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泉北の女神様  作者: 大和 政
第2巻 甦った鬼
15/53

第15話 記憶探し

 咲の記憶を探そう。

あの日、咲にそう言って数日が経った。

もちろんその間何もしていなかったわけじゃない。

記憶を探すにはどうすればいいのか。それをずっと考えていた。

普通だったら警察だろう。

記憶を失った少女が家にいる。十分に保護の対象になるはずだ。

けど今回はそれはNGだ。

きっと来た警官も、他の誰とも同じように咲を俺の妹だと勝手に納得して帰ってしまう。

いや、下手をすれば俺の方が悪戯いたずらで110番をしたと怒られるかもしれない。

病院も同じような理由で却下だ。

いや現に咲の記憶はないのだから診察はしてくれるかもしれない。

けど、それ以前にきっと母さんや父さんが納得しない。

あの写真の時のように訳の分からない理由をくっつけて、無理矢理辻褄を合わせるかもしれない。

どちらにしても大事にしたら良くない。そんな気がする。


 自力で何とかするしかない。

そう思って、スマホをいじっていると記憶喪失について説明しているサイトを見つけた。

それによると、『記憶喪失の症状が出た場合には、金属バットで2度3度、頭部を殴打すると改善する場合があります。』って、なんじゃこりゃ。ガセネタかよ。

そんなサイトをいくつか見ている内に納得いく説明のあるサイトを見つけた。

『記憶喪失とは、記憶障害の一種で、原因には身体的要因と心理的要因の二種類があります。

身体的要因として考えられるのは、例えば、脳梗塞や脳血栓により記憶を司る脳の海馬が壊死したり機能が低下しているケースなど、脳に障害がある場合。

心理的要因とは、例えば、非常に強いストレスによりその記憶を思い出すことで精神的に不安定になる場合に、自己防御のために無意識にその記憶を思い出さないようになるケースなど、精神的な要因がある場合。

脳に障害があるケー………』

 これだ。

咲の脳に障害があるとは思えない。

なら、心理的要因で記憶を思い出せない可能性が高い。

そうだ。いないはずの人間がいる。

咲はその張本人なんだ。強いストレスがかかっててもおかしくない。

他の人が何故か咲を俺の妹だと思い込んでいる。そんな摩訶不思議はさておいて。

というか。考えても答えも原因も分かりっこないし、

咲の記憶喪失の事だけに焦点を当てて考えれば、なにか心理的要因で過去の記憶を思い出せなくなっているという説明は納得がいく。

なら、何か。例えば思い出の場所なんかに行けば、そのきっかけで記憶がよみがえるかも知れない。

そう、漫画やドラマでよくある展開。それの真似だ。

馬鹿げてるとは思うけど、今の俺に出来ることと言えばこれぐらいしかない。

そう考えて、俺は咲を連れて難波へ行くことにしたんだ。




 そして俺は今、特急泉北ライナーに乗っている。

隣の座席では、「凄い!!フカフカだよ~!」なんて言って、咲が足をパタパタさせてハシャいでいる。

 どうしてこうなったんだよ。

本っ当に、頭が痛くなってくる。

光明池の駅のホームで電車を待っていたら、到着してきたのは泉北ライナーだった。

「なにこれ!?金ぴかだよぉ。」

 大声で驚きの声を上げる咲に、俺は、そりゃまぁ、そうだろ。と納得した。

なにしろ金ぴかだ。

側面の波打つラインを除いては、前も横も窓さえも金ぴかで、まるでツタンカーメンみたいな電車が到着したのだ。

咲がはしゃぐのも無理もない。

なにしろ初めて登場したときは、電車に特に興味もない俺でさえ二度見して、周りの学生やサラリーマンもスマホで写真を撮っていた。

しかし、だ。

コイツに乗るには特急料金が掛かる。

それも安くはない金額だ。

だから、次の電車に乗ろうかと考えていたら、咲の奴が食い付いた。

「凄い!!中も金ぴかだよ~。」

 声を掛ける間もなく特急に乗り込んだ咲が手招きしてくる。

「それは違う。」

 そんな俺の声も聞かずに咲は特急の中に乗り込むと窓際の席に座って手を振ってきた。

あのなぁ。

咲を引きずり出すのにも時間がない。

仕方ねぇ。と腹を括って特急に乗ると、案の定その瞬間に出発のチャイムが鳴って扉が閉まった。

 しまったな。

もうそんなジョークしか出てこない心境で、車掌さんから切符を買うと、両手で手招きしてくる咲の隣に腰を降ろした。




 大阪人なら難波か梅田。

大阪に住んでいて、このどちらかに行ったことがない人なんていないだろう。

だから、咲が大阪に住んでいたのなら難波か梅田のどっちかに行ったことがあるはずだ。

その完璧な推理は、しかし結果を保証するものではなかった。

難波の駅に降り立った咲は「ふわぁ~」とか「ふへぇ~」とか気の抜けた歓声を上げながら電車の並ぶホームを眺め回して、挙げ句「鉄仮面だぁ~」なんて訳が分からない言葉を発してラピートの元へと駆けだして行った。

お前は幼稚園児か!!!

 ともかくその怒りのお陰で俺は落胆の色を咲に気取られずに済んだんだ。

実は、難波に着いたらすぐにでも、「ココ、来たことがある!」なんて記憶が戻るんじゃないかと期待していた。

そこまでじゃなくても何か記憶の片鱗に触れるものがあるんじゃないかと考えていた。

しかし咲の様子を見ると、どうやらそんなことはないようだ。

 どうする?どうすればいい?

Tシャツならアメリカ村、台所用品なら道具屋筋、漫画やアニメのグッズなら日本橋に行けばいいけど、記憶を売ってる店なんてあるはずもない。

ならココから先は、アテもなく当てずっぽうに歩き回るしかないか。



 難波といえば心斎橋そしてアメリカ村だ。

クラブなんかはちょっと怖くて行ったことがないけど、スタジオなら軽音の奴らに誘われて何度か行ったことがある。それに服を買いにならよく行く場所だ。

行くアテがないなら、取りあえずいつものようにアメ村に行くか。

「咲、ちゃんと付いて来いよ。」と声を掛けて、俺は難波駅を出た。

「うわぁ。凄い人。」

 駅前の交差点は人混みで溢れていた。

行き交う人は右から左から押し寄せ、アチコチで意味の分からない外国語が飛び交っていた。

戎橋の商店街は前が見えないぐらいの人の数で、俺たちはその中を人の流れに沿って北へと向かう。

店に入る人、店頭のショーケースに足を止める人、気を抜けば思わず人にぶつかりそうになる中を、右へ左へと足を進めていると、咲が俺からはぐれないように手を握ってきた。

「ちょッ!何すんだよ、いきなり。ビックリするじゃねえか。」

 咲の指先が触れた手を、俺は反射的に振り払った。

「お兄ちゃん、ご、ごめんなさい。でもスッゴい人が多くて。ちょっと怖い。」

 少し震える声で言い訳をした咲は、手を繋ぐのは良くないと考えたのか、今度は服の裾を摘まんできた。

何やってんだ。子供か。

でも、まぁこの人混みなら気付く人もいないだろ。

一々文句を言って咲をビビらせても仕方がない。

これぐらいは大目に見てやるか。


 確かにここは人が多かった。

なにしろこの先にはあのひっかけ橋とグリコの看板があるのだ。

大阪で一番有名な場所と言っても過言ではない。

だから食事や買い物に来た人だけではない。大阪に観光に来た多く人が押し寄せて来て、スマホで写真を撮って、遊覧船に手を振って、観光ガイドを片手に楽しそうに話をしている。

 そんな大阪の観光名所だから、咲もここには来たことがあるんじゃないかとか、記憶が戻るきっかけがあるんじゃないかと考えたんだけど、空振りのようだった。

人の多い商店街でも交差点でも、あのグリコの看板を見ても、咲は他の観光客と同じようにキョロキョロと周りを見渡し、指を指してハシャいでいるだけだった。




 結局、ここでも咲の記憶の手掛かりはなかった。

所詮はドラマや漫画の真似事。あんな作り話みたいに上手くいくとは思ってなかったけど、丸っきり期待していなかったわけでもない。

やっぱり残念だ。

「次はアメ村でも行くか。」

 もう期待はなかった。

難波駅でもひっかけ橋でも記憶は戻らなかったんだ。

それがアメ村では記憶が戻る。そんな事を期待できる理由なんて何一つない。

それでもここから次に行く行き先なんてアメ村しか思い浮かばなかった俺は、いつまでもハシャいでいる咲連れて御堂筋を渡った。


 ほんの道路一本。御堂筋を渡ると街の雰囲気はがらりと変わる。

雑多。というより混沌カオス

路地に広がる店々からは、ハウスにテクノ、トランスのサウンドが混ざり合って、ズンムズンムとドラムスの重低音が溢れ出てくる。

店先にはド派手なカラーのパーカーやTシャツ、ジーンズが掛けられていて、その隣の店ではジッポライターやシルバーアクセサリーが並んでいた。

 別にタバコを吸うじゃない。

でもジッポライターを見るのは好きだ。

ドクロや十字架、ドラゴンの柄のジッポなんかを見ていると、一つくらい買っても良いかな?なんていつも思う。

その隣にはスタジオの入り口があってその隣は楽器屋だ。


 この街に来るといつもワクワクする。

このカオスな雰囲気が、ちょっとアウトローな雰囲気が、胸をヒリヒリさせてドキドキさせる。

じっくりとジッポライターを見た後、楽器屋でエレキやベースを眺めて路地を進んでいくと、その先に三角公園があった。

歩き疲れて休んでるヤツ。待ち合わせで時間を潰してるヤツ。一人でスマホをイジってるヤツ。

俺も少し休もうかと三角公園に近付くと、後ろから咲のヤツが服の裾を引っ張ってきやがった。

「ねぇ、お兄ちゃん。ココ怖いよ。帰ろ…」

「はぁ?何言ってんだよ。」

 振り向きざまに声に出た言葉は、涙ぐむ咲の顔を見ても収まりきらなかった。

だって久し振りに難波に来て、咲の記憶探しは上手くいかず、せっかくアメ村を楽しく歩いてたのに、ナンなんだよ!

「誰のために難波に来てやってると思ってんだよ。

お前の記憶を探しにココに来てるんだろ?

なのにナンだよ、帰ろ。って。

じゃあお前一人で…!」

 俺は息を飲んだ。

咲が、目を真っ赤に腫らして、こぼれ落ちそうな大粒の涙をなんとか堪えて「ごめんなさい。お兄ちゃん。」って言ったから。

危なかった。

もしあのまま「お前一人で帰れよ!」なんて言ってたら完全にアウトだ。

ギリギリのところで冷静さを取り戻した俺はフッと息を吐いた。

そうだよ。誰のためって、咲のためだけじゃないだろ。

咲の記憶を取り戻すのは、俺には妹なんていないって証明するため。

俺のためでもあるんだろ?

そう自分で気付いて幾らか冷静になった俺は、同時にあんなに感情的になった理由にも見当がついた。

「お兄ちゃん」と呼ばれることが凄まじく不快なんだ。

そもそも咲は妹なんかじゃない。

その事を確かめるためにココに来てるのに、咲は「お兄ちゃん」「お兄ちゃん」と話しかけてくる。

本当に分かってるのかよ。そう苛立ちが募ってくる。

でも冷静に考えれば咲には悪気はない。咲が悪いわけではない。

記憶を無くして、なぜか俺のことをお兄ちゃんだと思い込んでいるんだ。

だから、記憶が戻るまでは俺のことを「お兄ちゃん」と呼ぶのは仕方がないことだ。

「分かったよ。」

 ただそれだけ言って、俺は咲の手首を掴むと来た道を戎橋へと戻っていた。





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