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5・僕の金づるに手を出すな!

 寮の食堂で、わたしは死んでいた。

 隣に座ったダヴィートが、こんこん、と軽く頭を叩く。


「お前、そんなに筋肉あんのに体力ねぇな。毎日午後は相対稽古なんだから、夕飯は食っとけ」


 わたしの席の前には、ダヴィートが持ってきてくれた夕食の皿がある。

 昼休みに言ってた通り、彼はわたしの世話を焼いてくれるつもりのようだ。

 実家に弟が五人いると聞いたから、だれかの面倒を見ることに慣れているのだろう。

 今夜の献立は鮭とエビのお粥。副菜はすりおろしたお芋をチーズと混ぜたものに、本当の体のときのわたしの拳より大きな肉団子だった。

 ダヴィートは大きく口を開けて、自分の皿の中身を平らげていく。


「……頑張る。悪いけど、お粥以外はお願いしていい?」

「喜んで」


 とりあえず今夜を乗り切ろう。

 明日の午前中は武竜学の授業だし、明後日は闇の日でお休みだ。

 わたしは上半身を起こし、お粥のお椀だけ取って皿をダヴィートに渡した。


「ごっそさーん」

「……鮭とエビも食べる?」

「お前、どんだけ食が細いんだ」


 驚いた顔をしつつも、ダヴィートはわたしのお椀に匙を伸ばす。

 一番大きな鮭とエビを自分の皿に移して、ダヴィートはお代わりに取りかかった。

 わたしも匙をつかみ、掬い上げたお粥を口に運ぶ。


「……温かいね」

「おう」

「……鮭とエビの風味が、お米に染み込んでる」

「そうだな。……お前、ちっとは元気出たんじゃねぇの?」


 わたしは頷いた。

 少しだけ元気が出たような気がする。

 ダヴィートは笑って、さっきあげた肉団子とお芋を半分戻してくれた。


「これくらいは食っとけ」

「……ありがとう。……自分が、あんなにできないなんて驚いた」

「俺も驚いた。なんかお前すっげぇ重たい荷物を抱えて動いてるみてぇだったぞ。その武竜、ちゃんと契約してんだろ?」


 契約者以外が武竜を手にすると、ひどく重たく感じるという。

 左足の光の竜王姫リェーヴァヤは王家に受け継がれてきた武竜だから、衆目に晒すわけにはいかない。なのでわたしには、もう一柱の契約武竜がいる。

 わたしは右腕の竜環を撫でた。

 実家バグローヴィ辺境伯家の武竜庫に眠っていた、炎の竜兵リェンチャイだ。

 幼いころにわたしが、父と行ったバグローヴィ辺境伯領の森で拾った武竜である。

 辺境伯領は昼間ダヴィートに言われた通り災霊の出現率が高い。

 災霊討伐の最中に契約者を失って、そのまま行方不明になっていたのだろう。

 武器の形は、光の竜王姫と同じ弓。

 武竜の弓に矢はいらない。武竜の力が矢に変わるのだ。

 相対稽古の授業は、ふたり一組の実戦形式でおこなわれた。

 ただし、武竜の力による攻撃は認められていない。

 あくまで契約者の技術を高めて、武竜の武器としての強さを最大限に引き出せるようになることを目的としている。

 人間相手に武竜の力を放つのは、危険過ぎるしね。

 わたしの相手はダヴィートだった。

 武竜の力による攻撃ができない弓は不利と言えば不利なのだけど、ダヴィートから距離を取って矢の通る空間を確保できればいいので、勝利条件は甘いほうだ。

 しかし勝ち負けうんぬん以前に、わたしは体を動かすだけで疲れきってしまった。


「まあ、お前の武竜は弓だからな。接近戦で俺の鞭と戦うのは、相性悪ぃだろ」

「……炎と水だしね」

「ん? 力による攻撃なしだったのに、なんでわかったんだ?」


 あー。これも特殊能力だったらしい。

 属性別の宝石になっている竜王と違って、竜兵は全部銀色、竜将は全部の金色の武器だものね。力の発動を見てもいないのに、属性がわかるのはおかしいか。

 でも、わかるの。

 竜環の形でも、服とかに隠されていなかったら、なんとなく属性がわかってしまう。

 心の声も聞こえるけど、契約者を差し置いて会話したりはしないわよ。


「……昼間の水、冷たかったからそうかな、って」

「あれは……いやそうだ。水の武竜に冷やさせた」

「楽しそうだね、前に座ってもいいかい?」

「お邪魔しまぁす」


 見ると前に、ヴェニアミンさまが同じ組の少年と一緒に立っていた。

 小柄で、女の子みたいに可愛い顔をした男の子だ。

 声も甘い感じ。素のわたしの声より甲高いかもしれない。

 赤茶の髪に紫の瞳。瞳の色がユーリアと同じだから、彼のことを覚えていた。


「……ヴェニアミンさま、フェオリェートヴィ男爵のご子息とは以前から?」

「いや、今日友達になった。フォマー、イオアンとダヴィートだ」

「あんた、俺の名前も覚えてるのか」

「同じ組の生徒は全員覚えた。来週中には、全校の生徒を覚えたいと思う」

「さっすがヴェニアミンさまですね。イオアンくん、ダヴィートくん、僕はフォマーです。仲良くしてください」


 ふたりが前の席に座りかけたとき、貴族寮につながる渡り廊下の出入り口から、パーヴェル司祭が顔を出した。

 彼は食堂を見回して、ヴェニアミンさまに視線を止める。


「ヴェニアミンさま、姉君がいらしている。面会室へ行きなさい」

「わかりました。フォマー、私のことは気にせず先に食べていてくれ」

「はぁい」


 ヴェニアミンさまが離れると、残されたフォマーは椅子に座り、わたしとダヴィートを睨みつけた。小さく振る手に招かれて、顔を近づけると小声で話し始める。


「……あのさあ、君たち、ヴェニアミンさまに近づくのやめてくれる?」

「はぁ? 俺ら平民はお貴族さまと関わるなってか? 武竜学院はそういうのねぇんじゃないの?」


 鼻で笑って睨み返すダヴィートに、フォマーは首を横に振る。


「そうじゃないよ。というかさあ、君たちは平民なんだから、武竜祭の後でおこなわれる舞踏会で、淑女学院の家付き令嬢を射止めたら成り上がるのも夢じゃないでしょ? 淑女学院には入ってないみたいだけど、三か月後だったら辺境伯家のイオアンナさまも出席するかもしれないよ?」


 その予定はないです、と心の中で呟くわたしの声など聞こえるはずもなく、でもねえ、と彼は溜息をついた。


「僕みたいな弱小貴族の跡取りは、財産と地位のある高位貴族に尻尾を振らなきゃ王宮での役職も確保できないの」

「……フェオリェートヴィ男爵領は、災霊の出現数の少ない平和な土地」

「君、詳しいね。そうだよ。でもそれは、浄化した邪悪の鱗による収入が見込めないってことでもある。まあ、領民に被害がないのはいいことなんだけど」

「借金でもあんの?」

「今のところはない。お芋がよく採れてね、ほら、このお芋もうちから出荷したヤツ。でもずっと上手く行くとは限らないじゃん。同じ作物ばっかり育ててると、畑を変えても疫病や異常気象で一気に枯れることもあるし。……はあ。借金はないけどさあ、もしもに備えて新しい産業に投資する余裕もないんだよ。いつもギリッギリ!」

「どこも内情は苦しいってわけか」

「わかってくれる?」


 食堂の長机の上に身を乗り出して、フォマーはダヴィートの手をつかんだ。


「だったらヴェニアミンさまは僕に譲ってよ。世間知らずで人が良くて、そこそこ優秀でさあ、もう最っ高の金づる……じゃなくて友達なんだ。ねえ、フェオリェートヴィ男爵領の民を助けると思って! 母上が死んだ後で父上が再婚しなかったから、男爵領のすべてが跡取りでひとり息子の僕の肩にかかってるんだよ!」

「いやべつに、最初からアイツと仲良くするつもりはなかったけど……」


 言いながら、ダヴィートがちらりとわたしに目をやる。

 フォマーがイオアン、つまりバグローヴィ辺境伯の顔を知らないのが不思議なのだろう。

 でもお父さまはそれほど足繁く王都に来ないし、王宮の催し物の出席者は身分によって制限される。男爵家の人間なら、辺境伯を知らなくてもおかしくないのだ。

 子どもたちの集まりも、やっぱり身分で左右される。

 だからこそ、ヴェニアミンさまとフォマーが友達なのが意外だったのよ。

 武竜学院で二年間過ごした後なら、身分に関係ない友情も珍しくないのだけどね。


「あ、それとさあ、ヴェニアミンさまはイオアンナさまに気があるみたいだから、なにか知ってることあったら僕に教えて? お礼はするよ?」

「芋二個とか?」

「一袋くらいなら、いつでも用意できるけど」


 ダヴィートは、フォマーの手をつかみ返した。

 黒と見まがうほど濃い青色の瞳が煌めいて、わたしを映し出す。


「協力しよう!……な、イオアン」


 うぉいっ!

 お芋一袋で売り渡されたことに驚いていると、ヴェニアミンさまが戻ってきた。

 フォマーとダヴィートを見て、優雅な笑みを漏らす。


「もう仲良くなったんだね、良かった。……フォマー、食べてないじゃないか。私のことなど気にしなくて良かったのに」

「えへっ。ヴェニアミンさまとご一緒したかったんです。だって僕たち、友達なんですもん」

「ああ、そうだ。武竜学院では、身分など関係ない」


 ヴェニアミンさま、あなたの隣に座っているのは『友達』じゃないですよ。

 もちろんわたしの心の声など届かないので、彼は笑顔のまま椅子に腰を降ろした。

 くすくすと笑って、未来の侯爵さまがわたしを見る。


「イオアン。実は昼休みに話した考えを、昨日姉上にも手紙で伝えていたんだ」


 ……え? あの婿養子交換計画?

 入学式でイオアンを見てすぐ、ヴァルヴァーラさまにお手紙したってこと?

 ちょっと先走り過ぎじゃないですか?


「姉上ときたら、わざわざ叱りにいらっしゃった」


 そりゃそうでしょうよ。

 木の後ろで聞いていたダヴィートは苦笑を漏らし、フォマーは不思議そうに首を傾げている。そういえば、平民という設定のイオアンは、フォマーのこともさま付けしたほうがいいのかな。

 ぼんやり思っていると、ヴェニアミンさまが言った。


「それと、パーヴェル司教にお聞きしたんだが、明日はバグローヴィ辺境伯がいらっしゃって、私たちに特別授業をつけてくださるそうだ」

「ヴェニアミンさま、どうしてイオアンくんにそんな……ん? イオアン? バグローヴィ辺境伯? え、あ、もしかして、えぇーっ!」


 震えながらわたしを見つめ、フォマーは絶叫した。

 うーん。男性の体での偽名が安直過ぎたかな。

 それにしてもお父さまがいらっしゃるのね……辺境伯領、大丈夫なのかしら。

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