第13話 和田川のお社
「地鎮祭ですか?」
そう聞き返した俺に横山さんは「そうや」と頷いた。
「もう一度地鎮祭をやって、その女の子が鬼がどうか確かめたいんや。」
無茶苦茶な話やと思った。
地鎮祭をやったところであの子が来るかは分からへん。
もし来ても、だから言うて鬼やと分かるわけでもない。
それでも横山さんは有無を言わせんかった。
「いや、もしその女の子が鬼ならもう一度現れる。そんな気がするんや。
それにその子が出て来うへんかったら、それならそれでかまへん。
その子が鬼やないって、
まぁ、それだけでは分からへんけど、それでも一つハッキリする。
地鎮祭と女の子は関係がない。
それだけが分かるだけでも一つ前進や。
ホンマ馬鹿げたお願いやけど、一遍だけ、一遍だけや。
頼むわ。
地鎮祭。やってくれへんか。」
なんとも哀しい姿やった。
地鎮祭をやっても、その子が鬼かどうかなんて分からへん。
いや、そもそも、鬼がおらん事をどうやって証明するのか。
どんなけ探し回っても、どんなけ手立てを尽くしても、「今回はたまたま出てけーへんだけや。」と言えばそれまでで、おらへん証明にはならん。
「次こそ出て来るかも知れん。」と言えば、いつまで経ってもイタチゴッコで証明なんか出来るはずがない。
そんなことは横山さんも承知してるんやろう。
承知の上で、納得できる答えが見つかるまで、居もせーへん鬼の影を追いかけて、いつまでもいつまでも鬼の姿を捜す気なんやろう。
そう思うと無碍に断るのも悪い気がしてきた。
一遍くらい付き合ったろか。
そう同情したんや。
土砂降りの雨は三日経っても降り止まんかった。
川の水はアチコチで氾濫して、田んぼや畑はもちろん納屋や家まで水浸しになった。
テレビのニュースは毎日毎日、「異常気象が…」「異常気象が…」と連呼してたけど、村のモンはみんな、「これは尋常やない。」と何か異様なものを感じてた。
そんな中やったから、俺が「もう一度地鎮祭をする。」と言ったときには誰も不思議には思わへんかった。
まぁ、俺らが鬼退治をしよう思ってるなんて、誰も想像もできへんかったやろうけどな。
地鎮祭は横山さんの法華寺のお堂でする事になった。
それは横山さんのアイデアやった。
「お堂の内と外とに見張りを立てて、誰も近付けんようにする。
もし、これでその子が現れたら、その子は普通の子やない。
ハッキリするやろ。」
そう言い切る横山さんの頭には、その子が現れない時のことなんか、考えてもないみたいやった。
でも、それでも俺は地鎮祭に反対する気はなかった。
鬼の話は別にしても、この異常な雨はどうにかしたかった。
雨乞いの反対はなんやろな。日乞いって言うんかな。それとも雨止めかな。
ともかく、俺が神官として出来ることは神様にお祈りすることだけや。
そう思って、地鎮祭をする事にしたんや。
地鎮祭の前日は準備に追われた。
女の子が現れる。現れた女の子は鬼に違いない。
そう信じて疑わへん横山さんは、入念に準備を進めてた。
お堂の中に祭壇や椅子を並べて、その影に鬼切り頼光を隠した。
更には、当日の朝からはお堂の屋根の上から床の下まで点検して誰もおらんことを確認して、お堂の外には見張りを置くことになった。
「これで、誰も来られへん。現れるはずがない。
そうやろ?吾田はん。」
横山さんの言いたいことは分かった。
確かにこれで女の子が現れたら、もうそれは鬼かお化けか幽霊や。
でも、出て来る訳がないやろ。
きっと地鎮祭は何事もなく終わって、それでも横山さんは「これであの子が鬼やないと分かった訳やない。たまたま今回は出て来うへんかっただけかも知れん。」とか言うんやろなぁ。
そう思うともう溜め息が止まらんかった。
明くる日、地鎮祭をやった。
前回とは逆に、俺の方からお願いした現場監督は「こんなに雨が続いては仕事もないから」と、三十人からの作業員を連れて来てくれた。
流石にこの人数はお堂の中に収まりきらず、十人ほどは外で待って貰うことになった。横山さんの言った見張り役やな。
こうして地鎮祭の準備が整った。
まだ雨が続いてて昼間やのに夕方みたいに薄暗かった。
雷はそこかしこで鳴り響いて、まるで地鎮祭を邪魔しようとしてるみたいやった。
そんな中で俺は地鎮祭を始めた。
一同を祓い、清め、そして降神の儀。
前の地鎮祭の時と同じように「ぉおぉおぉおぉ」と声を上げたときや。
お堂に雷が落ちた。
バァンと弾ける音とともに目も眩む稲光がお堂を包んだんや。
耳をつくような轟音と目を眩ませる閃光。
真っ白になった視界が徐々に薄らいできたとき、目の前にあの女の子がおったんや。
今の一瞬のうちにお堂の中に入ってきたんか?
そんなはずはない。
このお堂には俺だけやない。横山さんも現場監督も二十人近くの作業員も居てる。
その全員に気付かれんようにお堂に入るなんて出来るはずがない。
どうやってお堂の中に入ってきたんや。
その場の全員が度肝を抜かれて騒然とすれば、横山さんが慌てて外へと駆けだした。
外は相変わらずの大雨。
けどそれ以上の異常はなかった。
慌てた様子の横山さんにも、外にいてた作業員は不思議な顔をして「どうないしたんですか?」と尋ねた。
「今、だれか中に入ったか?女の子が通らんかったか?」
震える声の横山さんに作業員は「だれも来てへんで。」と呑気に答えた。
「ほなやっぱりや。
あの女の子は人やない。鬼や!」
振り返って叫んだ横山さんの声に答えるように、女の子の声が響いた。
「さあ、答えを聞かせてもらうぞ。吾田の子。」
恐ろしい事に、その声は直接頭に響いてきた。
俺も横山さんも現場長も、外に居てて中の様子なんか分かれへん作業員さえも、みんな顔色を失ってその場にへたり込むもんまでおった。
「今一度問う。この地より立ち去るか、否か。」
強烈に響く女の子の声。
もうこれは人間のできる技やなかった。
あの子は人間やない。ホンマもんの鬼や。
疑う余地なんてなかった。
あまりのことに我を失った俺に、鬼は「さぁ、答えよ。」といよいよ答えを迫ってきた。
せやけど、鬼が出たからって工事を中止なんかできるわけがない。
俺にそんな事を決められるはずがないし、「鬼が出たから」なんて言って誰が信じる?
言葉に窮して答えを言い兼ねているうちに、その鬼は「あい承知した。」と声を上げた。
「其方らがそういうつもりなら、わらわももう遠慮はせぬ。
わらわの意に背いたことを後悔するがよい。」
その声を合図にして稲妻が何度も何度も轟いた。
外は日が暮れたかのように真っ暗になって、雨は更に雨足を増した。
お堂の軒先からは雨樋を越えて雨が滝のように流れ落ちて、その向こうの風景は雨に遮られて何も見えへんようになった。
「これはホンマにあんたの仕業なん…」「退きや!」
言い掛けた俺を押し退けたのは横山さんやった。
お堂に隠してあった鬼斬り頼光を手に取って、大上段に振り上げてヤァ!と力一杯振り下ろすと、鬼は宙に浮いてそれを躱した。
それはもう映画か漫画のようやった。
勢い余って横山さんの手から鬼斬り頼光が抜け落ちる。
そのまま刀は床に落ちるかと思うと、刀は勝手に弾け飛んで、鬼に目掛けてバシュっと一直線、矢のように飛んで行ったんや。
流石の鬼もこれは避けられへんかった。
刀は鬼の喉元に深々と突き刺さって、堪らず鬼はもんどり打って床に転げ落ちた。
仕留めた!
俺はそう思った。
ところが鬼は雄叫びを上げて立ち上がると、喉元に深々と刀を突き刺したまま、藻掻き苦しみながらお堂の外へと飛び出したんや。
「逃さへんで!」
俺と横山さんもその後を追って外へと飛び出した。
鬼は右に左に振らつきながらお寺の表に出ると、そこで足を滑らした。
なんとお寺の前の道は降り続く雨で川のようになっとったんや。
水の流れは急やった。
下手に足を入れたら立ち所に足下を掬われて流される。そんな水の量と勢いやった。
その水の勢いに足を取られた鬼は瞬く間に水に飲まれて押し流された。
そしてその激流の先には堤を越えてうねり狂う和田川があった。
「アカン。逃げられる!」
鬼を追うことしか頭にない横山さんは、鬼を追おうと激流の中に足を踏み入れると、鬼と同じように足下を掬われた。
俺はとっさに手を伸ばして横山さんの腕を掴んだ。
一瞬俺まで勢いに負けて流されそうになったけど、なんとか足を踏ん張って、勢いで俺は身体をブロック塀に打ち付けた。
けど、そのおかげで二人とも流されんと済んだんや。
「アカン。横山さん。こんなん流されたら怪我や済まん。」
それで俺と横山さんは、仕方なく女の子を追うのを止めたんや。
雨はそのあとすぐに止んだ。
明くる日には川の水も随分収まって、もう堤を越えるようなことはなかった。
あの鬼はどうなったのか。俺は気になって仕方がなかった。
あのまま川に流されて死んでもうたのか。それともどっかで傷を癒やしてるんか。
なんせ相手は刀剣に喉元を貫かれても死なへんかった鬼や。
あの濁流に呑み込まれても死んだとは限らん。
もしかすると怒りに打ち震えながら復讐を誓ってるんかも知れん。
そう考えるとゾッとして、もう居ても立ってもおられんかった。
俺は横山さんと一緒に軽トラに乗り、和田川の川沿いを鬼がおらんか見て回った。
土砂の残る府道を走り、水に浸かった田畑の合間を抜け、野々井の近くまで行ったときや。
アレがあったんや。
それは干からびたミイラ。
頭にはまだ長い髪が残ってて、喉元に鬼斬り頼光が突き刺さってた。
それはあの鬼の成りの果てに違いなかった。
手を合わせ静かにお経を読む横山さんに、俺が「コレはどないしましょか?」なんて相談してるうちに、パラパラと人が集まってきた。
これは警察沙汰かな。「鬼退治した」なんて誰も信用せんやろし、大事にならんかったか良いんやけどなぁ。
なんて心配したんやけど、それは杞憂やった。
なんでかは分からん。
せやけど、他のもんにはアレが古木に見えてるようやった。
長い髪は、蜘蛛の巣か何か。
二つの眼窩は、並んだ虚。
苦しそうに折り曲げられた手足は、四本の枝葉。
理由は分からんけど、助かったのは、助かった。
俺と横山さんは周りの人がみんなアレを古木にしか見えてないことを良いことに、「こんなに人の形をした古木とは珍しいし、なにやら気味が悪い。これはこの場でお祀りしたほうが良いんちゃうか?」と言いくるめた。
それもあんな大水害の後の話や、俺と横山さんが騒ぎ立てればアッと言う間に周りのもんも気味悪がって、すぐにお社を建てて古木をお祀りしよう。となった。
それが、あの和田川のお社なんや。




