第27話 大切な咲の日常
さて、咲に……、どうしよう?
別に何か考えることはない。
咲に告白するのは里中の話だ。
俺には関係ないし、咲に何か言う必要もない。
何かするといえば、何もしない事だ。
少なくとも咲には何も気取られないように、普段通りいつもの通りにしておけばいいんだ。
下駄箱から上履きを取り出して履き替えて、階段を上がると廊下にまでに賑やかな女子の声が聞こえていた。
「おはよぅ。」
ドアを開けると一層女子の声は大きくなって、その中から一層大きな咲の声が「ねぇ~お兄ちゃん!」と俺にめがけて飛んできた。
その一言に俺の悩みなんかすっ飛んで、「はぁ?」と顔を上げると高崎たちの輪の中から咲が手を振って俺の返事を待っていた。
「なんの話だよ?」
「この間のメイド喫茶!
高崎さんが教えてくれたメイド喫茶。
お兄ちゃんも良かったでしょ?」
ちょ!おい!なぁ!
メイド喫茶を連呼する咲の言葉に男子の視線が俺に集まる。
そんな話。こんな場所でそんな声でするんじゃねぇよ。
自意識過剰かも知れないけど、教室中の視線が俺に集まったような気がして返事に詰まっていると、「お兄ちゃん喜んでたじゃない!」と咲が追い討ちを掛けてくる。
「喜んでねぇよ!」
そこは否定しないと俺のクラスでのキャラが変わる。
俺の学生としての生存本能が危険信号を発して反射的に叫ぶと、咲はシュンと萎んだ風船のようになって、高崎が鋭い目つきで俺を睨んできた。
マジか。仕方ねぇなぁ。
流石に教室中に聞こえるような声を出す勇気のない俺は、高崎たちの輪に近付いて咲の背中をポンと叩いて「まぁ思ってたより……悪くなかった。」
と正直な感想を打ち明けた。
「でしょ~!?
あそこレベル高いんだから。日本橋じゃ一番だと思う。
あそこがイケルならメイドリアとかどうかな?
あ、それより咲ちゃん今度オススメの執事カフェを教えてあげる!」
って高崎、なんでお前が俺の話に返事するんだよ。それも活き活きと目を輝かせてるんじゃねぇよ。
「咲、程々にしとけよ。オタクが移る。」
「失っ礼ねぇ!!
咲ちゃんこんなに可愛いのに!!
今度、コスプレカフェに連れてってあげようか?
咲ちゃん、絶対似合うって!!」
高崎は咲の首ったけに抱き付いて、髪の毛をモシャモシャと撫で回すと、咲は毛繕いされた猫のように目を細めて「えっヤダよぅ。恥ずかしいしぃ。」と声を上げた。
遅かったか。
「みんな初めはそう言うの。
大丈夫、恥ずかしいのが段々気持ち良くなっていくから。」
「でも……似合わないよぅ。」
ほら、嫌がってても拒否はしてない。
こりゃダメだな。って思ってる矢先からやっぱり「じゃあ、来週土曜日ね。」と高崎が話を締めくくった。
コスプレねぇ。その写真を里中に送ってやったらさぞかし喜ぶんだろうなぁ。
そんな事を考えてる内に田西が来て、朝のホームルームが始まった。
退屈な国語、眠くなる数学、どうにか時間を潰しながら弁当を食べて、午後からは体育のサッカー、最後の六限目の授業は記憶にないくらい熟睡して、終わりのホームルームくらいから俺の頭はようやく動き始めた。
高校二年の秋。
「そろそろ自分の進路を真剣に決める時期だ」と言う田西先生の有り難いお話と共に進路希望を書く用紙を受け取ってホームルームは終わった。
机の中からノートや文房具を鞄に移し替えてみんなが「じゃあね」と声を掛け合っている中、ブーブーと俺のスマホのバイブが揺れた。
メールの相手は里中で「一緒に帰らないか?」って事だった。
咲と一緒に帰りたいのか、それとも俺との間の溝を埋めたいのか。
たぶんその両方だろう。
けど、無理だ。今日は用事があるんだ。
端的に「無理、用事がある」と打ち込んで、これはマズいなと思い返して「悪い。今日は用事があるんだ。今度、カラオケいこうぜ。」と打ち直して返信した。
用事。
それは咲と俺の秘密の用事。
咲の記憶探しだ。
あの泉北ライナーに乗って難波に行った日。
残念ながら咲の記憶を見つけることはできなかった。
けど、あの動物園で思い出を思い出したいと涙を流した咲に、「もう諦めよう。」なんて言えなくて、記憶探しはできる範囲で続けることにしたんだ。
パンジョやクロスモール、ハーベストの丘。
咲の記憶の片鱗に触れそうな場所は泉北にもたくさんある。
それに……もし咲の記憶が甦らなくても、このままこれから一緒に暮らしていくのなら、泉北の事を知っている方が良い。
そう、俺が生まれた時からあって、当たり前に思っている場所でも、記憶の失っている咲にとっては行った事のない未知の場所で、今日も高崎とハーベストの丘の話をされても、咲は何の事か分からずに「エヘヘ」と曖昧な返事を返していた。
そうこの記憶探しは咲の記憶を探すほかにも、咲がこれからも暮らしていく泉北の事を知って貰うっていう目的があるんだ。
そう考えて、俺は咲と泉北で咲の記憶を探す事にしたんだ。
ホームルームが終わってプリントを机にしまい込んで部活に駆け出す奴、早々に教科書やノートを鞄に詰めて家に帰る奴。
みんなが口々に「さよなら。」「バイバイ。」とバラバラとみんなが教室を出て閑散となった教室で、俺と咲も鞄に荷物を詰め込んで一緒に教室を出た。
校門からは白いカッターシャツの学生達が続々と出ていく。
スマホをいじりながらロクに前も見ないで歩いてる奴。
両手をポケットに突っ込んで大きな欠伸をしてる奴。
一人で、グループで、男同士で、女同士で、楽しそうにお喋りしながら帰るみんなの中で、仲良く肩を並べて帰る俺たち兄妹は遠目にはどう映ってるんだろうか?
まるで恋人同士?それともちゃんと兄妹に見えてるんだろうか?
いや、実際、どうなんだろう。
他の誰もが咲は俺の妹だって言っても、少なくとも俺にとっては咲は妹じゃない。
十日ほど前に初めて会った女の子なんだ。
小さくて可愛くて優しくて涙もろくて、だけど我慢強くて。
だから守ってあげたい。守らなきゃって思う。
だって俺はそんな咲のお兄ちゃんなんだから。
「……って、お兄ちゃん聞いてる?」
「あ……ああ、うん」
「でね、高崎さん、コスプレできる喫茶店をメールで教えてくれてね。
一緒に難波に行こう!って。
ねぇ~。お兄ちゃん、どうしよう?」
学校からの通学路。
今度の休みの事や宿題の確認、分からなかった授業の話をして、「お兄ちゃん、ずっと寝てるからでしょ!」て怒られた頃、長い下り坂の先に深井の駅が見えてきた。
「それで、お兄ちゃん今日はどこに行くの?」
深井の駅のホームへ上がるエスカレーターに乗りながら、咲が聞いてきたのは、この後の記憶探しの行き先だった。
「そうだなぁ。どこがいいかなぁ?」
エスカレーターの手すりにもたれながら咲に返事すると、咲は真剣な眼差しで俺を見つめていた。
ただ、なんだろう。
今日はあまり人気の多い場所には行きたくなかった。
やっぱ里中の事が気に掛かってるのか。
でもあれは……。
俺も……里中だって……、誰が悪いとかそんな話しじゃないし……。
そうだよ。それは俺も分かってる。
「お兄ちゃん……。どうしたの?」
いつの間にか考えが逸れていたのか、咲に言われて慌てて気持ちを持ち直して時計を見ると、時計はもうすぐ4時になろうとしていた。
「もう4時前だからなぁ。」と呟いて、「今日は近くの光明池に行くか。」と言ってみると、咲は笑顔で「うん。」と頷いた。




