第18話 変わったもの、変わらないもの
この泉北に鬼がいる。
そんな話を一体誰が信じるんだろう。
馬鹿 〃 しい。本当に馬鹿 〃 しい。
私は何度も呟いて丑寅の鈴をリュックサックの肩当てに括り付けた。
本当に馬鹿 〃 しい。
心を覆う苛立ちの正体は不信と不満と不安だ。
この泉北に鬼がいるなんて話を一体誰が信じるのだろうか。
でも、私は聞いてしまった。見てしまった。
あのお祖父ちゃんの話を、そして鬼の変わり身という古木が、まるでドライアイスが溶けて行くみたいに白い煙を立てて消えていく様を。
「お祖父ちゃんの話は本当だった。」と信じ込む素直な私を、「鬼なんているはずがない。」という常識的な私が否定して、「じゃあ、昨日見た古木が消えたことはどう説明するの?」と論理派の私が反論する。
「だからって鬼がいるなんて話は突拍子も無さ過ぎる。」
「でも見たことを信じないのはロジカルじゃない。」
常識的な私に論理派の私、そこに信仰派の私まで出てきて頭の中はパンク寸前だ。
そう言えばお祖父ちゃんの話の中に出てきた横山さん。
あの人も「どこからどこまでがホンマの話で、どこからどこまでがお伽話かハッキリさせたいんや。」って言ったらしいけど、もしかしたら今の私と似たような気持ちだったのかも知れない。
本当に鬼はいるのか、いないのか。
そんな確かめるのも馬鹿 〃 しい事を、私はもう確かめずには居られなくなっていた。
ハァ、と今日何度目かの溜息を付いて、私はリュックサックに括り付けた丑寅の鈴を爪弾いた。
先日お祖父ちゃんから預かった丑虎の鈴。
それは陶器で出来た鈴。
ゴルフボールほどの大きさの、手の平に収まる小さなその鈴は、牛の形をしていて、でも柄は黄色と黒の縦じま模様、虎柄をしていた。
牛と虎で丑寅?駄洒落!?
呆れて失笑も出ない程、奇っ怪でおかしなその鈴は、どこか滑稽で可愛らしく、どこかの田舎のお土産物みたいだったけど……。
でも確かにただの鈴ではなかった。
音が鳴らないのだ。
振っても指で弾いても。
鈴を摘まんで振ってみれば、確かに中の玉はコロコロと跳ね回っている。
なのに、鈴はカラカラともカチカチとも音を鳴らさない。
なにか素材とか湿度が関係してるのかな?
冷静に、そんな風に原因を考えてみるけど、お祖父ちゃんに言わせればそうじゃないらしい。
「ええか、三琴。
これは丑寅の鈴言うてな、鬼が近くにおるときだけ鳴る鬼除けの鈴や。
これがあれば近くに鬼がおるかどうかすぐ分かる。
三琴、これで近くに鬼がおるかおらんか捜してみてくれへんか?
一週間で良え。一週間経ってそれでも鬼が見付からんかったら、もうこの近くには鬼はおらへん。そう思って和田川のお社の事は諦める。」
あの日、お祖父ちゃんが和田川のお社の事を諦める替わりにと差し出された丑寅の鈴。
「これを使って鬼を探してきてくれ。」ってお祖父ちゃんは言った。
交換条件らしいけど、これはズルだ。
だってお祖父ちゃん、最後には「鬼がいてもいなくても、もう和田川のお社に拘る必要はない。」って言ってたもの。
拘る必要がないなら、別に捜す必要もないじゃない。
全く。
そんな思いはお父さんも同感のようで、夕食の時に話を聞いたお父さんは「そんなもんに付き合う事はない。」って呆れ果ててたけど、でもそれも違うと思う。
私がお祖父ちゃんの話を聞いてあげて、ちゃんと向き合ってあげれば、
お祖父ちゃんだって私の話を聞いてくれる。
だから一週間。
私が鬼捜しに付き合う時間は、きっとお祖父ちゃんの心の整理に必要な時間で、決して呆れるような無駄な時間じゃないと思う。
そう、鬼がいるかいないかなんて、大した問題じゃない。
鬼を捜すっていう行為そのものに意味があるんだ。
今でも「鬼なんていない」と叫び続ける常識的な私に取り敢えず納得のいく答えを見つけて、私はリュックサックに財布とタオルと水筒を詰め込んで鬼探しの準備を終えた。
本当に馬鹿げたことだと思うけど、でもお祖父ちゃんは本気で鬼がいるって信じてるんだ。
だから私も真剣にその思いに応える必要があると思う。
ちゃんと鬼を探して、鬼はいなかったってお祖父ちゃんに言って。
鬼がいなかったとなれば、お祖父ちゃんももう廃社に納得するしかなくなるし、その約束だ。
もちろんそれで急にお父さんとお祖父ちゃんが仲直りするとは思えないけど、まずは一段落だ。
もう家を売る売らないって喧嘩する事もない。
その為ならダイエットも兼ねて、今日一日鬼探しをするのも悪くはない。
さてさてどこへ行くのか。鬼はどこにいるのか。
鬼の居場所なんかに心当たりがあるはずないけど。
でもだからって、適当に街中を歩いて「鬼なんていなかったよ。」って言うような、そんな真似はしたくない。
お祖父ちゃんを納得させるんだ。
その為には例え骨折り損でも、ちゃんとやらなきゃお祖父ちゃんに納得してもらえない。
よし、行こう。
まるで遠足に行くみたいにリュックを背負って、歩きやすい運動靴を履けば準備は万端だ。
行き先は和田川のお社。
鬼を捜すなんて雲を掴むような話だけど、鬼を封印していた和田川のお社ならもしかしたら何か手掛かりがあるかも知れない。
まずはそこ。
玄関を開けると秋を忘れた残暑のムッとした空気に包まれて、「熱中症に気をつけろよ。」とお父さんが声を掛けてくれた。
別にお父さんだってお祖父ちゃんと喧嘩がしたい訳じゃない。
そんな思いが伝わって、空も応援してくれてるみたいに青空が広がっていた。
和田川のお社へは電車かな?なら駅までは自転車だ。
そう考えて、私はいつもの通学の時と同じようにガレージから自転車を引っ張り出すと、ゆっくりと注意深く自転車を手押しして家の前の道路に出た。
家の前の道路には歩道もガードレールもない。
あるのは路肩を示す白い路側帯のラインだけ。
そんな道路に自転車を出すと、私のすぐ横を大きなダンプカーが鼻をつまみたくなるような排気ガスをまき散らしながら通り過ぎていった。
路肩に積もった砂利にハンドルを取られないように気をつけながら自転車に乗ると、すぐ隣を何台もの自動車が猛スピードで追い越していく。
そんな危なっかしい道路を、春には田植えのトラクターがコトコトと大渋滞を巻き起こしながら走っていたりする。
そんな昔ながらの田舎の道路がこの道路なのだ。
私の家がある片蔵の村は、ニュータウンが出来る前からある、昔ながらの泉北の村だ。
小高い丘に挟まれた谷筋の小川の両脇には先祖代々の田畑があって、所々に軒を連ねた民家が集まっている。
その奥には雑木林の丘が広がっていて、その木々の合間からニョキニョキとニュータウンの団地が顔を出していた。
それは生まれたときから見ていた当たり前の風景。
……だったけど、お祖父ちゃんの話しを聞いた今は違う。
木々の向こうに見える団地を頭の中で消してみて、その代わりにいくつもの大きな木々を置いてみる。
そうすると、そこには五十年前の片蔵の風景が浮かんできた。
木々の生い茂ったいくつもの丘とそこから流れ出る小川。
小川の流れる谷筋には田畑が広がっていて、所々に民家が軒を並べている。
そうあの団地がなければ、ここは今でも山裾の小さな農村だ。
そんな農村の歩道のない危なっかしい道路からハンドルを切って、自動車も入れないような狭い集落の路地に入ると、両側には古い民家が建ち並んでいて、板張りの土塀に沿っていくつかの辻を通り過ぎると、路地は集落の裏山の雑木林に向かって上り坂に変っていった。
重い自転車のペダルに苦戦して、ハンドルを右に左に切りながら立ち漕ぎして、ついには自転車を降りて坂道を上っていくと、左手には雑木林が迫って、右手には民家の瓦葺きの屋根が並び、その向こうにはコンクリートで整備された小川とその両岸に細々と広がる片蔵の田畑が見えた。
これが、五十年前と変わらない昔ながらの泉北…か。
そんな言葉が浮かんできて、妙に心に落ち着いた。
そう、これが五十年前から変わらない泉北。
そして反対側の雑木林の向こうには、五十年前とはまるっきり変わってしまった泉北ニュータウンがあるんだ。
自転車を押して坂を上ってほんのちょっと。
坂の上まで登り切ると細い道は住宅街の中へと続いていた。
下の集落からほんの数十メートル先の坂の上。
けど、そこに並ぶ住宅はみんな近代的で屋根にはソーラーパネルが光っていた。
そう、さっきの雑木林はニュータウンが作られる前の山林の名残で、泉北の山々を切り開いて造られた泉北ニュータウンの縁のようなもの。
そしてその縁の内側のニュータウンには、外側のような古い民家も谷筋の小川も田畑もなく、ただ整然と規則正しくマスの目のように住宅が建ち並んでいた。
こんなにも違うんだ。
それは、生まれた時からの当たり前で、だからこそずっと見落としていた発見だった。
ここが昔は全部山の中だったんだ。
建ち並ぶ住宅も隣の白い校舎の若松台中学校もアスファルトで覆われたこの道さえも、五十年前には何もなくて、全部、全部木々が藪が生い茂る山の中だったんだ。
ううん。ここだけじゃない。
隣の栂・美木多だって光明池だってそう。
甲子園や東京ドームなんかじゃ計れない、島や町ぐらいの広さのこの泉北ニュータウンの全部が山の中だったんだ。
改めて考えると、それがどれだけとんでもない話なのか……、想像も出来なかった。
きっとお祖父ちゃんが言ってた「日本中からダンプカーやショベルカーが集まって来た。」って話も大袈裟じゃない。
なにしろ文字通り、見渡す限りに団地やマンションや住宅が建ち並ぶ、十二万人が暮らすこの泉北ニュータウン。
その果てがないと思えるほどのとんでもない広さの山を、木を切り倒して川を埋めて、山を切り開いて造り出したのだから。
そのために一体どれだけの山が削られたんだろう。
どれだけの川が埋め立てられて、どれだけの木が切り倒されたんだろう。
そしてどれだけの生き物たちが住処を失ったんだろう。
そんな事を想像したら、少しだけ、「工事を止めろ。」と言った鬼の気持ちが分かったような気がした。




