコバッグを持って登校したのに誰も不思議がらなかった事。
三琴に相談して、写真の事に気付かせてくれて、慌てて家に帰った事。
母さんと一緒に捲ったアルバム。
そのアルバムに一枚も咲の写真がなくて、母さんが「咲は病弱であまり写真とか撮らなかったから」って、あのディズニーランドでの事も話して。
親父も母さんもあの時、俺たちのことを「兄妹」って言ってたじゃないか。
「お前……、何言ってんだ?」
親父が一言、そう呟いた。
一時間の口論の末に出た親父の一言と唖然とした表情。
その言葉はまるで、俺が夢や幻と現実の区別が付いていない。そう言っているようだった。
「とにかく今日はもう休め。」
そう言われて部屋に戻された俺は、部屋のドアを閉めると、その場にへたり込んだ。
「何……言ってんだよ……」
もう足下に力が入らなかった。
けど、もう間違えようがなかった。答えは出ていた。
親父や母さんは咲のことを忘れている。
咲が存在していた事さえ忘れて、その痕跡さえも何かと勘違いしていたと無理矢理な理屈で矛盾を無視して納得していた。
咲なんて人物はこの世にいなかった。と。
これはアレだ。あの時と同じだ。
咲がこの家に現れて、俺が「咲なんて妹はいない!」って言ってた時と同じだ。
ただ……一つ。一つだけ決定的に違っている。
あの時は咲がいて、今は咲がいない。
そのたった一つの違いが絶対的な絶望になって俺の心を押し潰していた。
だってあの時は俺がいくら「咲なんて妹はいない!」って叫んだって、実際に目の前に咲はいて、みんな咲がいることを認めていた。
けど今はその逆だ。
俺がいくら「咲はいる!」って言ったところで誰も信じない。
そして咲がいなければ、咲がいた証拠、痕跡さえも滅茶苦茶な理屈で咲との関係を掻き消してしまう。
そんな中でいくら俺が「咲はいる!」と言ったところで、俺がいるはずのない咲という人のこと叫んでいる。夢と現実の区別が付かなくなっている。そう思われるのが関の山だ。
ドアにもたれ掛かって十分?それとも一時間?
電気も付けずに薄暗い部屋の中で、ただただ咲のことを考え続けて、ついに時間の感覚もなくなっていた。
咲はどこに行ったのか?
どうして親父や母さんは咲のことを忘れてしまったのか?
湧いてくる疑問は分からないことばかりで考えてもキリがない。
きっと明日学校に行けば里中や高崎は咲のことを憶えている。
もしかしたら咲はどこからか学校に登校してくるかも知れない。
押し寄せてくる眠気の中で、俺はそんな希望的観測を気休めにしてベッドに潜り込んだ。
なぁ、咲。お前はどこに行ったんだよ?
なぁ、早く帰ってこいよ。
兄様……。兄様……。
もう一度、もう一度だけ……会いたかった……。




