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6・友情は、打算と妥協で段々と……

 フォマーに気づかれてしまったのなら、変に疑われているより説明したほうがいい。わたしは、昼休みにヴェニアミンさまに話したのと同じ設定を語った。

 大きな紫色の瞳が、さらに大きくなって丸くなる。

 しかしこの子、まつ毛長いな。


「そういうわけでフォマー、友達の君にだから言うが、私には計画があるんだ」


 満面の笑顔で、ヴェニアミンさまが例の婿養子交換計画を話し始める。

 彼は友達という存在に浮かれているに違いない。

 ビェールィ侯爵家といえば、ラヴィーナ王国の重鎮だ。

 これまで周りにいる人間は家柄や財産目当てのものばかりだったのだろう。

 フォマーもそういうの目当てなんですけどね。

 隣のダヴィートがわたしに、コイツら放って帰ろうぜ、と視線を送ってくる。

 昼休みに聞いてしまっているものの、これ以上関わり合いになりたくないようだ。

 お芋一袋で売り渡されたわたしは、彼の瞳に気づかない振りをした。

 自分が関係している話だから、こっちは立ち去りたくてもできないもん。

 話し終えたヴェニアミンさまが言葉を結ぶと、フォマーは困惑した表情で俯いた。

 まあ、困惑するでしょう。

 しばらくなにかを考えた末に、フォマーは顔を上げた。

 紫色の瞳に隣のヴェニアミンさまを映し、薔薇色の唇を開く。


「友達だから言いますけど、バカじゃないですか、ヴェニアミンさま」

「……え?」


 友達の応援を期待していたらしき少年が、前の席にいるわたしたちを見る。


「そ、そうかな?」

「おう、バカだと思うぜ」

「……バカというか……ヴァルヴァーラさまのお気持ちも考えるべきだと思う」


 ダヴィートとわたしの発言に、フォマーは満足した様子で頷いた。

 鋭い視線をヴェニアミンさまへ注ぎ、話を再開する。


「あなたはね、ビェールィ侯爵家の跡取りなんですよ? あ、と、と、り。大地の竜王と契約してるんでしょう? 武竜はどうするんです?」


 武竜バカのわたしじゃなくても、どこの家に竜王がいるかはみんな知っている。


「どうって、あの、ふ、複数契約できるのだし、イオアンとも契約して、このままビェールィ侯爵家を守護してもらったらいいんじゃないか?」

「はい、不合格。零点です」

「零点?」


 ヴェニアミンさまは、かなり衝撃を受けたようだ。

 彼は入学試験で首席だった。級長に選ばれたのも、そのためだ。

 悪い点数を告げられるなんて、生まれて初めての経験だろう。

 なお……わたしは隣のダヴィートを横目で見た。

 入学試験で二位だった黒髪の少年は、ふて腐れた顔をしている。

 ふて腐れた顔をしながらも、彼はわたしたちの空になった食器とお盆を集め、空いた机上を備え付けの台拭きで拭いていた。

 わたしは、武竜に関係する問題以外は全然でした。数学? なにそれ美味しいの?

 入学試験が形式的なもので、武竜の契約者ならだれでも入学できるのでなければ不合格だったかもしれない。というか、長期休暇前の試験、大丈夫かしら。


「そんなの許されるわけないでしょう? バグローヴィ辺境伯家には炎の竜王がいるんですよ? 当主が二柱の竜王と契約したら、辺境伯家の力は王家と同等になる」

「いや、でも、イオアンくんは婿養子に来てくれるわけだし。バグローヴィ辺境伯家の人間が二柱の竜王と契約するというのは、違うんじゃないかな」


 婿には行けません。

 ぼんやり思うわたしの前で、フォマーの冷たい声がヴェニアミンさまに尋ねる。


「違いますよ、あなたです。あなたはどうなんです?」

「私? 私は……」

「大地の竜王との契約を解除した上で、バグローヴィ辺境伯家に婿入りするんですか?」

「それはっ! それは……できない。病弱で、だれからも期待されていなかった幼き日の私と契約してくれた、大切な存在なんだ」


 ヴェニアミンさまは袖越しに、右腕の竜環をそっと撫でた。


「でしょう? 恋に浮かれて武竜のことを考えていない。だからあなたはバカなんです」

「さ、さっきは疑問形だったのに、今度ははっきりバカと言われた……」


 さすがに言い過ぎたと気づいたのか、フォマーが優しい笑みを浮かべる。


「友達だから、言いにくいことを言ったんですよ?」

「あ、ああ。ありがとう、フォマー」


 騙されてる。未来のビェールィ侯爵が騙されてる。


「だがフォマー。どうしたら満点になるのだ?」

「ヴェニアミンさまが、イオアンナさまを娶るんです」

「さっきと同じではないか」

「違います。失礼ながら……」


 フォマーがわたしを見る。

 その紫の瞳は、自分の本心を秘密にしろと要求していた。

 まあ『友達』に『金づる』と思われているなんて知ったら、案外打たれ弱そうなヴェニアミンさまは衝撃で寝込みそうだし、フォマーも大事な『金づる』を粗末にはしないだろう。問題がありそうだったら、そのとき忠告すればいい。どっちにしろ、貴族社会は打算と妥協で動いている。

 人のことは言えないものの、この世間知らずの侯爵家ご子息さまには、だれかしっかりした人間がついていたほうがいいと思う。フォマーはしっかりを通り越して、ずる賢いって感じだけど。


「イオアンくんはバグローヴィ辺境伯家の血筋ではない。辺境伯家の領地も百を超える武竜も、すべてイオアンナさまに付随するものです」

「だったら余計に、結婚を反対されるだろう」

「強行して、ビェールィ侯爵家とバグローヴィ辺境伯家を併合するんです。あ、おふた方の領地の間にうちのフェオリェートヴィ男爵領がありますので、ついでに混ぜてくださってもかまいませんよ。そうして……独立するんです」

「なんだって? ラヴィーナ王国から独立だと?」

「はい。イオアンナさまは元々、王妃になる予定の方でした。その女性を手に入れようというのですから、ヴェニアミンさまも王にならなければ! そうして、独立の暁には僕をヴェニアミン陛下の近侍に!」


 漏れてる。野望がだだ漏れてる。

 これ、止めたほうがいい?


「独立したら、他国から辺境伯領に流れ込んでいる知識や物品を利用してボロ儲けしましょうね!」

「いやしかし、私は先日の戴冠式で国王陛下に忠誠を誓っているし、入学式のときも」

「忠誠と愛、どちらを選ぶんですか?」

「……うっ」

「はいはい」


 ダヴィートが、重ねた食器を載せたお盆を手にして立ちあがった。


「いつまでもくだんねぇ冗談に夢中になってっと、本気なのかと思われるぜ? 反逆罪で処刑されたくなかったら、部屋へ帰って明日に備えろよ。ラヴィーナ王国にお仕えする、誇り高き武竜学院の生徒として、な」


 ヴェニアミンさまの白皙の肌が朱に染まる。


「そうか、冗談か。そうだよな」

「そうですよ、ヴェニアミンさま。お考えがあまりバカだったので、あえてくだらない冗談で窘めさせていただきましたぁ」

「すまない、フォマー。こんな愚かな私だが、これからも友達でいてほしい」

「もちろんですぅ」


 フォマーの語尾は、わざとらしく伸ばされていた。

 さっき、本気で言ってたよね。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「……ははっ」


 平民寮へ向かう渡り廊下で、突然ダヴィートが吹き出した。

 ヴェニアミンさまとフォマーは、貴族寮へ向かっている。

 そういえば……うん、フォマーでいいや、フォマーは。


「……どうしたの?」

「いや。お貴族さまも平民も、友達同士でバカ言ってはしゃぐのは同じだと思ってな」

「……もしかしてダヴィート、武竜学院に来て緊張してた?」

「当たり前だろ、こちとら生粋の下町育ちだぞ」

「……そっか」


 わたしに同年代の友達がいないことを、ユーリアはいつも気にしていた。

 ユーリイ国王陛下の許婚にされたせいで、貴族令嬢の嫉妬を受けているのではないかと。

 ごめん、ユーリア。わたしに友達がいないのは、武竜の話になると我を忘れちゃうからです。自覚があっても直す気はないのです。というか、たぶん直せません。

 赤ん坊のころから、炎の竜王の剣が側にあれば上機嫌だったわたしなのです。

 親友のユーリアさえいればいいと思っていたのだけれど、これから部屋に戻って書く予定のユーリアへの手紙には、友達ができたと書こうかしら。


「……ダヴィート、俺とお前、友達?」

「お前の妹、紹介してくれたらな」


 むー。わたしもヴェニアミンさまと同じで、『友達』じゃなくて『金づる』なのかも。

 昼休みのパンも、夕食のときに手伝ってくれたことも、さっきフォマーの暴走を止めてくれたことも、わたしはとっても感謝してるんだけどな。

 とはいえわたしのほうは、友達と言えるようなことダヴィートにしてあげてないか。

 正体も性別も偽ってのつき合いなんだものねえ。

 ……友情への道は遠い。

 段々と仲良くなれれば十分なものの、わたしがいつまで武竜学院にいられるのかはわからないのだった。

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