第11話 ニュータウン開発
この記事は今から五十年前、この泉北ニュータウンが作られる時の新聞記事や。
それまではこの泉北は、それこそ狸や狐が出るような山ん中やった。
そこに人口二十万人の大きな街を作るって話が出たんや。
それはな、多摩ニュータウンや千里ニュータウンに続く全国最大規模のニュータウン計画でな。
とんでもなく大きな話やった。
それこそ日本中からダンプカーやショベルカーが集まったんちゃうか?ってぐらい、凄い数のダンプカーやショベルカー毎日毎日行き交って、そこいら中で工事をしてた。
木を切り倒して、山を削って、池や川を埋め立てて。
それまで木や藪が生い茂ってたタダの山が、アッという間に丸坊主になってな。
山の天辺を平らにして、道を敷いて、橋を架けて。
大きな大きな街を作る工事は順調に進んでた。
そんなときや。
工事の現場監督が俺のところに来たんや。
「最近、工事を邪魔する子供がいるんですよ。
邪魔って言っても、工事を止めろ。とか言うだけなんですけどね。
地元の事なら吾田さんに相談しろ。と聞いて伺ったんですが、なにかご存じではないですか?」
初めは俺も何も思わんかった。
確かに用地買収は上手く進んでたし、大きな反対運動もなかった。
大人はみんな新しい街を作るって納得してた。
けど、木々が次々切り倒されて山が丸坊主になるのを見たら、子供心には何か感じる事があったんやろ。
そのことは監督も分かってたみたいで、
「誰か分かれば注意しときます。」と言うと「あまりキツくは叱らないで下さい。」と返事しおった。
「それでその子はどんな子でした?分かります?」
別になんの考えがあったわけでもなかった。どんな子か分からんかったら、誰の事か探しようがない。
でも、そんな当たり前の質問に監督はちょっと神妙な顔つきになって答えた。
「それがちょっと変わってて、和服を着た女の子なんですよ。言葉遣いも古風な感じでね。」
和服を着て、古風な言葉遣い?
心当たりはなかった。
そんな変わった子なら間違いなく近所の評判になってるやろうし、俺も知らんはずがない。
「多分ですけど、演じてるんじゃないでしょうか?」
「演じてる?」
「ええ。
いくら子供の向こう見ずとはいえ、工事現場に入って大人に意見するのは勇気のいることです。
だから、自分とは別の、誰かになりきって勇気を出す。
演じているんじゃないかと思うんです。」
「ほぅ、なるほど。」
演じているといえば俺にも心当たりが無いわけやない。
昔、ちょっとした神事で若気の至りかスーツで祝詞を上げたことがあったが、アレは恥ずかしかった。
同じ自分が同じ祝詞を上げるのに、狩衣かスーツか、神官の格好をしているかしていないか、ただそれだけのことでそれだけの心の変化があったんや。
言い換えれば、俺も、祝詞を上げるときには狩衣を着て神官の役を演じることで、別の自分に成り切っているのかも知れん。
「分かりました。一応、探しときます。」
和服の古風な言葉使いの女の子。
そんな当てにならない手がかりだけを貰って俺は返事したんや。
その日あたりからその女の子の話をチラホラと聞くようになった。
初め「工事を中止せよ。」と言っていた女の子は、段々と言葉を荒くして、終いには「呪う」だの「祟る」だの言い出して、作業員の中にも不気味がるもんが増えてきたらしい。
俺もそれとなく近所のもんに「最近、工事現場に出かけてるもんはおらんか?」と聞いてみたけど、結局その女の子が誰かは分らんかった。
そのうち工事現場ではなんとも言えん事が起こるようになってきた。
作業員が工事現場に向かって出かけたはずが、いつの間にかUターンして宿舎の前に到着したり。
なんの故障も問題もない重機が動かんようになったり。
誰も乗ってないショベルカーが勝手に動き出して宿舎の壁に大穴を開けたとき、監督が血相を変えて俺のところにやってきた。
「話は聞いてると思います。
すみませんが一度、改めて地鎮祭をやってはいただけないでしょうか?
最近、大きなミスや事故が続いていて、田舎から来た信心深い作業員には祟りだの呪いだのを真に受けてしまって現場を離れると言う者までいるんですよ。」
まさに『幽霊の正体見たり垂柳』というやつか。
あの女の子の「呪う」だの「祟る」だのの言葉が心に焼き付いて、何でも無いミスや故障が呪いや祟りに結びついてしまったんやろ。
それでビックリしてオドオドして、いつも通りのことができへんから、余計にミスや事故が起こる。
そうなら一度改めて地鎮祭を行うというのは良いアイデアや。
そこで一つ気持ちに区切りを付ければ、もう呪いとか祟りとかいう言葉に縛られることはない。
悪循環もここまでや。俺はそう思った。
近い日に都合を付けて地鎮祭をやった。
もちろん公的な行事やない。監督が気を遣って行った個人的な行事や。
遠くではダンプカーやショベルカーの音が鳴り響く中、手の空いたもんだけ集まってやった簡単なやつや。
俺はいつものように狩衣を着て神官の姿でみんなの前に出た。
この間の話の中の『演じる』って言葉がフと頭に浮かんだ。確かに間違いではない。
俺はコホンと咳払いをして気持ちを切り替えた。
息を整え祭壇に向かい一礼をする。
そして振り返れば工事監督を始め作業員達が祭壇に向かって頭を下げてた。
俺は玉串を振り払い、一同を祓い清める。
そして神様をお招きする支度が整うと、俺は改めて祭壇に向かって頭を下げ、神様をお呼びするため、「ぉおぉおぉお」と声を上げたんや。
丁度その時や。
「工事を止める気になったのか?」と声がした。
みんなビックリして顔を上げれば、いつの間にか祭壇の向こう側に1人の女の子がおったんや。
「吾田さん、この子です。」
現場監督が指を指して言ったのは、高校生ぐらいの女の子やった。
和服とはちょっと違った服、おとぎ話の乙姫様のような服を着て、髪は腰の辺りまであった、ちょっと可愛らしい子供やった。
どこかで見たことがあるやろか?
そう思って顔を覗き込んでも、顔に覚えはなかった。
多分余所から来た子やろ。
そう思ってるうちに、その子と目と目が合ったんや。
その子は物怖じもせんとジッと俺の顔を見てから、口元を吊り上げて言いよった。
「なんじゃ。誰かと思えば吾田の子か。
なるほど、お前がこの開発とやらの元締めか。
得心した、お主等のやりそうなことじゃ。」
少女の口調は俺のことを知っているようだった。
しかし、俺には心当たりはない。
どう答えて良いか分からずに返事に詰まっとると、その子は「どうじゃ?」と俺らの方へ一歩詰め寄ってきた。
「今度は、これからは、これまでのような悪戯では済まさんぞ。
このままこの開発を取り止めて里へ帰ると言うのなら勘弁してやる。
早々に立ち去るがよい。」
少女はそう言ってニタリと笑った。
そんな事出来るはずがない。
「なにアホなこと言ってんねや。」「お前どこの子やねん。」「悪戯も大概にせえよ。」と作業員からも怒鳴り声が飛んた。
けど、力仕事で慣らされた図体の大きい作業員がどんなに凄んでも、少女は平気な顔をして気にも留めんとジッと俺の目を見て返事を待っとった。
まぁ、さっきも言ったけどその子の気持ちも分からんでもなかった。
現場監督からも「あまりキツくは怒らないで下さい。」と言われとったしな。
せやけど出来へんもんは出来へん。
さて、どう伝えようかな?って思っとったら、それを察したか少女は顎を引いて睨み付けてきた。
「そうか、ここまで言っても、これほど歩み寄っても分からぬか、痴れ者が。
わらば、わらわの言葉の意味をその身をもって知るが良い。」
少女がそういった瞬間やった。
バンともドンとも区別のつかん轟音と共に目の前に雷が落ちた。
その音と稲光に驚いて、ひるんだ内に少女の姿は消えとった。
せやけど、そんなことを不思議に思ってる暇はなかった。
今の今まで雲一つ無かった青空は、いつの間にか真っ黒な雨雲に覆われてて、ボタリとパチンコ玉みたいな雨が降り始めると、瞬く間に滝のような雨が降り始めたんや。




