第14話 鬼の抜け殻
お祖父ちゃんの話は長く長く続いていた。
取り出したスクラップ帳の記事を指差しながら、ニュータウンの開発の話、現れた女の子の話、地鎮祭の話、大雨の話、そして鬼の話を語り続けた。
そのそれぞれの話がスクラップ帳に貼られた新聞の、雑誌の、地域情報紙の切り抜きに記されていて、お祖父ちゃんの話が作り話ではないことを裏付けていた。
でも、信じられない。
お祖父ちゃんが嘘を言っているようには思えない。
でも、鬼とか祟りだとかそんな話は信じられなかった。
矛盾してるよね。
おじいちゃんの話を信じるって事は、鬼がいるって事を認めるって事なのにね。
そんな微妙な葛藤が顔に出たのか、お祖父ちゃんは私の顔をジッと見つめて「そうやな。」と呟いた。
「急にこんな話しを聞いても信じられんわな。」
溜息を付くように呟いたお祖父ちゃんの言葉に、私は思わず身を乗り出して「違う。」と答えた。
お祖父ちゃんの話を信じていないわけじゃない、鬼とかの話が信じられないだけで。
また矛盾だ。
でも違う。そうじゃない。心の中には何か答えがある。
でもその答えが出てこないのだ。もどかしい。
何秒も何十秒も私はジッとお祖父ちゃんを見つめていた。
伝えたい気持ちがあるのに、その気持ちが言葉にならない。
焦りと苛立ちともどかしさで、まるで睨み付けるようにお祖父ちゃんの顔を見つめている私を、お祖父ちゃんも無言でジッと見つめていた。
「私は…お祖父ちゃんを信じてる。嘘なんかつかない。
だから、今の話も嘘なんかじゃない。」
まだ上手く言葉になってない。自分の気持ちをこう表すのが精一杯だった。
「なら、三琴は鬼のことを信じるんか。」
でもお祖父ちゃんはそんな曖昧さを許さず、鋭く矛盾を突いてきた。
でも、逃げない。嘘は言えない。
「分からない。信じられない。
でもだからって、お祖父ちゃんの話を嘘だって言わない。」
頭より口から先に答えが出たような感じだった。
そう、鬼の話は信じられない。
けど、お祖父ちゃんの話なら信じられる。
鬼がいるって信じてるお祖父ちゃんのことを理解してあげることならできる。
「私は、お祖父ちゃんを信じてる。」
上手く気持ちが伝わったのかな。
お祖父ちゃんはちょっと頬を緩めると「まぁ、ありがたいこっちゃ。」と言った。
「こんなんを浩一や千春さんに言ゆても、ボケたんか。なんて言われるのが関の山やろうからな。」
笑いながらお祖父ちゃんは話の終わりを告げるかのようにスクラップ帳を閉じた。
結局、私の気持ちは上手くお祖父ちゃんに伝わらなかった。
でもそれは大した問題じゃないと思う。
大切なのはお祖父ちゃんが鬼を信じていると言うこと。
そしてそのお祖父ちゃんの事を理解してあげること。
そうしなければ話合いなんてできるはずがない。
そう言えば、言い争いになったお父さんは、まぁ当然ながら「鬼なんている訳ないだろ!」とけんもほろろだった。
でも、鬼がいるって信じてるお祖父ちゃんにしたら、それだけで『話にならない。』訳で、当然そんな二人の話し合いが前に進むわけもない。
和田川のお社の話は出来なかったけど、今日は話を聞けて良かったと思う。
お祖父ちゃんの話を聞いて、鬼の話を知って。
それがどんなにあり得ない話でも、お祖父ちゃんにとっては間違いなく真実の話で、それを否定することなんて出来ないと分かったから。
きっと時間を掛けて話をすれば、お父さんもお祖父ちゃんもお互いのことを分かってあげることは出来ると思う。
出来なくても私が間に入ろう。
仕方がない。長期戦だ。
今日のところはもう話すことはない。
「お祖父ちゃんありがとうね。」
そう頭を下げて部屋を出ようとしたとき、お祖父ちゃんが「ちょっと待ち。」と私を引き止めた。
「なに?どうしたの?」
正直、嫌な予感がした。
でもお祖父ちゃんはそんな私の言葉なんて耳に入れず「そうや。うん。たぶんそうや。」と、一人で何かを考え込んでいた。
そして一人で納得して答えを出したお祖父ちゃんは「ちょっと付いてきてくれ。」と私を連れて社務所を出た。
外の雨はお祖父ちゃんの話しを聞いている内に本降りへと変わっていた。
「強くなってきおったな。」
お祖父ちゃんは何かもの凄く心配そうな仕草でその雨粒を手のひらで受け止めると、雨で濡れた手のひらを握りしめた。
社務所から本殿へ。
口数の減ったお祖父ちゃんに掛ける言葉は思い付かない。
一体お祖父ちゃんは何を思い付いたんだろう?
何か不穏なものを感じながらも、私も傘を広げて本殿へ向かうお祖父ちゃんの後を追った。
雨に濡れた玉砂利が不気味にシャリシャリと音を立てる。その音が一層不安を掻き立てる。
本殿の前でお祖父ちゃんは、一礼して傘をたたみ、本殿の中へと入っていった。
本殿の中には先日、遷座を済ました和田川のお社の御神体があった。
薄暗い、湿った木の匂いの充満した社殿の中、四方をしめ縄で囲い、祀られた古木。
丁重に祀られているかのように見えるけど、違う。
お祖父ちゃんの話を聞けば分かる。この四方のしめ縄は結界だ。
そう分かるともう近寄るのも気が怯む。これは鬼なんだ。
どうして私をここに連れてきたんだろう。
そんな疑問に、お祖父ちゃんの様子を窺えば、お祖父ちゃんは鋭い目線で古木を睨み付けていた。
そして「三琴。三琴にはこれが何に見える。」と突然言ってきたのだ。
「えっと、木?古い木。」
あまりに突然言われたのと、何か嘘は言ってはいけないような気がして、私はとっさに正直に答えた。
怒られるのか。悲しませるのか。
一瞬、シマった。なんて思ってみたけど、お祖父ちゃんは何も気にしていない様子で、「そうやな。俺にも木にしか見えん。」なんて答えが返ってきた。
えっ?
これは鬼じゃないの?
お祖父ちゃんが言ってることの要領が分からずに、目を白黒させてると「抜け殻や。」と端的に答えを教えてくれた。
「これはもう鬼やない。ただの古木や。
あの和田川の遷座の時、雷が落ちたのは覚えてるか。
あの時までは確かに、この古木は俺には鬼の姿で見えとった。
せやけど、あの雷が落ちた時、その中から白い靄のようなもんが抜け出したのが見えたんや。
それからは俺にも古木にしか見えへん。
きっとあの時に鬼が逃げ出したんやろ。
せやから俺は焦ってた。
急いでもう一遍、あの和田川のお社に鬼を封印せんとアカンと思い込んでた。
せやけど違うな。
今さっき、昔の事を順に話して、頭の整理が着いたわ。
もうコレは鬼やない。もちろん和田川のお社にもおらん。
鬼は逃げ出したんや。
せやからもう、和田川のお社に拘る必要もない。」
お祖父ちゃんはそう言うと無造作にしめ縄を掴んでその下を潜って、古木に突き刺さった本身の刀に手を掛けた。
鬼斬り頼光。
お祖父ちゃんがその刀を掴んで引き抜けば、その弾みで古木からは小さな木片がボロボロと崩れ落ちた。
そして鬼斬り頼光を完全に引き抜いた時、古木はグシャリと音を立てるかのように崩れ落ち、そして姿を消した。
なにこれ!?
そんな怪奇現象を目の当たりにして声を失った私に、お祖父ちゃんはさっきの丑虎の鈴を手渡してきた。
「三琴。
鬼探しや。
和田川の社を壊す替わりに鬼探しを手伝ってもらうで。
今ここには鬼はおらん。
逃げ出したんか、力を溜めとるんか、それとも記憶でも失ってるんか分からんけど。
あの鬼が目を覚ます前に、あの雨が降り出す前に、どないかしてあの鬼を探し出して、もう一回封印するんや。」
古木が崩れて床に吸い込まれるように消えゆく。
そんな有り得ないものを見た私は、もうお祖父ちゃんの言葉を信じるしかなかった。
鬼がいる。
そのことを思い知らされて、私の心の底からはジワリジワリと恐怖が染み上がってきた。




