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泉北の女神様  作者: 大和 政
第2巻 甦った鬼
12/53

第12話 法華寺の鬼伝説

 その雨は普通やなかった。

文字通りの滝のような雨やった。

テントを叩きつける雨の音は隣の人の声も掻き消すぐらいの大きさで、外は日が落ちたんかと言うぐらい薄暗くなってた。

地面にはみるみる水溜まりが広がって、それが池のようになり川のようになった。

「こ、ら、ア、カ、ン。」

 隣のもんと話するのも一苦労やった。

そんな状態で地鎮祭はできへん。

テントを片付ける事もできんとそのままにして、仕方なく雨が止むまで工事現場の事務所で休むことになった。

テントを出て車に乗るまでのホンのちょっとの間に烏帽子も狩衣も袴もずぶ濡れになっとった。


 こんなひどい雨はすぐに止むやろ。みんなそう思ってた。

せやけど、雨は一日経っても三日経っても降り終えることがなかった。

木や藪を刈り切って土塊つきくれの剥き出しになった山ではアチコチで土砂崩れが起こって、押し寄せた濁流は今にも和田川や石津川の堤を越えて溢れだしそうやった。

合羽も傘も役に立たん。俺らはみんなずぶ濡れになって土嚢を積み上げて、家に残った女のもんは仏壇やら箪笥やら家財道具を二階にあげて万が一のことに備えてた。

 ウチらも同じように家財を二階に上げて神具や祭具を運んでるときや、法華寺の横山さんが来はったんや。




「吾田さん。鬼の話を聞きましたか。この雨は鬼の仕業かもしれん。」

 会ってすぐ、挨拶もそこそこに横山さんは急に話を切り出した。

俺も昔からこの土地に生まれ育って、三宝の鬼退治やら、法華寺の鬼斬り頼光の話やらは知っとる。

それにしても突拍子もない話や。

俺は「まぁ、まずはお茶でも飲んで気を落ち着けて下さい。」と席を勧めたけど、横山さんは「そんな余裕はない。」と玄関口で立ったまま、何やら長細い筒を取り出した。

中には刃こぼれ一つ無い綺麗な刀剣の本身が入ってた。


「これが今朝、ウチの山から出てきたんです。」

 聞けば確かに奇怪な話やった。

法華寺には鬼斬り頼光の昔話が伝えられてる。

それは、三宝の鬼退治の後の話。

見事、二匹の鬼を打ち倒した武士は、その時に使った仏像を近くのお寺で安置して、二度と里に鬼が現れないように鬼の返り血の付いた刀、鬼斬り頼光を地面に突き立てて結界を張ったという。

それが今の法華寺らしい。


 とはいえ、昔々の昔話や。

横山さんも別にホンマに信じてた訳やなかった。

ところがこの大雨で裏山の一部が崩れて、大慌てでその様子を見に行ったら、ゴッソリと崩れ落ちた山の斜面の中からこの刀が見つかった。という。

「まるで今し方、誰かが突き立てたみたいな佇まいで地中から出てきたんです。

山崩れに押し流されることなく、歪みも痛みもせんと。

それどころか、土の中にあったのに錆び一つない。」

 興奮して矢継ぎ早に早口でまくし立てる横山さんに嘘はないと思った。

そもそも嘘を言う理由がない。

「ほんならこれがあの鬼斬り頼光なんか。」

 まるで刀が「そうだ」と答えた気がした。

横山さんから預かって、その刀身を手にしてみれば、刃こぼれ一つない見事な刀身に心が奪われて、疑問を抱くのも畏れ多い。そんな気になってきた。

「それで、まぁ、大層なことには違いないけど。

それをなんで俺に言うんや。自慢しにきたんと、ちゃうやろ?」




「何を言ってんねや、吾田はん。

あんた、鬼に会うたんやろ?」

 俺の言葉を遮るように言い返してきた横山さんの言葉。

何のことかも分からずに返事に困っとると、「作業員から聞いたで地鎮祭のこと。」と横山さんが話を進めて来おった。

「鬼が出たらしいやん。子供の格好した鬼が。」

 横山さんの言葉に俺は呆れてしもた。

地鎮祭に来た女の子は、まぁ確かに不思議な子ではあったけど。

それを鬼というのは、ちょっと話が飛びすぎとる。

「いや、ちょっと横山さん。

鬼とか何とか………。本気ですか?」

 もうなんと声を掛けても良いのか。

俺は困り果てて、ええから取り敢えずトットと帰ってくれ。くらいに思った。

せやけど横山さんは帰るどころか「ええか。」と話を続けて来おった。

「その子で間違いないらしいやん。

『工事を止め。』言うたり、『祟る』やら『呪う』やら言うたりしたのは。」

 確かにそれは間違いない。

地鎮祭の時、目の前におった女の子を現場監督が指差しとったし、後ろの作業員もその子に怒鳴ってた。

見間違いやないやろう。

「でも、ちょっと悪戯が過ぎるだけで…。

まして鬼やとか何とか、話が違いすぎるんちゃいます。

それに相手はちゃんとした女の子でしたで、角も牙も生えてなかったし。」

 俺はこれで話は終わったと思った。

けど横山さんが神妙に「そこや。」と言ったとき、俺は井戸の蓋を踏み抜いたみたいな、しもた!って気になった。


「三宝の鬼の話は知ってるやろ。

あの話の中で出てきよる鬼は、兄妹の鬼や。

と言うことは、女の鬼もおったって訳や。

それに兄妹の鬼が争ったとき身体が二回り三回りと大きくなった。と言いよる。

ほんなら逆に普段はそんなに大きくないって事や。

人と同じ様な姿をしててもおかしくないやろ。

最後にその女の子の服装や。

和服でもない古風な服と言いよるから調べたら、恐らく唐服らしいわ。

なんでそんな珍しい服装なんや。

よう考えたら、三宝の鬼の話で妹の鬼が貰ったら葛籠の中には何があった。

そう、反物や。

せやから妹鬼はそんな珍しい服を着とるんや。」


 ようそんな話を考えたもんや。

俺はもう開いた口が塞がらんかった。

「いや、横山さん。

流石にそれは考え過ぎですわ。

三宝の鬼の話はむかし話です。

ちょっと頭冷やした方が…良いんちゃいます?」

 もう失礼承知で、そうストレートに言うしかなかった。

そうせんと横山さんの想像は止まりそうになかった。

でも、それでも横山さんの話は止まらんかった。

「そうや。おとぎ話や。

でもな、吾田はん。

その女の子。『その身を持って思い知れ。』って言うてから雨が降り始めたんやろ?

それもただの雨やない。見たことも聞いたこともない豪雨や。

それで、この鬼切り頼光が現れた。

全部ホンマの話やで、ホンマの話。

けど、全部おとぎ話みたいな話や。」

「だから言うて、ホンマの話とおとぎ話をごっちゃにするんはちゃうんちゃいます?」

「ちゃうちゃう。逆や。ごっちゃやない。

ワシはおとぎ話とホンマの話をキッチリにしたいんや。」


 手と首を振り話を否定した横山さん。

その様子に俺はゴクリと生唾を飲んだ。

いままでの霞の掛かったような話を横山さん自身が否定したことで、ちょっとは話の輪郭が見えてきた。

なにも横山さんは荒唐無稽な話をしようとしてるわけやない。

そう理解したとき、これは難儀な話になると勘が働いたんや。




「ワシはな、吾田はん。

法華寺で生まれ育って、ずっとこの話を聞かされてきたんや。

それも、ワシが生まれ育った頃は、電気もガスもない時代で、部屋の明かりは行灯か蝋燭、風呂は薪風呂、日が沈めば真っ暗な夜が訪れる。

そんな時代や。

今よりな、ずっと、神さんや仏さんが身近に居てはった。

そんな時代に、『ウチの裏山には鬼封じの刀がある。』『ウチの仏さんは鬼退治で使われた仏さんや。』言うて育てられてきたんや。

今は流石にな。神さんや仏さん、まして鬼なんかこの世に居てへんて、頭では分かってる。

でもな、小さいときから腹に染み付いてしもたもんは、なかなか落ちへんねや。

もしかしたらウチが先祖代々伝えてきたのはホンマの話かも知れん。

三宝の鬼退治の話も鬼切り頼光の話も全部ホンマの話かも知れん。

そんなアホな考えがな、いつまで経ってもくすぶって、消すことが出来へんねや。

そこにきて、あの女の子、この雨、この刀や。

ワシはもう、どっからどこまでがホンマの話で、どこからがおとぎ話なんか分からんようになってきた。

せやから、ワシは、どれがホンマの話で、どれがおとぎ話か。

白黒ハッキリさせたいんや。」


 


 横山さんこそ鬼ちゃうか。

それぐらい鬼気迫った勢いで横山さんは、血走った目を俺に向けてた。

いっそ「鬼は居てるんや。」くらい言ってくれれば、こっちも「そんな阿呆な事には付き合われへん。」と言えるのに、「白黒ハッキリさせたい」と言われれば、そうもいかへん。

「それで、なんで俺のとこに来はったんですか?

俺、鬼の事やらなんやら。むかし話程度のことしか知りませんで。」と、仕方なく答えた俺に横山さんは「頼みがあんねや。」と手を握り締めて言った。

「もう一遍、地鎮祭をしてくれへんやろか。」

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