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泉北の女神様  作者: 大和 政
第3巻 鬼探し
22/53

第22話 鬼の正体

 あのあと、二人と別れて家に帰った頃には、もう日は落ちて辺りは真っ暗だった。

泉ケ丘駅から自転車に乗って街灯に照らされたニュータウンの幹線道路から旧村の車道を通って家に帰る。

自転車をガレージに仕舞って、玄関のドアを開けると廊下の奥の台所からは美味しそうなカレーの香りが漂っていた。

遠慮も無しにグゥとなるお腹の虫に従って台所に行くと、お母さんが湯気の中でグツグツとカレーを煮込んでいる所だった。

「お祖父ちゃんは?」

「まだよ。

三琴、悪いけどお祖父ちゃんのところまでカレー持って行ってくれる?」

 いつもなら夕食は家族全員が揃って食べるのが家の約束みたいなものだった。

だけどどうやらまだお父さんとお祖父ちゃんの争いはまだ続いているようで、お父さんと顔を合せるのが嫌なお祖父ちゃんは約束を破って一人ご飯を続けている。

ねぇ、覚えてる?「どんな時でも夕食は家族みんなで食べんなアカン。機嫌が良くても悪くても、ケンカしてる時でも飯さえ一緒に食べとったらホンマの意味で仲が悪くなったりせぇへんもんや。」そう言って、部屋に籠もりがちだった私を無理矢理引っ張り出したのはお祖父ちゃんなんだよ?

まぁ私は、お父さんとお祖父ちゃんがしかめっ面しながらご飯を食べられても針のむしろだし、コレはコレで良いんだけどね。

「本当にいつまで喧嘩してるんでしょうねぇ。」

 そう言いながらお母さんは出来上がったカレーとご飯を別々にタッパーに詰め込むとその上にお皿とスプーンを置いて持ちやすいように風呂敷に包んだ。

「じゃあ、お願いね。」と手渡されたカレーを持って、私はお祖父ちゃんがいるのは社務所へと向かった。


 カレーを溢さないように気を付けながらドアを開けて、鳥居を潜り、玉砂利を踏みしめながら社務所に向かう。

 漢方の薬の臭いが漂うお祖父ちゃんの私室。ここにカレーの匂いが混ざるのかぁ。スパイシーカレーって風にはならないよね。

そんな事を考えながらガラガラとガラスの引き戸を開けて中に入るといつもの通りお祖父ちゃんはこっちにいた。

「お祖父ちゃん、カレー持ってきたよ。

明日からは家で食べるんでしょ?

いちいちこっちに持ってくるの面倒なんだから。」

「三琴には悪いと思っとる。」

「悪いって思ってるなら家で食べたら良いじゃない。

別に良いよ。今日で最後なんだし。」

「いや、でも、ちょっと、バツが悪いというか。行きにくいわ。」

「大丈夫よ。お父さんも怒鳴ったりしないから。

鬼探しの期限は今日まで。

それからはもう和田川のお社のことは言わないんでしょ。

なら、お父さんも何も言わないから。」

 こたつテーブルに風呂敷を置いてお皿を取り出し、スプーンでご飯とカレーをその上に盛る。

匂いに釣られてお祖父ちゃんがテーブルの前に座ると私もその向かい側に座った。

なにもお祖父ちゃんの私室に来たのはカレーを持ってきただけじゃない。

大事な話があるのだ。


「お祖父ちゃん。私、鬼の話、信じる。」

 お祖父ちゃんも私に話があることは察していたのだろう。

湯気の立つカレーには手を付けず、私が座るのを湯気の向こうで待っていたみたいだった。

「そうか。

それで鬼は見付かったんか。」

 お祖父ちゃんは驚きもしないで「そうか」と、一つ頷いただけだった。

やっぱりお祖父ちゃんにとって鬼はいるもので、「鬼がいる」なんて当たり前の話にいちいち驚いたりはしないんだ。

「それなんだけど、丑虎の鈴が割れちゃった。

ゴメン。本当のことを言うと今日まで鬼の話は信じてなかった。

嘘をついてた訳じゃないんだよ。

ただ信じ切れてなかったっていうか。鬼がいるってどういうことか理解してなかった。」



 ジッと話しを聞いてくれるお祖父ちゃんに、私は今日の事を話した。

泉ヶ丘の駅で丑虎の鈴が鳴ったこと。

その時の恐怖。鬼を退治しなきゃっていう決意。

それから父鬼に行ったこと、そして光明池の駅でまた鈴が鳴ったこと。

最後に丑虎の鈴が壊れたことを言うと、お祖父ちゃんはその時初めて「そん時のこと詳しく話してくれ。」と話に耳を傾けた。

「丑虎の鈴の鈴にヒビが入ったのは光明池の改札の前。

多分、降りてきたお客さんの中に鬼がいて、それでヒビが入ったんだと思う。

それからその中に翔がいて、翔と話してる内にパンと弾けて割れたの。

ちょうど咲ちゃんが来た時。」

 その言葉にお祖父ちゃんの目が鋭くなった。

「誰やて?」

「咲ちゃん。」

「咲って誰や?」

「覚えてないの?

翔の妹じゃない。泉さんは覚えてるでしょ?」

「それは覚えとる。」

 湯気の向こうでお祖父ちゃんの返事が重くなった。

お祖父ちゃんは何か考えながら二度三度ゆっくりと瞼を閉じると、言葉を選ぶようにゆっくりと「それは昔、()()(だに)に住んどった泉さんやろ?」と聞いてきた。

「その咲ちゃんはいくつぐらいの子なんや。」

「覚えてないの?

翔と同じクラスだから……同い年。

あれ?翔って双子だったっけ?

ああ、そうそう双子だ。

思い出したでしょ?

翔の双子の妹の咲ちゃんだよ。」

「じゃあ、その咲ちゃんは、三琴と同い年やねんな。」

「そう…だよ。」

 どうしてだろう。

お祖父ちゃんの言葉が段々鋭くなってきたような気がする。

「そうか、それは間違いないか。

昔、上神谷に住んどった泉さんとこの翔の双子の妹、やねんな。」

「どうしたのお祖父ちゃん。

なんか怖い…よ?」

 お祖父ちゃんの言葉はまるで警察の取り調べみたいに堅く鋭くなった。

何度も念を押して咲ちゃんの事を確認して。

そして、お祖父ちゃんはボソリと、けどハッキリと言った。


「三琴。

泉さんとこに双子の子なんかおらへん。」

「へ?何言ってるのお祖父ちゃん。忘れちゃったの?咲ちゃんだよ。」

 どうして覚えてないかなぁ。咲ちゃんだよ?いつも一緒に遊んでた。

それでもお祖父ちゃんは大真面目に首を横に振った。

「翔と双子の妹やって言うんやったら、お前とも同い年や。」

「うん。」

 私は何か反論することがとっても悪いことをするように思えてただ頷いた。

「なら儂が知らん訳ないわな。

儂、お前が小学校一年の時に子供会の代表やってたんやで、名簿も写真も残ってある。」

「だって、咲ちゃん……。

あっ、そうだ。咲ちゃん内気で家っ子だったからあまり子供会に来なかったじゃない。

だからお祖父ちゃん、覚えてないのよ。」

 でも、説明を重ねるごとにお祖父ちゃんの顔は険しさを増して、

そして最後にこう言った。


「三琴。

お前、鬼に化かされてるんや。」


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