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泉北の女神様  作者: 大和 政
第4巻 咲と俺
31/53

第31話 咲が帰ってこない。

 今頃、咲と里中はどんな話をしてるんだろう?

秋の夕陽は空を真っ赤に染め上げて、俺は一人で部屋の中からそんな紫に染まった夕焼け空を眺めていた。

 きっと馬鹿正直な里中の事だ。気の利いた台詞もロマンチックな演出も何も無く、学校帰りの制服姿でただ咲に向かって真っ直ぐに「好きだ」って、「付き合ってくれ」って言ってんだろうな。

 なんだろう。そんな事を考えてると胸の奥がチクチクと痛む。

 咲は……それに何て答えるんだろうか。

「うん。いいよ。」「急にそんな事言われても。」「お兄ちゃんに相談してみる。」「冗談……だよね?」

次から次へと思い浮かぶ言葉の全てが咲の口から飛び出しそうで、そんな事を考えてると今度は胸がヒリヒリと痛んだ。

 関係……ねぇよな。

そう、関係ないんだ。

俺は咲のお兄ちゃんなんだから、咲の恋人とかそんなんじゃないんだから。

大体、里中と付き合うかどうかは咲が決めることだ。俺には関係ない。

 それに……。

里中は悪い奴じゃない。

咲と付き合えば、真剣に咲のことを一番に考えるようになるだろう。

間違っても他の女に手を出して浮気するような奴じゃない。

 ……それに大体、咲が里中と付き合うって決まった訳じゃない……か。里中が何と言おうと、咲と里中が出会ったのは二週間ほど前の事で、それまでの里中が言った記憶は、里中と咲が幼馴染みで、ずっと昔から咲のことを知っていてずっと咲の事が好きだったって記憶は、あの訳の分からない思い込みのデタラメの記憶なんだから。

だから、里中が咲は小学校以来の幼馴染みだって言っても、咲にとって里中はホンの二週間に知り合ったばかりの人間なんだ。

そんなヤツに(こく)られてもきっと咲はビックリするだけで、付き合うとか付き合わないとか、そんな事に決めようがない。

いや、咲の事だから、「私も好きだよ、さとちんの事。(友達として。)」なんて、誤解を招く返事をして大騒動になりそうだ。

いや、マジでなりそうだから困る。

 そんな漫画みたいな冗談を思い描いて、俺は制服のままにベッドに倒れ込んだ。

そうだ、そんな事、いくら考えても仕方がない。

俺はポケットからスマホを取り出して、いくつかお気に入りの動画を眺めてみてもその気になれず、下らない2チャンネルの書き込みなんかを眺めていた。




 何かが奇妙(おかしい)って気が付いたのは、もう少し後になってからだった。

秋の夕暮れは釣瓶落としでスマホを弄ってる間に外はもう暗くなっていた。

なのに咲はまだ帰って来なくて、もしかしたら里中の告白は成功して、今頃二人は時間を忘れて話に夢中になっているのかも知れない。

その時は、まだそんな事を考えていた。


 里中と咲が仲良く笑い合いながら喋っているのを想像すると、なんだか胸がモヤモヤとする。

 嫉妬かよ。ダッセ。

腹の底に溜まっていく苛立ちに堪りかねて、夕食の様子を伺いに下に降りると、台所には麻婆豆腐のスパイシーな香りが漂っていて、丁度親父が帰ってきたところだった。

「あら、アナタお帰りなさい。

翔も丁度良かった、もうご飯出来たからご飯にしましょ。

さぁ、手を洗ってきて。」

 その時、ちょっとアレ?って思った。

でもその時はその違和感の正体に気付かずに、母さんに言われるままに洗面台で手を洗って台所に戻ると、食卓テーブルには麻婆豆腐の皿が三つ並んで用意されていた。

「母さん?咲は?」

 言いながら、咲が母さんに連絡したんだと見当が付いた。

里中と話しするのが楽しくて「家に帰るのが遅くなる」とかなんとか。

もしかしたらマクドナルドでハンバーガーでも食べていて、「今日は夕飯はいらない」と言ったのかも知れない。

……それは、良かったな。

全く良くない感情が籠もっているのを自覚して、それでもその気持ちを否定する気などサラサラ起きなかった。

けれどその予想はまるで見当違いで、母さんは不思議そうな声で「誰の事?」と返事を寄越した。


「誰って、咲だよ。

どうしたの?夕飯いらないって?」

「えっ?サキ……ちゃん?」

 母さんの様子に奇妙(おかし)なところはなかった。

炊飯器からお茶碗にご飯をよそいながら母さんは、真剣な面持ちで小首を傾げて咲の名前を力なく呟いた。

お盆に載せて運ぶ茶碗の数も三つ。

「だから!咲!」

 そう咄嗟に出た俺の大声を「母さん」と台所に帰ってきた親父の声が遮った。

「いま洗面台に女性物の洗面用具が幾つか出てたんだけど、ピンクのコップや黄色の歯ブラシ。あれどうしたんだ?」

 それはあの日咲が駅前のデパートで買ってきた洗面用具で間違えなかった。

あの日突然現れて、生活用品なんて当然何一つ持ってなかった咲が慌てて買い揃えた物だ。

「親父なに…」

「お父さん、何言ってるのよ。それ、私のよ。

歯ブラシとか古くなってきたから、そろそろ取り替えようって取り置きのを出してきたの。」

 取り留めもない会話をするように、母さんは何も気にも留めずにお盆から茶碗を三つ食卓テーブルに並べる。

「いや、コップとか歯ブラシだけじゃなくて、他にも物が増えてるんだか……」

 釈然としない親父の声に、母さんはビクンと反応して「そうだ!」と声を上げた。

「和美姉さんがね。今度由香ちゃんを家に留めて欲しいって言ってて。」

「姉さんが?」

 親父はネクタイを緩めながら椅子に座ると、母さんは丁寧にその前に箸置きを置いて箸を並べる。

並べるお箸も三つだ。

「そうなのよ。やっぱり由香ちゃん大阪で就職するんですって。

それで、就活の企業訪問とかでしばらく家に留めて欲しいって、和美姉さんからお願いされて……。

それで、由香ちゃんの生活用品を買い揃えたのよ。

それで……ねぇ、言いにくいんだけど、ほらあまり長く居られても困るじゃない?

あなたから上手く言っておいてくれないかしら?」

 えっ、なんだ?何言ってんだ母さん、あの歯ブラシもコップも咲の物だろ。

あの日、咲が俺の前に現れた日、自分の物が何もないからって、ダイエーに行って買ってきた物だろ。

それなのに親父は「分かった。和美姉さんには俺から言っておく。」なんて返事して、湧いてきた疑問に蓋をしてしまった。

 ナンダコレハ。

腹の底が重くなって背中には脂汗が滲み出てきた。

「ねぇ母さん!

咲は!咲は飯は要らないって?」

 自分でも何を焦っているか分からない。

だけど、嫌な予感はますます大きくなって、喉はカラカラに渇いて声は震えていた。

そんな俺の質問に、やっぱり母さんは首を傾げて「だから、サキって誰なの?」と、怪訝な顔で俺のことを見返して、親父もただ俺と母さんのやりとりを眺めているだけだった。

「何言ってんだよ。母さんも親父も。

咲は……。咲だよ。」

「翔。少し落ち着け。

咲だ。咲だ。と名前ばかり言われても分からん。

咲って誰のことだ?」

 誰のことだ?

落ち着いた感じで冷静に話しかけてくる親父の様子に、俺の頭は真っ白になって足元には力も入らなかった。

「咲だよ。咲。」

 そう言ってもやっぱり母さんも親父も怪訝な顔をして俺の顔を見ているばかりだった。

「何、言ってんだよ。咲だよ。

俺の……妹なんだろ?」

 そうだよ。あの時、俺に妹なんていない。って言い続けていた俺に、咲は俺の妹だ。って、みんなそう言ってたじゃないか。

「妹?何言ってんの翔。馬鹿なこと言ってないで早くご飯食べなさい。」

 けど、母さんも親父も咲のことを丸っきり忘れてしまったみたいに、俺の言うことに耳も貸さなかった。

「咲だよ。咲。

先週、母さん、咲の部屋が知らないうちに物置部屋になってたから、って部屋の掃除をしてたじゃないか。

一緒にアルバムを(めく)って先の写真を探したとき、咲の写真がないのは身体が弱くてあまり写真を撮らなかったからだって。

今朝だって一緒にお弁当を作って、夕食もお願いねって……。」

 血の気が引いた。

俺が一生懸命になって、咲のことを話せば話す程、母さんと親父は唖然と言葉を失って、まるで信じられない物を見るような目で俺のことを見ていたから。


「もういい!」

 そんな両親の視線に耐えきれなくなって、俺は台所から駆け出すと階段を駆け上り部屋に入って机の上に置いていたスマホを手に取った。

 咲……じゃない。……里中だ。

この間この家に現れたばかりの咲はまだスマホを持っていない。

一瞬連絡先が分からずに焦ったけど、そうだ里中だ。と思いついた。

そうだ、咲はまだ里中と一緒にいるはずだ。

スマホからアプリを立ち上げて通話モードにする。

プププ……プププ……。と呼び出しのコールが聞こえる。

俺はそんな数秒の時間さえ惜しくて「早く電話に出ろ」と小声が漏れる。

そんな長い数秒間の呼び出しのあと、「なんだ?翔。」といつもの里中の声が聞こえてきた。

「咲はいるか?」

「咲?」

 電話越しに里中が首を捻っているのが分かる、そんな声が聞こえてきた。

「そうだよ。お前、咲に話があるとか言って、駅で咲と会ってただろう。」

「はぁ?お前、何言ってるんだよ。

咲?

俺、部活で遅くなって、今帰ってきたばっかだぜ?

だべるんなら、もうちょっと後でいいか?俺もうクタクタでさぁ。」

「そうじゃねぇよ。

咲だよ。

お前、咲に話があるからって、駅前で咲と話してただろ?」

「だからさ。なんの話か分かんねぇけど、ちょっと帰ってきたばっかだから、後ででいいか?もうすぐ飯なんだよ。」

 そう言って里中はすぐに電話を切った。




「おい!ちょっと!里中!里中!」

 電話口に怒鳴り散らしても通話の切れたスマホはウンともスンとも返事を寄越さない。

「くっそ!」

 嫌な予感は止まらない。

最悪の想像は加速してすぐ俺の背中まで迫っていた。

けど、そんなこと認められない。認めたくない。

俺は最悪の想像から逃げ出すかのように部屋を飛び出ると家の外へと駆け出した。

途中、「こんな時間にどこに行くんだ!」と親父の怒鳴り声が聞こえてきたけど、「咲を迎えに行ってくる!」って言ってもやっぱりピントの合った返事は帰ってこなかった。


 自転車に跨がり緑道に入って、行き先は光明池の駅前。

トンネルを潜り陸橋を渡り自転車を漕ぎながら、咲はどこにいるか考えを巡らせる。

たぶんマクドじゃないかな?それともミスドか。

さっきの里中の口ぶり。

そうだ。あいつ告白に失敗したんだ。

だからヘソを曲げてあんな口ぶりになったんだ。

でも、咲だって気持ちの整理がつかなくて、それで駅前で時間を潰しているんだ。

だから、マクドかミスドで甘い物でも食べて気持ちを整理してるんだろう。

そんな都合の良い想像を頼りに、駅前に到着すると自転車に乗ったまま、ミスド、マクドの店内を覗き見てみる。

「いない。」

 けど、やっぱり咲はそこにはいなかった。

咲、お前どこにいるんだ?どこに行ったんだよ?

もしかして、夕方にたっぷり時間を掛けてウインドウショッピングを楽しんだコムボックスにいるのか?

それともダイエーか?

 けれどもその両方にも咲はいなくて、咲を探し回っているうちに気がつけば時間は8時を回っていた。

そうだ。咲、カラオケがどうのとか言ってたっけ?

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